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2006/06/25

たまれる場所

好きな作家さんが、好きな本の話をあれこれしているエッセイを読んでいたら、子供の頃入り浸っていた近所の本屋さんを思い出しました。「みや書房」という名前でした。

みや書房は、おじさんが一人でやっていて、いつ行ってもそのおじさんと、時々アルバイトのおにいさんがいて。学校帰りに仲良しの子と一緒に行って、マンガの立ち読みをしていました。他にも同じような子たちが来ていて、小さいお店の中はいつもいっぱいでした。お店に来る子はみんな、顔見知りでした。
立ち読みするだけでなくて、おじさんとおもしろかった本のことをしゃべったり、学校であったことを報告しあったり。友達とケンカしたことをおじさんに聞いてもらったり。
お小遣いが少ないから、読みたい本はまず立ち読み。そして「ホントに(買いたいほど)面白い!」と確認できたら、おじさんに「お小遣いがいついつまでにたまるから、とっといて」と頼むのです。おじさんは「いいよ、とっとくよ」と言って、ちゃんと取り置きしてくれます。
いつでも行ける、行けば誰かいる、小学生のちょっとした社交場でした。

中学生になると、だんだん帰りが遅くなったりして、みや書房に行く回数は減っていきました。でも、私たちがあまり行かなくなっても、後輩小学生諸君で、相変わらずみや書房は賑わっているようでした。

そしてあのころのみや書房メンバーがすっかり大人になった頃、昔のガキ大将が、目をまっかにして、ものすごいイキオイで走って、家に来ました。
「みや書房のおじさんが、店で倒れて、そのまんま、死んじゃった・・・」

この伝令は、恐ろしいほどの早さで近所中を駆け巡りました。みんなが大人になってから、あんなに密なネットワークで集まったことはありません。しかも、電話とかではなく互いの家を行き来して連絡しあったのです。子供の頃のように。

いま思えば、みや書房のおじさんは、あんなに子供の相手ばかりして、儲かっていたのかしら。
おじさんは、私たちのことが迷惑ではなかったのかなぁ。
おじさんのおかげで、私たちは、毎日たまれる場所があって、親たちも「きっとみや書房にいるのよ」なんて言って安心して、毎日みや書房をのぞいたりする楽しみが持てたんだ。たくさん本を読むようになったし、自分で「面白いから買いたい!」って決めることも覚えた。
あの時だって、今だって、あんな本屋さんはあそこしかありません。

おじさんは、いまごろは生まれ変わって、また本屋をやっているかしら。

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コメント

kensakuさん、こんばんは。

そうか、お兄さんのほうだったんですね。
子供ながらにすごくショックな出来事だったんですが、長年経って記憶が曖昧になってしまい、余計なご心配をおかけしてしまいました。すみません。

私が小学校低学年の頃には、みや書房は杉田にあったので、もしかしたらkensakuさんにもお会いしてたのかもしれません。
私も杉田小学校が母校です。kensakuさんは先輩ですね。
なんだか、不思議なご縁で嬉しいです。

私は実家が今も杉田にありますので、ちょくちょく参ります。
お肉やさんの石川さん、和菓子の菓子一さんなんかが同級生でした。
ミヤスギさんとか、アズマヤさんとか、よく行ってました。
懐かしいですー。。。
そんな中でも、「みや書房」は、思い出深い場所だったのでした。

そうですか、杉田の店ですか。ちょっとホッとしたというか・・・。

彼はナガシマくんといって、当時二十歳かそこらで新婚さんでした。浜中のそばに住んでいたっけなあ。
お店で倒れて救急車でK病院に運ばれて、意識ははっきりしていたのに、その晩に亡くなってしまったのでした。医療過誤だったんじゃないか、とおじさんは悔しがっていました。
そんなわけで、おじさん一人で2軒の店はかけもちできず、さりとて私も復帰することはできず、杉田の店は閉店しちゃいました。お店を閉めるにあたり、書棚をもらってきて、それは今でも私の実家にあります。

私は杉田小、浜中、金沢高と30才過ぎまで杉田で暮らしており、いまは栄区在住なので、ちょくちょく杉田には行きます。でも車で行き来することが多く、町を歩くことはほとんどなくなりました。
毛糸やさんのミヤスギさんとか、化粧品&バッグのアズマヤさん、雑貨やのウチムラ(サウナヨシノの角にあった)なんてのが小学校の同級生でした。

みや書房は私が高校に入った(昭和40年代)頃にできたお店ですね。私の前の代は、金沢高の先輩だったお姉さんがバイトしてました。
お店があった杉田ショッピングセンター(一の瀬さんという花屋さんが地主だった)も、いまは「ぷらら」に飲み込まれてしまいましたね。


>kensakuさん、はじめまして。
ええーっ、びっくりです。
私が話題にしたのは、杉田のお店のことです。
横須賀のことは知らないのですが、能見台にもお店があったということは聞き知っていました。

記事にした、おじさんが亡くなられたことについては、すみません、私も子供のころのことなので、記憶違いだったかもしれません。
確かに杉田のお店には、おじさんとアルバイトのお兄さんがいて、そのお兄さんが後に杉田店を任されたらしいというのは知っていました。
そのお兄さんにもとってもお世話になっていたので、おじさんと混同していたのかもしれません。
杉田のお店を閉めた後、しばらくして能見台のほうも閉めたような噂を聞いたことがあります。

そのころは、私たちも「みや書房」にはあまり行かなくなっていたのですが、小学生の頃毎日行っていた本屋さんで、おじさんにもお兄さんにも可愛がってもらっていたので、本屋さんがなくなったことはとってもショックでした。
子供が毎日おしかけて、本屋さんにとっては迷惑だったかもしれないのですが、とっても楽しかった思い出の本屋さんなんです。

私が勘違いしていたのなら、おじさんは今頃どうしてらっしゃるのでしょう。お元気だといいのですが。

はじめまして。
「みや書房」という書店を探していて、こちらにたどり着きました。
そのお店は、横浜市磯子区杉田、または金沢区の能見台、あるいは横須賀の富士見町にあったお店でしょうか? もともとは「関書店」といいませんでしたか?

私は「みや書房」が杉田の商店街にあった頃にアルバイトをしていました。
その店は、私が卒業した後、後を継いだアルバイト(私の小学校の同級生)が店長として働き、おじさんは能見台に新店をOPENしました。
ところが、その店長が急に倒れ、そのまま帰らぬ人となって、杉田店は閉店してしまいました。30年前の話です。
おじさんは、その後も能見台の店をやっていたのですが、何時ごろか、その店も閉めてしまいました。

元々奥様の実家が横須賀で「関書店」という本やさんで、改名して「みや書房」になったのかもしれません。

おじさんは宮崎さんというお名前でした。ご存命でも、たぶん70代かそれ以上のお年だと思います。

もう20年以上おじさんにお会いしておらず、最近横須賀に行く機会があったので、富士見町付近を歩いたのですが、店は見当たらず、気になっていました。

もし、私が探していた店と、ここに書かれた「みや書房」が同じ店だとしたら、私の知るオヤジさんが、「みや書房のおじさん」ということになるんだと思います。
お子さんがいらしたはずですが、店は継がなかったということなんでしょうかね。

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