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2006年10月

2006/10/31

「水からの伝言」

先日、水がマイブームであるという記事をエントリーしたところ、他ブログさんから「水は答えを知っている」という本を、教えていただきました。
これは、言霊とか周囲の感情の波動が、どれだけ水に影響を与えているかということを、水の結晶の写真で紹介してくれているものだそうです。
私も数年前に(たぶん)同じシリーズの「水からの伝言」という本を読んでいまして、とても興味深い事実が紹介されているので、それについて少し。

すべてのものは分子そして電子、中性子といった元素から成り立っていますが、そのひとつひとつにはいわば「心」のようなものがあり、周囲の波動によって影響を受け合うということなのですが、
その研究のひとつとして、水に結晶に見られる感情を紹介しているのがこの本です。

どういう内容なのかといいますと、
もともと、あるがままの姿の水の結晶は、美しい六角形をしている。(雪の結晶のようです)
ところが、環境汚染や人間の負の感情によって、そのかたちが著しく変形する。
ということなのです。
じっさい、たとえば「バカ」という言葉を毎日かけたり、そう書いた紙を貼った器に入っている水は、なんだかおどろおどろしい形の結晶になっています。
ひどい状況になると、結晶化さえできなくなります。
ところが、「ありがとう」と書かれた器の水は、キレイな六角形を構成するのです。

これは、水自身の成分に汚れがあるとか、本来あるべきでない異物が入っているとか、というレベルの問題ではありません。
そういった周囲の波動、振動派によって、あるがままの状態でいられるかどうかを分子電子レベルで影響を受けるということなのです。
信じられないことかもしれませんが、いくつもの結晶の写真が、否応もなくそれが事実だと語りかけています。

よく、植物にも「お花が咲いてキレイね」とか「今日は元気ね」などと話しかけながら育てるといいって、いいますよね。
動物や植物でなくても、水とか石のような鉱物も、同じなのですよね。
本をご紹介くださったブログマスターさん(千点写行のedaatsさんです)も書かれていましたが、私たちの体はほとんど水でできています。
純度の高い水(それは浄水器で除去できるものだけではなくて)を、カラダにとりこむことができれば、自分自身も少しづつ純度が高まって、「あるがままの」キレイな自分でいられるのではと思います。

ちなみに、私はいつも、水だけでなくて食べ物にも、「あるがまま」になっていただけるよう「ありがとう」の言葉をかけてからいただいています。
昔から言われている、「食べ物への感謝」とは、こんなところにあったのですね。
いつも自然に、感謝していたら、自分も世の中も、とてもキレイになると思うのですが。

2006/10/30

亀様@安達原

一日おいてまた「三響會」のことを。
能と歌舞伎でこの「安達原」を並べて観れたことがほんとうに有難くて興味深くて。
それぞれの役割とか違いとかをつぶさに観ることができたわけで、歌舞伎は少しは観ているものの、お能についてはまったくの初心者に近い私には、貴重な経験でした。
で、この試みにあっての亀治郎さんについてを書きたいと思います。

歌舞伎「安達原」を観るのは、私は今回が初めて。
なので、どういう演出がなされていたのか、「三響會」という場にあってどういった位置づけで構成を決められたのかはよくわからないのですが、パンフレットによると台本は昭和初期のもの、音楽は「詞章は能の同曲を用い、長唄と囃子を巧みに組み合わせている」とあります。
演目を観た印象でも、科白に「〜候」など古典的な言い回しが多くみられ、比較的本歌である能の構成に近かったのでは?という感じでした。

日頃、古典に自分なりの解釈をのせて自ら演出・構成し画期的な舞台をつくっている亀治郎さんですが、この演目においては、古典を大切に演じられている印象。
老婆のときのお声は、とても低く響くような感じで、お父様の段四郎さんにそっくり!
亀治郎さんの声質はいわゆる美声、というのではなくハスキーな中に色気があるのですが、まったく異なっていて。
つつましく暮らしながらも世を恨んでいるような老婆(=鬼)の心持ちが押し込められているようで、ちょっと驚きでした。
言い回しはどちらかというとお能に近い感じで、動きも少なくて地味な印象。
とても押さえた中に鬼気迫る演技でした。

ところが一転、鬼と化してからの演技(というか立ちまわり、踊りですが)は、次から次へと激しい動きをされて、そのひとつひとつが迫力があり、美しくもあり、いっときも目を離せないといった風情。
この激しい立ち回りは、亀治郎さんの得意とするところで、ほんとうに引き込まれました。
長袴の衣装でぐるぐると激しく回転したり、「仏倒れ」という直立の姿勢のまま倒れこんでいく動きや、最後には奈落へと飛び下りていったり。
前半が押さえたものだっただけに、なおいっそう際立ち、エキサイティングな舞台でした。

構成的に、緩急見せたかったのでしょう。それはとても成功してたと思います。
そして、後半の部分は、亀治郎さんの真骨頂だったと思うし。(おもだか屋さんの血筋かなぁ)
本当に、素晴らしくて!興奮してしまいましたもの。
が、前半の老婆については、科白の言い回しなど、もっと、もっと、素晴らしくできるのではないかなーと。
古典的な科白、抑揚のあまりない押さえた表現のなかにも、ぴぃんとはりつめた空気を、亀治郎さんならもっと出せるはず。
なんて、これはファンの欲目でしょうかねぇ?
十分に素晴らしかったので、わがままでよくばりなファンですみません…という感じですが…。
このあとのお能と見比べたせいもあるのかもしれませんが、お能には動きのない中での空気感、動きを観客に想像させる膨大な空間の拡張力といったものを感じたので、(能は能、歌舞伎は歌舞伎ではあるけれども)前半部分にはもう少しそんな空気感があったらさらに素晴らしかったなぁと思いました。
逆に、お能のほうには、先に歌舞伎を観てたからこそ、そういったものを感じられたのかもしれませんね。
お能だけ観てたら、私にはなんのことやら?だったかも。

「三響會」、私は初めての観賞で、いつもは歌舞伎と能がもっとコラボレーションしている構成でなさっているようなのですが、このたびの両者を並べてみることができる、この企画は私にとってとてもタイムリーで素晴らしいものでした。
亀治郎さんも、いろいろなジャンルの方とこうして交わって、ご自分の世界をますます拡げていかれるのかと思うと、ほんとうに楽しみ!(来年は大河に出演されて、映像世界の方と交わるわけですし)
舞台を見せていただくたびに、進化した素敵な亀治郎さんになられているのが嬉しくてたまりません!

余談ですけど、これで舞台での亀治郎さんはしばらく見納めと思うあまり、ワタクシかなりのめり込んで観ていたらしく(笑)お隣に座ってらした方に「亀治郎ファンですか?」って声をかけられてしまいました。はずかしー。
でも、その方も亀治郎さんファンだったので、ひとしきりお話が盛り上がって、とても楽しかったんですけど(^-^;
あーでもこれでしばらく舞台で拝見できないと思うと、ほんとに淋しいー。。
…そんなこんなで、囃子やお能に新たな発見もあり亀治郎さんのお姿も瞼に焼きつけて、たいへん満足な三響會なのでありました。
来年も、ぜひ観に行きたいと思います。
そして、いつの日か亀治郎さんの「黒塚」を観てみたいという気持ちが募ったのでございました。

2006/10/29

ねばねば

今日は大好きな劇団「扉座」の公演「ねばねばご長寿ランド」を観にいきました。
前の仕事がちょっと押しちゃって、席に着いたのは開始5分後…それはちょっと残念だったけど。

いままでの横内作品と毛色がちがっていました(脚本も、演出も)が、それはそれでとても楽しめました。
なんといっても、登場人物がみーんなおじいさんおばあさん。
これはある意味、チャレンジですよ!だって、いわゆる「華」のあるひとがいないんだもん!
若い役者さんたちが、ものの見事に「老人」を表現されててびっくり!
だって、パンフレット見ないと、どなたが演じているのか分からなかったくらいなんですもん!
(メイクももちろんあるけど、細かい顔の動きとか、体の動かし方とか、ほんとうによく研究されてると思いました。

お話としては、ベッドに寝たきりになってしまった老人が、夢の中で(なのかな?)元気にパワフルに行動して人生を楽しんで…というもの。
元気に遊びに行く場所が、年よりばっかりいる「ねばホテル」というリゾートホテル。
ここは、ピーターパンがティンカーベルの魔法で連れてきてくれる「ネバーランド」なんですね。
残り少ない時間を自覚して、めいっぱい楽しもうとしている姿は面白く楽しくそしてせつなかったり。
実際に、寝たきりのおばあさまがいらっしゃるという横内さんならではの、リアルなシーンもあったり。
さいごの、有馬さんの科白は、よかったなぁ。

来週の日曜日まで、この公演はやっているので、あまり詳しいこと書くのは避けますが、、、
私もうんと若いころ、おばあちゃんを介護してた経験があるので、ものすごく共感できるところもあり、同時にその時には思い至らなかったこともあり。
みんながそれぞれの思いを抱いていっしょうけんめい生きていることを、あのとき私はおばあちゃんに感じてあげることができなかったなぁとか。

ものすごく大爆笑できると同時に、とてもせつなくなる…そんなお芝居でした。
ご一緒してくださったNちゃんダー様ありがとう楽しかったです!
11/5まで、新宿紀伊国屋ホールで絶賛上演中!ですので、興味があるかた(いまからでもまだ間に合うので)ぜひいらしてくださいねー!

2006/10/28

「安達原」

2日続けて三響會の感想でございます。
だってとっても感動したんですもん。

歌舞伎とお能の競演「安達原」は、鬼のお話です。
鬼とか妖のものとかを題材にした話はとても多く、美しい姫君も実は花の精だったり蛇や狐が化けたものだったりするもので、そういった話は古今を問わずとても魅力があります。
なぜ魅力があるかというと、それらのものたちは叶わぬ「悲しみ」を持っているからなのですよね。
たとえば、蛇だから恋しい人と結ばれないとか、鬼だから人目を避けて夜活動するとか。
人間にはない能力を持っているからこそかえって恐れられ、余計にそのせつなさが増幅されます。

この「安達原」(奥州の地名です)では、鬼となり人を喰って生きている(仮の身は)老婆が、そんな穢れた我が身のやるせなさをうらみながらも、ひっそりと人間らしく生きていこうとしている姿が映し出されます。
行者の旅人を貧しい庵に一晩泊めることになり、もてなしをしていたけれど、禁を破った人間が老婆の正体を身破ってしまう。
見破られたからには本来の鬼の姿になり、けれども行者の必死の念仏に押さえられてしまうという、鬼物語にはよくみられるストーリーです。

もともと歌舞伎には、能を下敷きにした演目が少なくないのですが、これもそのひとつ。流派によっては「黒塚」というタイトルでも演じられています。

…て解説はそのくらいにして。
歌舞伎で表現される「安達原」、能の「安達原」。
両者を続けて、比べて観ることができるなんて、それだけでもわくわくしていたのですが。。
恐らく歌舞伎のほうは少し古典的に、能のほうは多少柔らかく、演じられていたような感触を受けましたが、空気感がこれほどまで異なるものだとは驚きでした。
歌舞伎は、「芸能」といった感覚でエンタテイメント性が高いのです。
観客の立場からすると、すごいと思ったら素直に拍手してしまうし、見せ場ではかけ声をかけてしまう、そんな雰囲気があるのです。
舞台上で行われていることに、どんどんのめりこんでエネルギーが高まっていくといった感じです。
ところが能は、ぴっちりとはりつめた空間の中に、観客も引き込まれて昇華してゆく感じ。
どちらがいいとか悪いとかではなく、双方が双方の素晴らしさがあるのですが、性質は全く異なるものでした。
もちろんそうしたことは、事前の知識でもわかりきっていたことなのですが、こうして目の当たりにしてみると、身の毛がよだつほどものすごい「気」の違いがあるというか…。
まさに実感しましたね。

平たい表現ですが、じつに興味深かったです。
そして、こうした伝統芸能がお互いのジャンルを超えて、コラボレートしていくことも、とても意義のあることなのだと感じました。

ところで。
肝心の亀様のことをまだひとことも語ってないじゃないですかっ。ふふっ。
またあらためて、「亀語り」がっつりいきますよーん♪

2006/10/27

三響會

どうしても行きたかった「三響會」、なんとかチケットが手に入り、行くことができました。
なにごとも諦めるもんじゃありません!(笑)行けて本当に嬉しかった〜!

今回の私のお目当ては、亀治郎さんのしばらくの見納め公演であること、そして「安達原」を歌舞伎とお能の双方で並べて見れる!これに尽きました。
そしてこれは期待通り、心行くまで満足できるじつに素晴らしいものでしたが、加えて最初の演目「囃子競演」もまた素晴らしかったです。
まずはその「囃子競演」の感想を語ろうかと(笑)

囃子競演は、もともとお能、歌舞伎などに従事している方に、林英哲さん(太鼓)をゲストに迎え、様々な視点から構成した楽曲を流れるように次々と演奏していく趣向のものでした。
あまり古典芸能に詳しくない私としては、歌舞伎でみる囃子方の演奏が唯一の音源なのですが、そこで使われる以外の、(私の)想像以上の音の拡がりを感じさせていただき、たいへんな収穫でした。
シンプルな太鼓の音、笛の音だけの流れから、まるでオーケストラを思わせるような壮大な楽曲まで。(あー音楽用語のボキャブラリーがないのがうらめしい!)
とても聞きごたえがあり、ストーリーを感じられて楽しめたし、音の響きの荘厳さも観じることができました。

もともと芸能は、神への「奉納」あるいは「神事」から出発していますが、ことに音楽は「空気に音を響かせる」ことで、「場」の「気」を変化させる役割を持っていたと思うのです。
この演目の「一番太鼓」はまさにその役割をしていると感じさせるものでしたし、そのあとに流れるように始まった林英哲さんの大太鼓の独演も、ものすごい音の波動でした。
そうして、劇場内の空気(振動波)を一気に高めたのちに、尺八や笛、お琴など他の楽器が流れ込んできて、そののちにオーケストラのような厚みのある構成の曲へと変化していきます。

こうした楽器のみでオーケストラのような音、というのも私にとって新発見でしたが、導入部の太鼓によって引き上げられた波動の高さゆえに、尺八や笛一本の演奏などから比べるとエンタテイメント性の高い「オーケストラふう」演奏部分も、どこか空気が「神事」の気配を残しているのです。
これがとてもフシギでした。
なぜかと私なり考えてみたところ…。

エンタテイメント性のある楽曲構成と異なる点は(無知なワタクシがただただ観じたことなので、いち個人の感想とわりきってください)音と音の間に隙間があること。
「音」が消えた空間に、「音」が残していった空気感(振動)を、十分に感じさせてもらえるだけの隙間があるのです。
「無」の部分といいますか。。。
これが、高い振動波を生み出すエネルギーになっているのかと観じました。

じっさい、大太鼓の音と音の間の響きのなかにかもしだされる空気感は、なんとも荘厳なものがありました。
その空気の緊張感を楽しみつつ、次の音がいつくるかと耳をすましてしまったり。
打ち出しの太鼓の音も、始まりの合図なだけではなくて、場の振動波を上げる(=神に近付く)役割があるのではないかと、今日の音を聴いてあらためて観じましたし。

そんなわけで、いままでちょっと敷居が高かった古典芸能の囃子について、自分が肌で観じるものを得られたということが、自分にとってとても大きな経験になりました。
ほんとうに、行けてよかった!と思える「三響會」の演目でした。
「安達原」にもいたく感動したので、またあらためて(アツク)語りたいと思います。笑。

2006/10/25

蜘蛛ちゃん

住んでいるマンションの外壁工事が始まってから、なんとなく家の中に虫が増えたみたいな気が…(笑)
今までは共用庭には人通りがほとんどなくて静かだったのですが、足場がかかり、工事の人たちが何人も外を歩くので、騒がしくなったからでしょうか?
いるところがなくなったのかな。

毎日、ちいさな蜘蛛がいるんですよ。
つかまえようとすると、チョーンと飛んで逃げるような身軽な蜘蛛ちゃんです。
体長5〜6ミリといったところ。
つぶしたりしたらかわいそうなので、ティッシュでそっとつかまえて外に逃がすのですが、出しても出してもまた家にいるんです。(おんなじ子かどうかは知る由もありませんが)
どこから入ってくるのでしょう。

蜘蛛は一般にはあまり人間には好かれてませんが(私もそんなに得意じゃありません)大切な家の守り神だという言い伝えもあります。
ご縁もあるようなので(笑)丁重にお詫びして、外に出てもらっています。

2006/10/24

作陶展

あさってから、陶芸を習っている陶房で、生徒さんたちの作品展があります。
もちろん私も生徒なので、出展する(はず)なのですが、実は8月以来、ほとんど休みがとれなくて、全然行っていないのです。
家から行くのには2時間以上かかる、海辺の素敵なところにあるのですが(そこがまた良くて行ってたり)そうすると丸一日休めないと行けなくて。
よって、作品が、ありませーん!行ってないからほとんどつくってない!
でもでも、先生に「今回は(出すものもあまりないし)お休みかなぁ」とお話したら、
「なに言ってるの!作品、あるじゃん!かきあつめて出してよ!」
と言ってくださって。

例年は、作陶展のためにテーマを決めて作品をつくっていたのですが、今年はそれがありません。
でも、先生いわく「(作陶展を)休むのは簡単だけど、毎年出展することが大切だよ!」ということで、なんとなくつくっていたお皿やキャンドルスタンドなどを出させていただくことになりました。
モノをつくるスタンスに変わりはないんですけど、「作陶展に向けて」という気概がなかったぶん意識が分散してるように思われて、それらをお渡しする前に作陶展への意識をあらためて入れさせていただきました。

一生懸命、でも思いっきり楽しくつくって、わいわいと作陶展の準備をしているみんなの顔が浮かびます。
今年はなんにもできなかったなぁ。
先生も、みんなが年々上手くなっていくのを本当に喜んでいてくれるからなぁ。
でも、それなのに変わらず仲間に入れてくれて、ほんとうにありがとう。
あの方たちからは、たとえ離れていてもご無沙汰でも、突き放される感触がまったくしないのですよね。
ちょっとくやしかったぶん、これからはいろんなことをバランスよくスケジューリングできるようになろうと思います。

作陶展、今年も成功しますように!

2006/10/23

逃した鰹は大きい

今日は一日「歌舞伎デー」の予定だったのですが、仕事が山積!
で、とうとう昼の部は諦め、やっと夜の部に滑り込むという、本日もまたギリギリな女のワタクシ。

夜の部では忠臣蔵の五段目六段目、俗にいう「お軽勘平」の段で、お軽を菊乃助さん、勘平を仁左衛門さんというまたとない配役だったので、なんとしても見たかったんですよ。
これは今年のお正月に、浅草で勘太郎さん七之助さんで上演されていて記憶にも新しかったので、型の違いとか母・おかやの絡み方の違いとかがつぶさにわかってとても興味深かった、の、ですが…。
日頃の睡眠不足がたたって、途中何度も意識を失ってしまいましたー!(T_T)
楽しみにしてたのにー!!
ホントくやしいー、という感じではありますが、さすがに数回観ている演目なので、要所要所で目がさめるんです。(ホントか?)
なので、観たいところはいちおう意識の中に(笑)
最後の、勘平が切腹するシーンなんかは、勘太郎さんたちがなさったものとは演出も全然違っていて、母・おかやの存在感がとても大きく、浅草で観たものだと切腹をする悲劇性が印象深かったのですが、こちらは(きっかけは早まったとはいえ)「納得して死んでいく」という感覚が見られてすこぅし、すこし、ですが安らかな感覚(私がですけど)になりました。
それから、父・与市兵衛を殺してしまう悪党・定九郎を、海老蔵さんが演じたのですが、カッコ良かった!
私はこの役の、たった一言の「五十両〜」っていう科白が、好きでねぇ。
たった一言だからこそ、演ずる役者さんがこの役にかける思い入れが、端的に出てくると思うのですよ。
海老蔵さんは、すごみがあって色気もありましたね。
あと、猪が好きで、これが花道から走って登場すると、わくわくしちゃうんです。
歌舞伎の動物って、役者さんがかぶりものしているんですが、この猪、なんだかまるっこくて可愛いんですよ。
そしてそして、仁左衛門さんは立居振る舞いがどこをとっても美しく、ほんとうに絵になる役者さんです。
科白も、聞かせどころのめりはりなど、とてもわかりやすくかつ美しく、リズムやイントネーションや感情の乗り方など、とても一朝一夕ではできないんだろうなぁと思われる緻密さと自然さでした。

昼の部を見ることができなかったので、筋書きでだけでも楽しみたいと思って購入しましたが、それを見たら、もうもう、無理してでもやっぱり来たかった〜と思うものばかり。
大好きな素材安倍保名とか、團十郎さん海老蔵さん菊乃助さん揃い踏みの「寿曽我対面」はいかにも華やかそうで見応えありそうだったし、仁左衛門さんの舞踏「お祭り」も、観たかったなぁ。。。
逃がした魚は、大きく見えます。
ちなみに、「鰹」は夜の部2演目めの「髪結新三」でうまいこと使われていた小道具です。
つぎは、落とすことなく、きっちりスケジュールを組みたいものです。

2006/10/22

smile is beautiful!

今日は、打ち合わせが予定より早く終わり、一旦家に戻って仕事してたのに、わざわざまたお食事しに出かけちゃいました。
というか、お友達と会って、ごはん食べて、おしゃべりしたかったのよーん。
でもって今日は、ひとりは昨日の「超!夢心地体験!」(←むかしっから大ファンの桑田さんと、ラジオでしゃべったのよー!)にワキワキしてるし、もうおひとかたはいつもの辛口コメントが冴え渡ってるし(笑)
それになーんと、ワキワキさんの可愛いお嬢さんが特別参加!
おばさんにつきあってくれて、ありがとうねー。
楽しくて笑いころげて。
あーシアワセ。

こうしてたまに会って、大笑いしてお食事することが、けっこう大きなエネルギーになりますです、はい。
みなさま、ありがとう〜♪またよろしくねん。(超私信)

2006/10/21

マイブーム

さいきんの私の中でのひそかな(?)ブームは「お水」です。

四六時中、お水をよく飲んでいますが、なによりも朝目覚めたら一杯。これはおすすめです。
まだ半分以上寝ぼけているような状態で飲むんですけど。
この一杯が、カラダを目覚めさせてくれて「あーカラダが動き始めた!」と実感できますよー。
お腹も減ってきて朝ご飯も美味しくいただけるし、トイレにも行きたくなるんです。
お水を飲みつけると、お茶とかコーヒーとか、他の飲み物は自然と、ぜんぜんいらなくなります。
フシギですね。

お水の質も、やはり美味しくて安全なものが良いですね。
市販のミネラルウォーターでしたら「バナジウム天然水」がお気に入りです。
それから、お水の成分を浄化させる、小さな変換器(というのでしょうか)を最近使い始めて。
これがまた、いいのですよ。
どこにでも持っていけるから、どこでお水を飲んでも安心です。
味がまるくなって、とっても美味しいお水になるんですよ。

ひとのカラダは70%は水でできているのですから、良いお水を摂っていれば自然と体内も浄化できようというもの。
新陳代謝を良くして、クリアーな体をつくって…と。
クリアーな自分に、なりたいですねー♪

2006/10/20

「薬指の標本」

先日読んだ「博士の愛した数式」が良かったので、小川洋子さんの作品を立て続けに読む。
まだ数作だけれども、「博士…」だけを読んだときは、このひとはしみじみと心に沁み入るようなあたたかい優しいものを書くひとなのかと思っていた。
たしかにそれは作風として歴然とあるのだけれど、もうちょっとシュールさがあった。

シュール、というのは不的確だろうか。
シチュエーションが独特というか、現実にはありえないでしょ、というところがあるのだ。
じっさい「薬指…」だって、思いや思い出を封じ込めたいひとのために標本をつくる男から、離れられなくなってしまった「わたし」の話だ。

標本は、本来大切に保管しておきたいもので、封印してそこから離れたいためのものではないだろう。
そういう性質の「標本」が、どんどん増えてゆく環境に我が身を置くというのはどんなだろう。
また自分が封印したかったものを、大切に管理してくれているひとがいるという、安心感というものはなにものだろう。
愛してしまって、そのひとの標本になりたいと思ってしまうのは健全なことではないんじゃないか。

妙にざわざわしながら、同時に妙に肌に馴染んでしまう感覚がある。
捨てていきたいのに大事にとっておきたい。
失われたと思ったものは見方を変えればちゃんと存在している。
そんな、相反すると思われる感覚が実は同時にしっかり存在しうることがわかる。
ざわざわの中でほんの少しの柔らかいファーにふれているような安心感が持てるような、あやういバランス感覚の作品だった。

フランスで、映画化されたというこの作品、なるほどフランス人が好きそうだ。

2006/10/19

謎!

今日、来年の「ほぼ日」手帳が届きました。
もう来年の準備かー早いなぁ、と思いつつ、10月も半ばを過ぎてくると年末のこと、今年の充実度の如何を自然と考えてしまいますね。
来年の手帳は、どんなことで埋っていくのかな。
あ、それよりも目の前の今年と、真剣におつきあいしなければ♪

今日は「ほぼ日」デリバリー版も届きました。
ネタ満載のメルマガです。1189号。
おもしろいのー。

そのあとに、ついさっき「ほぼ日」デリバリー版1188号も届きました。
…なんで?

よくわかんないけど、「ほぼ日」が届く日でした。
イトイさんって、自由で、遊び心があって、責任もって生きてて、でもって愛があって、いいよねえ。

2006/10/17

NINNA6

Yさんと朝から打ち合わせ。
いろいろなことが絡み合って、ちょっとスムーズに流れているのが感じられて嬉しい今日この頃、Yさんに会うとさらにシフトアップする感覚がありまたまた嬉しい。
そしたら家に、以前お願いしていたアート「NINNA6」が届いた。

ふふっ♪
やっぱりYさんのタイミングって、すごいなぁー♪

…ひとりごとでした。

お知らせ

本日10/17 16:00〜10/19 16:00まで、サーバーメンテナンスのため、新規記事のアップ、コメント受付などができなくなる模様です。(閲覧は、できるみたいです)
いらしてくださっているみなさま、すみませんがよろしくお願いいたします。
いつもありがとうございます。

2006/10/16

いよいよ

昨日あまりに食べ過ぎて、今日はお昼すぎまでお腹いっぱいでした(笑)

今日から私が住むマンションで、外壁の塗装工事が始まりました。
建築関係の仕事に携わっているので、工事工程表を見たり足場をかけたりする作業は見慣れていますが、渦中の現場に住んでいるというのは初めての経験です。
今日は資材を搬入しただけでしたが、これから約2カ月、シートに覆われて暮らすと思うとなかなか覚悟がいりますねー。
バルコニーにある植物さんや、外のプチ庭にある植木さんたちも、ことあるごとにどこかに避難させねばならず。
これから冬に向かうので少しは気が楽ですが、陽射しが少なくてもちょっとがまんしてもらわなければー。。。

そんなことで、この秋から冬は、我家は冬眠状態になりそうです。
…自分まで冬眠しないように、気をつけようっと(笑)

2006/10/15

職人技

ワタクシ今もお腹がいっぱいでございます。(シアワセ)

今夜はだーい好きな鰻をいただいて来たのですが、これが知る人ぞ知る住宅街に佇む名店!(私は聞いたことはあったけど来たことはありませんでした)
店構えは純和風のつくりで、なんとなーく昭和を漂わせる雰囲気で素敵。
「鰻」と大きく書かれた暖簾をくぐり、那智黒洗い出しの階段を数段上りカラカラと軽やかにすべる細かい縦格子の引き戸を開けて店内に入ると、正面にはガラス戸で囲まれたコの字型のカウンター席と、大きな鯉の泳ぐ池のある中庭が見えます。カウンター席の中では職人さんたちが作業をしています。
そして奥には小上がりがあり、堀炬燵式のテーブル席が数席。
この雰囲気だけでもかなり気に入って、もうもう大喜び!だったのですが、鰻の味ときたら、またまた素晴らしく。

お重のなかに、ご飯が見えないほどびっちりと鰻がはいっていて、しかもしっぽのほう(といっていいのかな?)が、お重にはいりきらないので折り曲げてあるんですよー。タレのお味も絶妙で、たくさんかけてもしつこくないし、山椒をこれまたたくさんかけても味が負けることがないのです。
鰻はとてもしっかりしてて、へんにフワフワ柔らかくなく、でも口にいれるととても柔らかく馴染んでいって、もーぅ、ホントにホントに美味しかった!

あまりに美味しかったので、鰻好きの私は残さずいただきましたが、これが量が多くて!というわけで、今も(食べて数時間たっているのに)お腹がパンパンでございます(笑)あーでもシアワセ♪
そんなに美味しい鰻を提供するこのお店、職人さんの心意気が一味ちがっていまして、おしながきに
「鰻はあわてちゃいけません、職人の手でじっくり蒸したり焼いたりするのが必要で、これを急ぐとうまい蒲焼きにはなりません。しばらくお待ち下さい」という主旨のご挨拶文が書かれていて、その下段には「さばくのに○分、焼いて○分、蒸して○分、タレをからめて○分」と解説まで付いていました。
しめて38分でした。
食材、さばき方、焼き方まで、まさに「こだわり」の一品でした。
ごちそうさまでした。ありがとうございます。ほんとうに美味しくいただきました。

ちなみに「きくかわ」というこのお店、都内には何店舗かあるのですが、ここがいちばん美味しいということですよー。

2006/10/14

花束

他ブログさんで、フラワーアーティストの方がご自分の作品を紹介されてるのですが、毎回とても素敵なのです。
今日見にいかせていただいたら、「喜寿のお祝い用に」と依頼されたというお花がアップされていて。
お花の素敵なことはもちろん、どんな方の手元に届くのかなぁと思うと、とても暖かい気分になります。
そういえば最近、私はひとにお花をあげてないなぁと思いました。
だれかにあげるために花を選ぶのは、とてもシアワセな作業ですよね。
特別なイベントがなくたって、さらあっとお花をあげることができたら素敵です。
きっと、ここ数年、だれからももらってない父とかに、あげてみようかな♪

…などと思って、なんだか期待感できもちが膨らんできて。
近所にも、いいお花めずらしいお花を扱っているお花屋さんが何件かあるので、さっそく明日にでも行ってみよう。
嬉しいなぁ。ありがとう!

2006/10/13

プレゼンテーション

何度か目のプレゼン。
インテリアの商品企画から入り、モデルルームのデザインや販売センターに至る内容の仕事の場合、項目数が増えるので、幾度かに分けてプレゼンすることになります。
商品企画(今回はマンションなんですが、設備の仕様とか共用施設とか内装カラーコーディネートとか、のことを「商品企画」といいます)についてはある程度のめどを得られたので、今日はモデルルームのほうのプレゼンでした。
コンセプトやレイアウト、おおまかなデザインの流れは通ったが、細部でいろいろ注文が出る。
設計側、企画側、販売側とそれぞれの立場からの要望があるのです。
それらを整理して、部分的に再提案することに。
とはいえ、部分を変えるということは当然、全体を見直さなければいけないわけで、ボリューム的にはかなり大きくなります。
ま、いちおう方向性はFIXされたので足もとは固まった感じで良かった良かった。

ということでこの物件については、やっと先が見えて来た様相。
そこに新たな依頼が届く。
グッドタイミング!です。
タイミングよく物事が流れて行くのは、自分自身の流れにも滞りが少なくなっているのと同義なので、今後も滞らせずなめらかに行きたいと思います。

2006/10/12

秋の夜は眠いー。

さきほど仕事から戻り、電話連絡やスケジュール調整をして、さぁ仕事にかかるぞ!と思ったのですが…ぱったりと寝てしまいました。。。
毎週末プレゼンがあって、寝てる場合じゃないのにー!
でもでも、秋って、夜眠くなりますよねー?
春は朝寝が心地よいように。
あーでも!そんなバアイじゃないのだー!
これから仕事にかかります(笑)

2006/10/11

プランの日

今日は丸一日、プランのためまったく外出せず。
普段は、なにかしら出かけなければならない用事があって、こうしてプランにかける時間を一日とることってなかなかできないので、とっても良かったです。
電話も少なく(某クライアントがお休みの日のせいもある)落ち着いて仕事ができました。
でも、こういう日は、へたするとホントに一回も外に出なくなる!
夕方に、やっと郵便物を撮りに行ったりして、それで「あー今日はじめて靴はいたー」なんて。
それはそれで体にも気持ちにも良くないんで、お散歩に行くように心掛けています。
今日はお買い物がてら近所をぶらぶら。
新しい道を通って、思いがけず保育園をみつけて園児たちの歌声に癒されたり、なんでか猫がたくさんいる道に出会って瞬時にネコおばさんになったり。
大きな事件はないんですが、いつも通る道とは違う道を歩くと、視点が変わったり発見があったりするので、とっても楽しみです。

2006/10/10

「オクリモノ」

RAG FAIRの新しいアルバムがやっと我家にやってきました♪
いやいや発売日から一週間も経っちゃって。
さっそくさっそく遅まきながらヘビロテ中でございます。
まとまりませんがさっくり感想。

今回もメンバーそれぞれが曲づくりをしているので、アルバムとしての筋のとおったコンセプトというよりも、いろんな味が楽しめるゼリービーンズのガラス壜といった感じ。ま、これはいつもの彼らの個性ですね。
でもその内容は、いままでとは少し赴きが変わっていて。
ひとことで言えばちょっとオトナになったということでしょうか。

詩の内容はもちろん、曲の構成がずいぶん複雑になっているような気がして、これは彼らの技量がどんどんアップしているということで喜ばしいんですが、今後あまりそちらに傾き過ぎないでいてほしいなぁというのが素直な感想です。
シンプルでも心を打つ、そんなのを期待しているのですよね、私は。だってせっかく、魅力的なのびやかな声を持っているんですもん。
もちろん、両方のテイストをうまくかみ合わせて表現してくれるなら、さらに大歓迎です。

礼央さんはといえば相変わらずの礼央節を発揮していて、嬉しくてクスリと笑ってしまいましたよ。
キレイなファルセット、さらに磨きがかかってましたね。ついでに早口言葉も磨かれてました(笑)
個人的には「to shy shy 僕」「夏の大三角」とか好きですね。ライブで聴くとまた違った味わいになると思うので、早く生で聴いてみたいです。
ライブのラストは「Song for you」でしょ。感動しますよ、これきっと。

RAGのイメージって、元気で明るくて(いい意味で)学生ノリみたいな、そんな感じだったのですが、精神的にも立ち位置的にも技術的にも、随分オトナになってきて、またこれから新しい展開がみれるんじゃないかと思えるような一枚でした。

2006/10/09

素数の女

「博士の愛した数式」を読んだ。
こんなふうに、最前の流行からは遅れる女でもある。
映画もまだ観てはいないが、キャスティングは知っているので、博士に褒められて嬉しそうな深津っちゃんのキラキラした笑顔とか、寺尾聡さんのあたたかいシャイな表情とか、自分で勝手に脳内映像をどんどん撮り続けつつ。

数学は、もうほとんど忘却の彼方で、作中私にもすぐにわかるのは「素数」くらいのものだった。
でも、誕生日から友愛数が導き出されたり、野球選手の背番号が完全数だったり、数字にも数式にもロマンやインスピレーションがあることを知りとても魅力的に感じられ。
縁のある数字にはなにか意味があるんだろうなぁと思い。
身のまわりの数字はなにかにあてはまらないかと、作品を読むと同時にアタマの中ではゲームが始まっていた。

私の誕生日、5月23日。
5も23も「素数」だ。
靴のサイズ。23。
私のラッキー・ナンバー。29。
これは自分で勝手に決めたもの。以前、とても大切なオブジェをふたつ購入したとき、そのシリアルナンバーが、両方とも29だった。末尾が9って、なんだかなーと思っていたけど、せっかくこの数字が自分のところにやってきたのだから、ラッキーナンバーにしよう!と決めたら「ふく」(福)と読めた。
これも素数。
私の出自である家族は、父が7月17日生まれ。母は1月23日。弟2月23日。
ぜんぶ素数じゃん!(1を除いて…)
こんなに自分が素数に囲まれていたなんて、新たな発見だった。

ちなみに、読んだあとに映画版を観たくなってDVDを借りたそのなかで、素数は「何も加えない、素直な自分」と説明されていた。
あるがままの素直な自分。私も、そんなふうでいたいと心から思う。

ところで作品は、どこまでも心の中で続く「直線」のように素直にしみとおり、「0」の感覚のように平らかに静かに豊かにちょっとせつなく、ひたひたと寄せてきて、そのうち溢れるような宇宙に膨らんでいった。

2006/10/08

つぼ焼きカレー

以前から行きたかった喜楽亭でランチして来ました♪
つぼ焼きの名前のとおり、厚いセラミックの小鍋にカレーが入っていてグツグツと煮えたのがサーブされます。
カレーの種類はたくさんあって、チキンやビーフなどの定番のほかチーズやきのこ、めずらしいところではステーキ(これはお値段もグレート!)とか鯨(!)とか。(←このふたつ以外はお値段はお手ごろなんですよー)
カレー以外にはサラダや前菜などのメニューも充実していて、全部制覇しようとしたらかなり足しげくここに来なきゃならないほどのバリエーションです。
私は野菜カレーにしました。ブロッコリーやアスパラガス、お茄子などがごろごろ入っていてびっくり!一緒に行った方が頼んだフルーツカレーにも、パイナップルやりんごがごろごろと…。
そしてなにより、カレーが、じっくりこっくり、玉葱を炒めて煮込んであって独特の旨味まるみがあるのです。美味しかったー!

今日は風は強いけど、お天気が良くてお散歩日和でしたので、駅から歩いて行くには丁度いいくらいの距離でした。実はとても量がたっぷりで、お腹がパンパン!だったので、特に帰りは歩かずにいられなかったんですけど(笑)
このお店、ご存じの方も多いでしょうがカレーパンも有名です。今日もおいしそうなカレーパンがショーケースに並んでいて、瞬く間に売れていっていました。そして、お店には長蛇の列ができるほどの人気ぶりでした。
うちからも近いので、また行っちゃおうと思います♪

2006/10/07

十五夜のあと

昨夜はせっかくのお月見なのに大雨でしたが、今夜は奇麗な月が出ています。
いつもよりしらじらと、光輝いているみたい。
昨日が十五夜で、たくさんの人たちがお月様のことを思ったからかもしれませんね。
心にかけられていれば、月も人間も、さらに美しくなるのですよーきっと。

「パビリオン山椒魚」

チョット時間があいたのをいいことに、朝一番の回(といっても開映はお昼頃)を観てきましたよ。
Nちゃんのご期待通り、でも半月ほど出遅れましたが…(笑)
フラガールとどっちを観ようか迷ったんですが、土曜日だしフラガールは混んでるかもと思い(おいおい)こちらにしました。

なーんか…いい意味で胡散臭くて。
ナンカ、面白かったです。
理由や必然性を求めたらワケわからなくなるんですよ、こういう映画はねきっと。
最初はフツーだったのに笛午村に行ったとたんトンデモキレキャラになってしまったオダギリとか。
いやこのときのキレっぷりたるやオダギリの真骨頂かと思いますガ。
そもそもナンでこの村に行ったのかよくわからないし。というか話の流れでの必然性はあるんだけど、わざわざなんでこのキャラの村?というのがおっかしい。
香椎由宇ちゃんが、ねばねばぐにゅーな大山椒魚をだっこしてるのも異様に似合っていました。
美女にああいうシュールなものって、独特の風味があっていいですねぇ。
でもじっさい、何で山椒魚なのよ。
ホントに150年生きてたのかい?
前半と後半でおもいっきりテイストが違うし。
ホント、なんで?、っていっても始まらないカンジなんですよ。

…とういうような。
シュールでファンタジックで一見あまり必然性ない一片一片を、あるがままに受け止めていくのは楽しいことでした。
それができたのは、音楽のおかげだったかもしれません。
全編を通して、音楽があまりに効果的に使われていたので、エンドロールで注意して見ていたら、菊地成孔さんというかたが作曲、構成、演奏、ボーカルと多岐にわたってやっておられるのです。
前半と後半でストーリィのテイストがガラッと変わるので、音楽もガラッと変わるのですが、でもなんとなく連続性があるような、流れを失っていないような。
必然性のないことにひっかかりそうなのを、さらっと流しこんでくれるような。
いままで、映画のここ一番のシーンを効果的に盛り上げたり全編にわたって雰囲気づくりをしていたり、という音楽には出会ってきましたが、なんら一貫性なさそうな、でも一定の流れは保っているような、そんなふうに印象に残る音楽の使い方が、私の意識にのぼってきたのは初めてです。
このひと、なんだか凄いなぁと思って、どんな人なのかものすごく知りたくなりました。
なんか、いろいろなものが同居してうまーくやっている、そんなカンジの音楽をつくる方なのかなぁと。

ということで、オダギリ大スキな私ですが、今回は完全に音楽にもっていかれました。
サントラとか、ちょっと欲しいかもー。

2006/10/06

名月

さきほどプレゼンが終わって帰宅!いやー今週はホント大変でした。
まだまだ続きがあるとはいえ、今夜はちょっとだけゆっくりしてます。

という今夜は、「中秋の名月」なんですね。
さっき、帰りに寄ったお店で「お月見団子」を売っていて、はじめて気づきました。
あいにくのお天気で、東京は暴風雨です。
プレゼンの重たくて大きい荷物を持って移動するにはかなり難儀でした。
雨と風と分厚い雲で、お月様はみえないけど、それは私たちの側の都合。
そういうときだって月はいつも見ててくれてますよね。
そんなふうに想って、月を観じてみました。
「いつも、かわらず、いるよ」と
きこえてくるようでした。
すこし、泣きぬれているようでした。

いつもありがとうと、伝えてみました。

2006/10/05

今夜が山場

なのに、お仕事ちっとも捗ってませーん!
ていうかやるべき内容が多すぎる…しかも納期が超・急って、いったいナニーー!
っていっても始まらないので、最善の方法を考えつつ、できるだけ我が身も痛めず(ココ、肝心!笑)…やろっと。
てことで、今日は切羽つまってるので、これにて。

2006/10/04

栗の季節ですね。
なにをかくそう栗好きです。
巷に栗をつかったお菓子やお料理が増えて、嬉しいー♪
コドモの頃は、栗ごはんがキライでした。なんか、ポクポクしてて、うまく飲み込んでいけなかったんですよねー。
でも、いまは栗ご飯も大好きです。
手がまっくろになるけど、ちゃんと皮をむいてつくります。
あと、渋皮煮もつくるかな。
今年はまだなにもつくってないので、来週あたり少し時間が空きそうだからつくろうかと思っています。
こうして、季節のものでお料理をつくったり食べたりすることでも、四季の移り変わりを感じますね。
いまはいつでもなんでも手に入るけど、季節のものって、その時にしか手に入らないのも、けっこう素敵なことなんじゃないかと思います。
今日は、季節限定「栗のワッフル」を食べちゃいましたー♪
またこれからお仕事なのよーん。終わるのかいっ?とほほー。

チケットさがし

うーん、、どこを探しても見つけられない…。
10/27に演舞場で行われる「三響會」という公演のチケットを探しているのですが、この日一日しかやらないとあって即日完売、その後もキャンセルやダブついてるのがないかと必死に探しているのですが、どーしてもダメみたい…。
能と歌舞伎の両方で、「安達原」を見れるという、しかも(コレが重要だったり)亀治郎さんが出演する!
亀治郎さんは大河の撮影のためこれを最後にしばらくは国内での歌舞伎公演には出演されないようで…。
ということで、とっても行きたかったのですが、諦めるしかないかなぁ。
まぁでも、公演日まではまだ日にちもあることだし、あきらめずに探そうかと思います。

…余談ですけど、亀治郎さんHPの「風林火山」撮影風景写真の亀治郎さんの横顔、香川さんと似てる…。
考えてみればいとこなんだから、、でもなんかフシギ。

2006/10/03

忙中閑あり?

忙しいときには、食事をつくるのが気分転換になるので、あまり手のこまない簡単なものをよくつくります。
今日はおいしそうな蕪があったので、蕪と五目厚揚げを薄い出汁で煮たのと、蕪の葉っぱをこまかくきざんで油揚げと炒り煮したのをつくりました。
鯵のひらいたのも、安くなってたので、梅肉と紫蘇をはさんでロール揚げに。
あとはいつもあるものーひじきとか納豆とか煮豆とかーで、立派な食事になります。
外で美味しいものをいただくのも大好きですが、やっぱり自分でつくったものって、自分の口に合うのです。
私は、すごーくお料理が上手なわけではないけれど、自分が「いま、食べたい」と思う味をつくることは、できます。
なので、けっこう満足するんですねー。
忙しいときこそ、食事をなおざりにしたり、お風呂の楽しみを減らしたりということがないように、気をつけています。
でないと、毎日がとてもつまらなくなるので。

2006/10/02

愛しいねえ

発見した本屋さんに頼んでいた「ブルータス」水族館号が、きました。
入荷した連絡をいただいたので、毎日仕事で遅くなる私は(いつとりに行けるかなと思い)営業時間をたずねたら、11時までやってるということで。
ありがたーい!
っていうことで、11時前に駆け込んで、とってきましたー(^-^)

おまけのDVDはまだ開封もしてないんですが(さすがにそこまで時間がない…)先日美容院で見たときには発見できなかった写真に、いたく心を奪われました。
ニュージーランドに住む「イエローアイドペンギン」という、絶滅の危機に瀕しているというペンギンの写真なのですが、
かなり遠くから撮影してるんだろうと思われるその海辺のシーンに、ちいさなペンギンがひとりだけ、写っているのです。
しかも、ひとりでぽつぽつと歩いているらしく、前に出た片方の足は宙に浮いてるその瞬間を、きりとっているのです。

私はいままでペンギンというと、集団でかたまっている写真しか見たことがなくて、たったひとりで海から上がって来たこのペンギンの写真に、びっくりしました。
解説文には、「夕暮れ時に一羽ずつあがってくる。用心深く周囲を何度も確認しながら…」とあります。
そんなに用心深くて臆病なのに、なぜ絶滅寸前なのかというと、ひとつには森林伐採、もうひとつには海を渡ってやってきた犬や猫に襲われることが主な原因らしいのです。
もともと住んでいたところをおわれ、もともとはそこの地域にはいなかった外来の天敵におわれているのです。

それでも、なんとか、ほそぼそと、がんばってきたんだろうなぁ。
この写真を撮影したカメラマンさんは、そういう状況をもちろんわかって撮影されているのでしょう。
写真からは、ひとりでがんばっていて、でも多くの危険にさらされているペンギンを、遠くから愛しさとはがゆさで見つめている雰囲気がみてとれて、そこに私は惹かれたのでした。

絶滅していくというのは、それなりの、自然の流れや必然性というものもあるとは思いますが(それは人間も含めてです)その原因に、人間が大きく関与しているのであれば、それは自然のしくみにかなっていないという側面もありますよね。
だからといって、○○を守ろうー!などと大手をふって活動するようなことも too much な感じでいまひとつピンときませんが、ひとりひとり自覚をもって気をつけなきゃいけないな、とは思います。
ほんとうは、あたりまえのことなのに「気をつけ」なければできないくらい、自然のしくみにかなわない生活を、私達はしてきちゃったんだなぁと、思います。
動物にも、植物にも、石や砂だって、「愛しい」と思って接したら、そんなふうにはならないんだろうになぁ。

などと、この一枚の写真をみて、おもいました。
美しい、いい写真でした。

2006/10/01

日々、進化♪

なんかここのところ、すごいよくやってるなぁ自分。
仕事はしばらくパンパンなので、毎日がギリギリなんですが、なんとかやってるし
なのにけっこうお料理とかもしてカラダにも気をつけてたり
食材とかそのほかのものたちにも、自分なりに気をまわしてるし。
だけど日々、「もっと、もっと」がやってきます。
たいへんだけど、それはまっとうな「流れ」だと思ってます。
進化していくのに。
…ちょっと、真摯に、みつめてみた。うふ。

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