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2006年12月

2006/12/31

大晦日

今年ももう終わりです。
一年が終わり、また新しい一年が始まる。
毎日のことは、いつだって変わりありませんが、
こうした機会を得て、気分をあらためたり、自分をふりかえったり、いろいろなものを整理したりけじめをつけたりすることは
とてもありがたいことです。

さまざまな存在たちに
そしてこちらにいらしてくださっている方たちに…
今年も一年、つつがなく、そして進化して 過ごすことができました。
みなさんのコメントやご感想のおかげで、なんとか続けてくることができました。
とても嬉しくて励みになっています。
ありがとうございます。

そして

来年もどうぞよろしくお願いいたします。

2006/12/30

みんなですごす

今日から実家に来ています。といっても実家は横浜なので、わりと近いのですが。
年末年始は弟たちも来て、みんなで過ごします。
束の間の大家族。
これもまたいいものです。
こうやって、みんなで過ごせるのはいつまでかわかりませんが、いつも誰かと一緒にいられることは素敵だな。
感謝しつつ、お正月料理の準備をしています。
女は働く、年末年始。笑。
@mobile

新年に向けて

クリエーションな仲間ともろもろお話を。

今年は、
身近なものの大切さ。直観とつながることの大切さ。自分をみつめることの大切さ。
を、実感として感じることが多い一年でした。

来年は、
「真剣さ」
真剣ななかにまた「真剣」があり、真剣な中に「楽しさ」がある。
それを行動にうつしていこう。

なんてことを。
やっと冬らしく、寒く、寒く、なりました。
凍てつくような星と月の夜空の下で、いよいよ来年を迎える心構えが、できてきました。

ありがとうございます。

2006/12/29

十二月大歌舞伎夜の部

今年の最後の歌舞伎でございます。
さいごの最後まで、こうして楽しむことができてシアワセ♪
内容も、昼の部に負けず劣らずのとても良いものでした。

まず「神霊矢口渡」、菊之助さんのお舟が大人の女ながら清廉な感じでどこか江戸前。
思いきりの良さが目立ちひと目惚れした男のために大活躍といった風情。
そういえばここのところ「ヒメ」な菊之助さんを見ていないけれど、こういう大人の女性の役の菊之助さん、私はとっても好き。
どんどん役の幅を広げられて、これからいっそう楽しみです♪
いっぽうの、ごうつくばりな父親役・富十郎さん。
これがなんともごうつくばりで、ある意味喜劇的なくらいヒドイお人。
自分の利益のために追う義峯と間違えて娘・お舟を刺してしまうし、それでも悲しんだり後悔したり…はなくあくまで義峯を追いつめたい、挙句のはてに矢に打たれてしまう。
なんなんでしょ、と思うような役を富十郎さん、堂々とにくたらしく演ってくださっていて、見応えありました。

次の「出刃打お玉」、これは最初に感想を書いた日にちらっと語りましたが、菊五郎さんが、う ま い の ー 。
若いころ(といっても年増女ですが)の気っぷのよさ母性の深さから、大病を患ってよろよろした感じの老婆になってからの哀れさしたたかさなんかが、ほんとうに良く出ていて、さすがの演技でした。
対する侍・正蔵役の梅玉さん、初なかんじも、年をとってからのいやらしーい悪徳侍ぶりも、いつもの梅玉さんからは想像できないんですが(笑)なんだか嵌っていて、菊五郎さんとのかけあいもリズム良く絶妙でした。
おふたりのやりとりが笑わせてくれ、また最後のお玉の台詞には、万感の思いがこもっていて良かった。。。
あの台詞(舞台の締めの台詞としてはよくみかけるパターンですが、あれで締められるのは力量のある役者さんだけだと思います)で、あの感情を伝えてくる菊五郎さん、もう脱帽!です。
あと、タイトルにも出て来る小道具の出刃、これを投げるお玉はめちゃくちゃかっこいい!
まるで市井のヒーロー、、いやヒロイン(?ヒーローのほうが似合ってるような…笑)ですよ。
というわけで、ほんとうに楽しませていただきました。

最後の「紅葉狩」これを楽しみに劇場に足を運ばれたお客さんがたくさんいらっしゃるのでしょう、「成田屋!」「ぼたん!」などのかけ声(あえて大向こうというのはやめよう…)が実にたくさんかかっていました。
海老蔵さんはいつもながらに華やかで、一挙手一投足が自然と人の目を惹く、やっぱり魅力的な役者さんです。
ヒメな海老蔵さんはやっぱり大きいけど(笑)これがだんだんと鬼の形相を帯びていく様は、見応え十分!
先月の狐も良かったのですが、海老蔵さんの「異形のもの」はなかなかに見応えがあります。
ぼたんさんはさすが本物の女性、華奢!ちいさくて守ってあげたい感じ。
踊りもなかなか良かったように思います。
そしてそして最近の大注目の松緑さん!
これが良かったです。
自然に育ちが良くて心がまっすぐで、更級姫の美しさにもあまりよろけない気高い雰囲気、姫が鬼女と知ってからは果敢に立ち向かう若々しさ。
清廉で美しい維盛でした。
山上の右近くん、左源太右源太の亀三郎さん市蔵さんも、よかったなぁ。
とにかく華やかで、力のこもった舞台で、たいへん見応えがありました。

一年の締め、十二月歌舞伎座。
たいへん満足させていただきました。
来年も、また楽しませていただきたいなぁと、心から思います。

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2006/12/28

不思議なバーその後

以前、近所のちょっと胡散臭い(笑)不思議なバーのことを書いたけれど、今夜そこに行ったら、今月いっぱいで閉店するというのだ。
えー。
その胡散臭さが、かなりお気に入りだったのに。
マスター・やまちゃんのなんだかなーの笑顔も好きだったのにー。

ほそぼそ感漂っていたそのバーは、やっぱりほそぼそしてたらしく、ちょっとたちゆかなくなってしまったらしい。
私たちがお店に入ったときは、お客はだーれもいなくて、「いつものような」感じだったのだが、そのうち知らせをきいた常連さんたちが次々と花束をもってやって来たりして、「いつものかんじ」はすっかりなくなってしまった。
やまちゃんは、そういう時に花を持って遠方から駆け付けてくれる人がいるくらい、人気者だったのだ。

やまちゃんは、これからまた心機一転、ほかで仕事をしながらまたお店を持つ機会をうかがうということだけど、とりあえずこの店がなくなってしまうのは淋しい。
人気(ひとけ)がなくてちょっと胡散臭い分、自分だけの空間みたいな、勘違いをさせてくれる気安い場所だったのだ。
そして、とっても美味しい人気店だったり、隠れ家的オシャレな場所だったりする以外にも、時としてこういいうところもとっても寛げる場所だと知ることが、私にとってたいせつなことだったような気がする。

2006/12/27

ご祝儀、ご祝儀♪

12月歌舞伎座昼の部。
千穐楽は生憎の大雨でしたが、内容のほうは演目の組み立ても役者さんの立て方もとてもバランス良くて、とっても見応えありました♪

「八重桐郭噺」の菊之助さん、文句なくキレイ!女丈夫で堂々としていて、様変わりしてからの大胆な活躍ぶりも惚れ惚れしちゃうよ!って感じ。
それに対し松也さんのお人形のような姫っぷり、好対照。
近松ものって、なんだか心中物のイメージが強いのですがこれは大胆な話の流れで楽しめますね。

お次の「忍夜恋曲者」、時蔵さんてあんなに妖艶でしたっけ?と思うほどの妖しさ美しさ、そしておどろおどろしさ。
に対し、松緑さん、端正で清冽な芸風が清々しい!
近頃私の中では松緑さん株急上昇だったのですが、期待を裏切らぬ、どころかますます注目してしまいました。
ご自分の演技の「質」を見いだされ、その道を邁進している感じで、潔い!
そんなところにこれまた惚れ惚れ〜。

そして「芝浜革財布」、これってかの連ドラ「タイガー&ドラゴン」で西田敏行扮する噺家の「芝浜」をきいて、感激したヤクザの長瀬くんが、弟子入りするんだったなぁ。
なんて思いつつ、あの噺をじつにうまく舞台に上げていて。
もう菊五郎さん芸達者!
ダメダメぐうたら亭主なんだけど、なんか憎めない。
近所の飲み仲間と、ぐうたらぐうたらお酒を飲んでるのも、どうしようもないんだけど楽しそう。
それにつくす女房あってのバランスだと思うのですが、魁春さんとの息もぴったりで素晴らしいー!
最後は見違えるような立派な亭主になって、あーよかったよかった、これで気持ちよくお正月を迎えられるわー(私が)って感じで大満足。

ところがまだ昼の部は終わりません!
「勢獅子」出演者も多く、台詞もあって、豪華〜!です。
もう、お年玉もらってご祝儀もらって、ほくほく、って感じです♪
このときの松緑さんも良かったわぁ。
そして、雀右衛門さんが、美しかった!(じつは今まであまりそう思っていなかった…)
動きもエレガントで美しかったし、みめ麗しかった。
いやいやホントにいいものばかり、観せていただきました♪

てことで、大満足の昼の部でした。
余談ですが、今日私の席のそばに大向こうさんがいらして、周りの方達に「大向こうをけさせていただきますのでよろしくお願いします」ってお断りのご挨拶をしていました。
大向こうさんも、そういうとこ気を使って大変なんですねー。
その方、タイミングよくかけてらしたので、すぐ近くできけてなかなか快感でした。
役者さんのほかにも常磐津の一巴太夫さんなどにも大向こうをかけてらっしゃいました。
なかなか楽しい経験でした。

2006/12/26

千穐楽

今年最後の歌舞伎座、千穐楽に昼・夜通しで行ってきました。
冬には珍しい本降りの雨のなか、ほぼ満席のお客さん、雨にもめげず着物を着たかたもかなりいらっしゃって、華やかな雰囲気。
久々の歌舞伎だったので(といってもひと月ぶり)もーう枯れ木に水がしみこむかのように、嬉しくて楽しみでたまりませんでしたのよ♪

今回は、菊五郎さんにいたく目を奪われました。
菊五郎さんをみていると「この方ほんとうにお芝居がお好きなんだなぁ」と思います。
演じることが楽しい。なにを工夫しようか、どんなことをして観客を喜ばせようか、といつもいつもそのことで頭はいっぱいなのでは…という感じです。
だから、ちょっとしたところが気がきいていて、面白かったり泣けてきたりするんです。
今日も「出刃打ちお玉」での、茶屋に来た初な若者が緊張のあまりお酒をたくさん飲んじゃって「とっても足りやしないよ」と奥に取りに行くところとか、「ふるえてるよ」とちょっとからかいながらもどーんと受け止めてあげるところとか、おばあさんになってからその若者(だった人)と偶然再会したときのいたぶり方(笑)とか
ちょっとしたさじ加減だと思うんですよ、それが面白い。
やりすぎたら、しらじらしく、いやーらしくなっちゃう。
…うまいなぁ。

いろいろな感想はまたあらためることにして、
いつも思うんですけど、歌舞伎のお客さん、引きが早くありません?
今日は、今年の、千穐楽なのにー。
もうちょっと、最後は盛大な拍手が続くのかと思ってたたら、あっさり終わって帰り支度。
今年一年、楽しませていただいた感謝の拍手、とかって思っていた私は、ちょっとがっかり。
役者の皆さんは、とても熱のこもった演技で、一年のおさめのお仕事ぶり、楽しませていただきました。

ふたたび歌舞伎に嵌っての一年目、浅草にはじまり歌舞伎座でみおさめ。
一年間、ほんとうに楽しませていただきました。
歌舞伎に嵌ったおかげで、いろいろなものに興味が広がりました。
ほんとうに、ありがとうございます。
来年もまた(すでに観劇の予定がいっぱい!)楽しませてくださいね♪

2006/12/25

浅草

なぜかクリスマスに浅草に行き、天ぷらをいただきました。
有名な江戸前の天ぷら屋さんで、建物も古ーい日本家屋で柱や窓枠が黒光り。
出てきた天丼は、天ぷらがてんこもりで、丼から勢い良くはみ出している!
美味しかった!そしてすごい迫力でした!

でもって、ちょっと腹ごなし(?)に、界隈の古くは吉原の遊郭であった辺りを歩きました。
大門のあったあたりからメインの通りを少しだけ散策。
いまはもうかけらも名残はありませんが、歌舞伎の舞台上につくられる
大門から茶屋が並んでいる風景を思い起こし、当時の様子を想像しました。
そこに連れていってくださった方が、当時のそういう風俗に詳しい方だったのでいろいろお話も伺いつつ。
曰く「舞台で見たりしてることを、実際にこうして追体験すると見方が深くなるよ」
うん、ちょっと視点が変わるかも。
そんな意味で興味深かった、クリスマスの浅草でした。

聖歌隊みたいな方が浅草の町を歩いていましたが、浅草のクリスマスって、なんか一味ちがいましたよ?
やっぱり浅草はクリスマスよりお正月が似合うかも(笑)

2006/12/24

斎藤真一美術館

天童・出羽桜美術館の分館が、画家・斎藤真一さんのコレクションです。
油絵の画家さんですが、「ごぜさん」の絵で有名なので、それをご覧になった方も多いのではないでしょうか。

私が初めて斎藤真一さんの絵を見たのはまだ子供のころ、母の影響でした。
連れていってもらった展覧会に、斎藤さんの描いた、チェロを弾こうとしているけど弾けないでいる悲しそうな男の人の絵(と、そのときの私には見えました)が展示されていました。
母は、その哀愁漂う雰囲気と、青みがかった色調が好きなようでした。
それで、私もなんとなく、斎藤真一さんの絵が好きなような気がしていました。
子供のころは、若すぎて、悲しいことに憧れていたのもありました。
じっさい、「ごぜさん」の絵などは物悲しくて、でも生きようとしていて、好きでした。
だから出羽桜美術館分館の、斎藤真一コレクションは楽しみにしていました。

でも、今の私にはちょっと、悲しすぎた。
自分がそういうモードに入っているから悲しくて見れない、というのとは全く反対で、なんかね、それを飛び越えて、明るく笑えるくらいの感覚のなかに、自分がいることを自覚しました。
私は「ごぜさん」のつらさ悲しさはわからないし、私が経験してきたことなどきっと、とるに足らないくらい軽い悩みだったりすると思うんです。
世の中にはもっともっと、大変な経験をしているひとがたくさんいるから。
でも、そんなたいへんな中にも、この前読んだ「デッドエンド…」みたいに、ちょっとシアワセな感覚に持っていけることだってあるのに。
せつないのは、底のほうにすこし、あればいいよ。

…そんな感覚で、作品を見ました。
いまの、私の感覚にとっては、せつないのが多すぎて、ちょっとツラかったり、しました。

見る時によって、受ける印象は変わっていきますね。
また何年かのち、この作品たちに出会ったら、もしかしたら今よりももっと正面から向き合えるかもしれません。

メリークリスマス

イブですね。
皆さんは、素敵な時を過ごしていらっしゃるのかなー。

私は、家でプチパーティ。
ちょい辛味噌スープに、ご存知!超オイシイ石垣島ラー油を入れて、野菜たっぷりの鍋をつくりました。
名付けて「聖夜鍋」(どこがでしょ?)
でもって山形風「だし」(なすときゅうりとみょうがと大葉を細かーく刻んで醤油であえたもの。お酒に合うのよーん♪)もつくりました。
あと、豆腐とか湯葉とか豆とか。。。ケーキはありません(笑)
そんなですがいちおう、クリスマスです。
いいんだ、美味しいって喜ばれたしー。

そんな、あったかくて楽しい夜に、ちょっと心配なお知らせが。
いやでもまだ、はっきりしたわけではないので。
なーんだ心配しちゃったよ、なんてことなかったじゃない、ってことになるんじゃないか なってほしいなと。
かみさまイエスさまマリアさま お願いします。
ココロの中でミサうち続け鐘鳴らし続けるよ。

日頃空気のように思っていたって、
そんなことがあればこんなにキモチが揺さぶられるくらいたいせつな存在だったかと
あらためて私に知らせてくれた、クリスマスイブの夜でした。

…たいせつなものは、毎日たいせつにしよう。そうしよう。

2006/12/23

天童・オルゴール博物館

天童で行ったオルゴール博物館について。
じつは最初はさほど興味なかったんです。
でも、広重美術館とセットのお得なチケットがあって、せっかくなので行ってみました。
ところがとっても楽しめたんです。

オルゴール博物館なるものはけっこう各地にあって、いろいろ行ったことがあるのですが、あまり印象に残るほどではなく。
だって、どこに行っても、お部屋ごとに展示されてるオルゴールが演奏されているか、自分で音を鳴らすかで、あとはお土産コーナーが妙に充実しちゃってたり。

でもこちらはご案内役の方がいらして、ミニコンサートのように説明しながら、それぞれのオルゴールを演奏していってくれるのです。
オルゴールの歴史から、どんな方法で音が出ているのかとか、どこを工夫して進化していっているのかとか、ひとつひとつをわかりやすく説明してくれてから演奏にはいるので、当時の人たちがどんな夢をオルゴールにのせていたのかがよくわかり、演奏に耳を傾けることができました。

19世紀初頭(まだレコードなどなかった時代です)に、なんとかして演奏家なしに、好きなときに音楽を聴けないものか、という気持ちからオルゴールの歴史は始まったそうです。
最初は小さな時計のようなパーツにシリンダーを仕込んだものがつくられましたが、小さいので当然、曲の演奏時間も短いし音も小さくて、みんなで楽しめるようなものではなかったようです。
それが、大きなディスクを使用することによってより長い曲を、本体を大きくして音の共鳴を持たせられる箱を作ることによってより大きくて良い音を、演奏できるようになりました。
ディスクを2枚にしてオーケストラのような効果を出したり、ほかの打楽器と組み合わせて音に厚みを出したり…と、工夫は際限ありませんでした。
この頃のものは、どんどん大型化して箱の装飾も素晴らしいものになっていきます。
また、ジュークボックスのようにコインを入れると演奏が始まるといった、ダンスホールや社交場向けのものも開発されていました。
オルゴールは、決して安価なものではなかったけれど、コンサートに行くよりは手軽に、どこでも音楽を楽しめる、夢のような機械でした。

中でも私が感動したのは、「これもオルゴールの一種なの?」と思った、ピアノの自動演奏の機械です。
見た目はピアノ、普通に演奏もできるものだそうですが、実際にピアニストが弾いた音を忠実に再現するもので、穴をあけたロール紙を本体の中に入れて(この仕組みがオルゴール)音を出すのですが、ほんとうに、ピアニストの指のタッチや体温が感じられるようなリアルな演奏でした。
当時の人たちが「なんとかして音を記録したい」と思っていた、情熱を感じるものでした。

この頃になると、蓄音機やレコードがつくられるようになり、その手軽さ、音の再現性の良さから、オルゴールはこれにとってかわられることになり、20世紀前半にはすっかり姿を消してしまいます。
そういえば、このころのことが映画「海の上のピアニスト」の中で、多少語られていたような…。
郷愁を感じさせるようなあたたかみのあるオルゴールが、なくなってしまったのは勿体ない気がしますが、それも時代の流れなのでしょう。

そな、人々の気持ちの解説をも交えながら、たいへん音響効果の良い部屋で演奏を聴かせてくれたので、すっかり気分良く、オルゴールの音のファンになってしまった私、この博物館にあるオルゴールの演奏曲集のCDをさっそく購入、家に帰ってきてからも心地よく聴いています。
ちなみに、この博物館は、東北パイオニアが創設したということで、音響にはたいへん気をつかって設計されたそうです。
ほんとうに、美しい音なので、天童に行かれたらぜひぜひ足を運んでくださいね。
私もまた天童に行くことがあれば、行ってみたいと思います。

2006/12/22

おはようございます

昨日東京に戻ってきて、自分のブログにログインしようとしたところ、なぜかゼンゼン入れない…。
やっとの思いで記事だけはアップさせましたが、コメントまではどうしてもアップするとこまで辿り着けませんでした。
コメントレスが遅くなってごめんなさい。
今朝は大丈夫そうなので、レスしてみました。
みなさま、いつもコメントありがとうございます♪

2006/12/21

天童から

帰ってきました!
久しぶりに休みをとって(しかも3日間も!)なーんにも仕事しないで、ゆったりのんびり遊んできて、すっかりいろんなものを洗い流しましたよ♪楽しかったぁ!

泊まってたホテルがとても良くて、お部屋や建物やお風呂やお食事はもちろんのこと、空気感がね、東南アジアのリゾートもなんのその!って感じの「微笑みの宿」なんですよ。どこにいても、やわらかい笑顔に包まれて、これが一番シアワセでした。

私の座右の銘は「Always in Smile」ですが、笑顔の本質が問題ですよね。

女将がとても素敵な方で、何回かけっこうゆっくりお話させていただいたんですが、女性としてホントお手本にしたい!
美しくて気品があって、でも親しみやすくて可愛いんです。
女将のそんな雰囲気が浸透しているのか、ホテル全体があたたかくて包み込むような波長に溢れていました。

とてもとても寛いで癒されたいっぽう、ひとを受け入れる暖かさとかおだやかさとか、そのための隠れた努力とか、いろいろな組み立てとか将来の展望とか、いろんなものを感じさせていただいて、自分に置き換えて考えてみたりして、実に充実した旅でした。

良かったぁ!
ありがとうございますo(^-^)o

2006/12/20

天童ふつかめ!

天童ふつかめ!

今日は広重美術館へ。
先日、東京で肉筆浮世絵展を見ましたが、奇しくも今度は天童で初代〜三代広重の浮世絵を見る機会を得ました。

なぜ天童で広重?なのですが、広重はもともと天童藩主や藩医と交友があり肉筆画をかなり描いていたということで、天童にまつわる作品は「天童広重」と呼ばれていたということです。
この「広重美術館」では肉筆画・版画合わせて千数百点を所蔵していて、毎月テーマを絞って展示替えしています。

今月は「移りゆく色彩」ということで、顔料の変遷を解説しつつその時代の作品を展示していました。
なるほど手に入る顔料の種類によって同じ青でも色が違う。幕末期では国産の顔料のみを使っていたのが、徐々に海外からの材料が使えるようになったり、化学合成品が出現したり。その発色によって時代が反映されるのも興味深かったです。

展示の中でで面白かったのは歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」の各段を描いたもの。
お芝居の舞台のまんま美しく描かれてて(特に五段の定九郎なんて今のまま!)細かい違いはあれど歌舞伎ってやはり伝統を守り続けているのねーと、妙に納得。
その絵の華麗なことといったら!本当に細かく美しく情緒たっぷりに描かれてて、ほれぼれ見入ってしまいました。

とても見応えのある美術館なので、天童に行かれる方はぜひ!ティールームも素敵ですし♪

今日は他にもオルゴール美術館や若松寺に行き、ホテルでゆったりし、人を尋ねたり、、とっても充実でした。その話はまたあらためて。

@mobile

2006/12/19

出羽桜美術館

出羽桜美術館

今日は着いてから出羽桜美術館に行きました。
出羽桜という酒蔵が、個人的に収集しているコレクションです。
李朝の陶磁器、陶器のコレクションと、画家の斎藤真一さんの作品たちで構成されてます。
古民家をそのまま使用した建物でとっても風情がありました。

斎藤真一さんは、子供の頃作品を見たことがあり、好きな画家さんでしたが、今日見たらまた、新たな感覚がわきましたね。
それについてはあらためて。

携帯での長文、書きづらい〜(^o^;

@mobile

天童に来ました!

天童に来ました!

天童に来ました!

ちょっと骨休め、ってことで天童温泉に来ました〜(^^)v
さすが将棋の町、歩道のタイルも将棋の駒がデザインされてます。
お泊りするホテルは、将棋の「竜王戦」が行われる「竜王の間」というお部屋を持つ、とっても素敵なホテルです♪
たくさん話して、美術館に行って、温泉にのんびり入って、美味しいものを食べて…嬉しいー!
夏からずっとカラダを酷使してたから、ご褒美、ご褒美。
明後日には東京に戻ります(^-^)
@mobile

2006/12/18

二代目 中村錦之助!

中村信二郎さんが、二代目・中村錦之助を襲名されるそうです。

ずいぶん前から、信二郎さんに良い名前をあげたい、というような記事をあちらこちらで見かけていました。
襲名が決まった、ということも漏れ聞いていました。
名前がどうでも、私はずっと信二郎さんの舞台を観続けたいと思っていましたが、まだなのかなーという気持ちも、ちょっとはありました。
でも、やっと、やっと、正式発表です!(12/21銀座東武ホテルにて記者会見。富十郎さん時蔵さんが同席されるそうです)

歌舞伎の世界では、良い名前を継ぐということが、お仕事の深さや幅を拡げていくのですよね。
私はあまり名前のことはよくわかりませんが、信二郎さんにとって一段と飛躍することができるのであればとーっても、嬉しいです。
おめでとうございます!信二郎さん!

襲名披露のときは、なんのお役をなさるのかしらー。
あー口上も早くききたいー!
たのしみ♪たのしみ♪たのしみーーー♪

2006/12/17

古いノート

昔、高校生くらいのときに使っていたノートが、出てきた。
本やお芝居や歌や、ひとがいったこととかで、気に入った言葉をかきとめておいたものだ。
ちょっと懐かしくてページをめくってみると、けっこうたくさん書いてある。

驚いたことに、そのほとんどをどういうキモチで書いたか覚えているし、
いま読んでみても、けっこういい言葉ばかりで、
「アオい言葉に感動しちゃってて、やーねぇもう!(照)」なんてものがほとんど、なかった。
いまでも相当、感動できる。
(私が成長してないだけかなあ。。うーむ)

そのなかのひとつ。

「あしひきの 山のしづくに 妹まつと
 われたちぬれぬ 山のしづくに」(大津皇子)
「吾をまつと 君がぬれけむ あしひきの
 山のしづくに ならましものを」(石川郎女)
     (万葉集巻二、相聞107,108)

万葉集の頃って、こういう情熱的な恋のうたが多くて、好きだなぁ。
でもね、こういう古語で語られると、現代人の私には
理解するのにワンクッションあるので、ちょっとおくゆかしくなって
またいいの。ふふ。
この相聞、いまも好きだなぁ。

それにしても、よく書き写したこと。
今ならゼッタイ、手書きなどありえませんね。
いっぽう、この日記を書いてる今、「皇子」とか「郎女」とか「相聞」でさえ
読みのままには変換されて出てこないことにイラッ。
日本語辞書、ボキャブラリー増やそうよ!

2006/12/16

「デッドエンドの思い出」

デッドエンドの思い出 (文春文庫)Bookデッドエンドの思い出 (文春文庫)

著者:よしもと ばなな
販売元:文藝春秋
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5つの短編集である。
これを読んでいる間、私はずっと、私がいちばんつらかったときのことを思い出していた。
(それは、いまではないけど、今までに何度かあるし、いまもそうなんじゃないかと感じるときさえある)

つらくて、でも現実は見なきゃとおもってできるかぎりプレーンに公平に考えようとしたり、
自分の黒い暗いところを見ようとしたら、ものすごい深くてどろどろした沼みたいで、そこに滞っているものをてのひらで一生懸命すくって、うんと上のほうにある光と底の底のところにもある光を、つなげようと必死だったり、
現実というものがねじれているのか、自分がねじれているのかわからなくなってクラクラしたり、
いろんな、いろんなことがあったけど、

それでも自分にも他人にも、そこにもここにも、いつでもどこにでも愛情がそそがれているのだと
感じたり。

そうやって、自分が、ふらふら、ふらふらしていたときのキモチを、
1ミリの差でガラリと変わってしまうような危機感のあるバランスを見事にたもって、やさしいことばで、自然な日常で、ものすごく上手に、沁み入るような感覚で、シアワセな方向に向かって書いてくれた。
そんなふうに思える、短編たちだった。

…そうか、こういうふうにバランスをとっていけば、どんな中にもシアワセがあることが発見できるのね。
そう思って、同じようにしようとしても、このお話を読んでるあいだの、お話の中でしかそのバランスはつくり出せない(少なくとも、私には)。
そんな、ものすごく微妙な繊細な、バランスのつみかさねみたいな、
このうえないほんのりシアワセかげんの、短編たちだった。
すごいなぁと思った。。。ばななさん、ありがとう。

2006/12/15

しわす

手帳を、来年のに変えようと思って、整理してみました。
手帳は、もうこれで3年目になるおなじみ「ほぼ日」手帳。
さいきんやたら流行っているようですね。
私は、最初の年に「これをずっと使おう」と決めて、オレンジの革カバーのを買いました。
なのに、次の年になったら、その年の新作の、深いブルーの革の表紙が欲しくなってそれも買いました。
なのになのに、それが届いたら、やっぱりオレンジのほうが可愛くて(すでに1年使ってたから愛着もあったかも)ブルーはずっと使わずしまってありました。

来年のぶんは、やっと初心のとおり、中身の手帳だけを購入。
そして、カバーは、いよいよブルーを使おうかと思います。
新しい手帳をブルーの表紙にセットしました。
オレンジくんは、文庫のカバーとか、カード入れに使おうかと。
オレンジくん、いままで私のスケジュールやら小ネタやらキモチやらを、たくさん支えてくれて、
ありがとうね。

来年の手帳に、すでに決まっている1月以降の予定を書き込んでいく。
あたらしい手帳に、あたらしい予定を書き込むのって、とてもわくわくします。
来年は、どんな年になるだろう。
素敵な年にしたいなぁ。
私レベルでも、もっと大きなレベルでも。
わくわくと決心が、新しい手帳にのっかていきます。
こんどはブルーくんだ。よろしくね♪

2006/12/14

浅草

浅草歌舞伎には辛口友の会の面々と参ります。
この方たちとは7月歌舞伎座に行って玉様を堪能いたしました。
で、新年だし浅草だし、久々の歌舞伎もいーねー!ということになりました。
(毎月行ってるのは私だけでございます。えへ)

チケットが届いたので皆様にお送りしましょ、ついでに先日歌舞伎座で調達してきたチラシも入れましょ、とあらためてチラシを見たら、背景の浅草寺の絵のなかに、私服姿の出演者さまがたがいらっしゃるではないの。
…今まで、気付いてませんでした(ごめんなさい)
でも、見たところ5人しかいない。
えー、なんで?紋付を着てかっこ良く写っているお歴々は6人でしょ。

と思って凝視したら、いましたよ!亀鶴さーん!
五重塔にぶらさがっていらっしゃる。
毎年浅草のチラシは笑わせてくれますが、今回も若々しく微笑ましい。。。

みんなで行く浅草が楽しみです。

2006/12/13

チケットチケット

寿初春歌舞伎のチケットをとる。
何しろ新参者であった今年、さしたる特典は私にはなく。
来年からは、もちょっと早く買えるぞ〜と楽しみ。

帰宅すると、浅草のチケットが届いていた。
嬉しい〜♪
今月は、私は歌舞伎座千穐楽のみだけど、来月はたくさんあってタイヘンなのだ。
でも、チケットが手帳のチケット入れにたくさんあると、なんだかシアワセなのだ。
ほとんど病気かもしれない…。

今年は、見るだけでせいいっぱいだったけど、来年はもう少しいろんなことが分かるようになると楽しいかな♪

2006/12/12

ふうるす

先日友人ともりあがった話。

子供のころって、聞き間違えてた言葉って、たくさんありません?
単純に聞き間違えて意味不明のまま覚えてたり、ただでさえ語彙が少ないから、自分の知ってる言葉に置き換えちゃってたり。

友人は「赤い靴はいてた女の子」の「いじんさんにつれられて、いっちゃった」のところを
「ひいじいさんにつれられて、いっちゃった」だと思ってて、「ひいじいさんに連れられていくなら、問題ないじゃん!なんでこんなに悲しそうなの?」と思ってたとかで。
実は私も「いいじいさん」だと、ずっと思ってて。「いいじいさんなら、いいじゃん!」って、同じように、ずーっと、思ってました。
いじんさん=異人さん=外国人、なんて、知らなかったもんねー。

あと、「いまではあおいめになっちゃって」っていうとこも(聞き間違いじゃないけど)「青い目。いいじゃん!キンパツ!いいじゃん!」って、ずーっと思ってました。(←青い目の人形、大好き!だったもんで)
なので、子供の私には、その内容と、悲しげなメロディラインは、えらくふつりあいだったわけです。

同じく、「ななつのこ」(♪からす、なぜなくの、からすはやまに〜の歌です)の「やまのふるすに、いってみてごらん」というのも
ふるす=古巣 だとはゼンゼンわからず、歌で聴いてる通り「ふうるす」だと思ってました。
「ふうるす」がどこかは、わからなかったんですが、「山のふうるすに、かわいいめをした、いいこ」がいると歌われていたし、「ふうるす」は「ふるさと」となんとなく似ていたので、
私は勝手に「まっくろいカラスでもとってもカワイク見える、ユートピアみたいなとこ」だと想像していました。
(ユートピアって言葉を何故知っていたかは不明です・笑)
「ふうるす」はねぇ、とっても良い香がしてて、空気はピンク色で、一面のお花畑で、その中をピンクの光に包まれながら、カラスが楽しそうに飛んでいるんですよー♪
(当時の私の色彩感覚:ピンク=かわいい、黒=かわいくない、でした。悪しからず!)

のちのち「いじんさん」の意味もわかったし、「ふうるす」は「ふるす」のことなんだと分かりましたが、私の中で、いまでも「ふうるす」は、ユートピアの代名詞です。(いまではそんなにピンクじゃないけど)

2006/12/11

それは届くのか。

「硫黄島からの手紙」を観てきました。

戦争を扱った作品は、ともするととても偏ったものだったり、見ていて辛すぎたりするので、あまり沢山は見ていなかったのですが
この作品は、まぎれもないアメリカ人であるクリント・イーストウッドが、「アメリカ人の視点」「日本人の視点」から硫黄島をみつめて描いたというものだったので、とても観てみたかったのです。
キャストにちゃんと、日本人を、しかも渡辺謙さん以外はオーディションで選んだ、ということもなんだか信頼が置けました。

…いちばんに感じたのは、クリント・イーストウッドは、ものすごく真正面から向き合っているということでした。
アメリカ人であること、日本人であること、そのそれぞれは誇りであるけど、同時にココロに流れるものは同じであること。
それぞれの立場、考え方、環境は違っても、家族を愛する気持ちは変わらないこと。
愛ならば、戦うのか?ということ。

きっと、いろいろな誤解や批判もたくさん寄せられるのかなと思いますがクリントは腹をくくってそれに向き合うんだろうなぁと感じました。
作中、「天皇陛下万歳!」「靖国で会おう」といった台詞がありましたが、これはアメリカ人監督だからこそ入れられたのかも。
それも、リアルでした。

渡辺謙は、存在感があって飄々としていて良かったなぁ。
伊原剛志も、とってもおおらかで男気があってカッコ良かった。
この二人が明るさを持っていたので、全体に暗いトーンのこの作品に、少し光明が見えたようでした。
そして、影の主役は実は二宮和也くんかと。
淡々としているのにとても感情がこぼれていて、あきらめているのに諦めきれなくて、どこかで泣いてるような、奥に隠れている本当のココロが見えかくれしていて。
仲間が忘れていった千人針を届けようとするところなんて、良かったなぁ。
それから、脇の役者さんたちも、とても良かった。
名前はわからないんだけど、西郷(二宮くん)と仲良しで硫黄島の水にあたって亡くなってしまった兵士とか、そのあと西郷と一緒にいた笑顔がいい兵士、栗林(渡辺さん)にいつもついてた兵士、同じく西(井原さん)についてた兵士の方とか。みなさん味がありました。
エンドロールでみても、パンフでみても、役名と役者さんが合致できなくて残念でした。

ものすごく凄惨なことも、理解不能な非日常なことも、おそろしく淡々と語られていて、だからこそリアルに迫ってくるものがありました。
きちんと、受け止めなければならないとも、思いました。
戦争が終わって、61年たってやっと、(しかもアメリカ人によって)私たちに届けられたこの「手紙」を、受け取るひとがたくさんいたらいいなぁと、思います。

2006/12/10

かなり、ひとりごと。

お仕事からちょっと早めに帰宅できたので、なにげに大河ドラマを見ていたら(今年のは一度も見てませんでした)最終回じゃありませんか。(年末なんですね)
これは、最後に来年の番宣(風林火山)があるわね!と待機。

…出ましたよー晴信様!
なんか、若い頃の晴信様、目がキラキラしちゃってかわいいじゃないですか!
わずか1分ほどの番宣でしたが、コレ見たらちょっと来年が楽しみに…(ちょっとですかー?)
舞台で亀治郎さんを見れないのはもの足りませんが(しつこい)いちおう毎週見ることができるんだなーと実感。
初の映像作品で、亀治郎さんがどんな魅力を表現されるのか楽しみです。

作品じたいが面白いといいんだけどな。
オダギリめあてで見てた「新選組!」に嵌ったときみたいに。
日曜8時に、家にいれる可能性はかなり低いだけに、わざわざビデオに撮ってまで見るかどうかは、作品そのものの良さ次第ですもんね。
亀様が、素敵な作品の中でますます光を放つことができますように。

2006/12/09

想定外

きょう急に打ち合わせの数が倍になったのー。
また声が枯れたー。ぴぃ。
周りにいたひとたちが気をつかってケーキ買ってきてくれたー。
のどあめくれたー。

ケーキは非常に美味しかったなり。
てんとうむしのかたちのケーキでしたん。
♪。

で、嬉しく仕事をおわらせました○
単純て、いいことだよね。 ね。

2006/12/08

家でゆっくり。

今日は一日家でおとなしくしてました。
プランがはかどりました。
肉じゃがと煮豆をつくりました。

テル@僕の歩く道 ふう(笑)

いつの間にかマンションの外壁塗装工事のために窓に張り付けられてたビニールシートがはずされていてびっくり。
外壁の塗装がすべて完了したらしいのです。
前より光がたくさん入ってきて、快適!
久しぶりに日中家にいたので、よけいに嬉しく感じます。
2カ月あまりにわたって行われてきた工事も、いよいよ大詰めです。
今回工事に入ってくれた業者さんは、とっても親切でおだやかで、良くしてくれました。
外壁の工事だから、バルコニーに出しているもの(植物やバルコニー床に敷いてるもの)を、すべて片付けなければならないのだけど、こちらでどうしてもできない水道の配管を外すのとか、大きい植木の移動とか、とても気持ちよくやってくださって、ほんとに助かりました。

リフォームなんかもそうなんですが、住みながら工事をするのって、とても大変なことで、
住んでいるほうからすれば、騒音・振動はするし、落ち着かないし、工事用シートで覆われて閉塞感があるしで、結構ストレスたまるんですよね。
そして、工事する側からすれば、なるべく音をたてないように、住人に迷惑がかからないようにと、新築で誰もいない現場よりは何倍も気を使うのです。
今回の現場監督さんは、毎日エントランスの掲示板に「今日は○○工事をします」「お洗濯ものを外に干すのは○日から○日まで控えてください」など、とっても細かく工事状況を説明してくれて、
掲示板だけではなくて、各住戸の玄関ドアにお知らせを貼って注意を促してくれたり、
いつでも相談にのってくれたりして、
ほんとうにこまやかに面倒をみてくださいました。

私はいつもは、工事をする側の立場で仕事をしていますが、今回施主側の立場も経験させていただいて、とても勉強になりました。
どう説明されれば安心できるのか、理解できるのか。
あるいは「こんなにしてくれて、ありがとう」と相手に思ってもらうまでにはどれだけやらなければならないのか。
並大抵の労力ではないはずです。
そんなことを、あらためて教えていただいて、感謝、感謝、なのでした。

毎日のように会っていた監督さんに工事が終わったら会えなくなっちゃうのは、ちょっと淋しいかもー(笑)
こんど、あたたかいものでも差し入れしようっと。

2006/12/07

オクリモノ余談

昨日ライブが終わって、相方E嬢と一緒に帰るとき。
ありがとうのキモチを、メンバーからたくさん贈ってもらって幸せだねと
ライブって、終わったすぐあとがいちばん、また行きたいよねと
話しながら。
E嬢とRAGのライブに来れたのはじつに久しぶりだったので、私にはそれもとても嬉しくて
いろいろあって、でも一生懸命のりこえて、ライブに一緒に来れたことも
私にとってオクリモノなのでした。

単純なワタクシはただいま「オクリモノ」絶賛!ヘビロテ中でございます。笑。

浮世絵展

ぜひとも見たかった、ボストン美術館所蔵 肉筆浮世絵展 「江戸の誘惑」@江戸東京博物館 に、やっと行ってきました。
10日までの会期だから、ぎりぎりです!行けて良かったー♪
今週半ばからは、今までの怒濤の忙しさから少し解放されて、ちょっとゆったりできそうなのです。
うれしいー♪この間に、いろいろ見てまわるぞー!!

さて。
「肉筆浮世絵」といわれて最初ピンとこなかったくらい、私たちの浮世絵のイメージは「版画」ですが、量産の版画に対していわばオートクチュールの、肉筆の浮世絵というものはかなり描かれていたということなのです。
お金持ちが、お気に入りの画家に注文して描かせた、というものなんですね。
画材は日本画の絵の具(岩絵の具とか胡粉とか)なので、雰囲気や筆致そのものは江戸時代の日本画とそう変わらない印象を受けましたが、当然画題が異なるわけです。
遊郭、芝居小屋、歌舞伎、鬼や妖怪などの妖のもの…。
などと、ちょっと庶民的な好奇心を強烈にくすぐるものたちばかり。
着物の着方や手足の組ませ方などもちょっとしどけなく。
着物の柄や背景の文様はこのうえなく緻密に美しく。
当時のひとたちの暮らしや興味をもたれていたことなどが、リアルに描かれている感じ。
その中でも、歌舞伎役者の絵や歌舞伎の絵看板は、また異なった風情で格好よく描かれていて、当時のひとたちの楽しみであり憧れであったことを物語っていました。

北斎をはじめとして沢山の作家たちの絵が展示されていましたが、日本画の構図の取り方、デッサンの仕方って、やはり独特です。
西洋の絵の表現方法は、わりと写実的だと思いますが、日本はまったく違う。
構図のとりかたは平面的だし、強調したいもの(たとえば位の高い人とか、その絵の主役の女性とか)だけが大きく描かれていたり着彩されていたり、それに人体構造からいってどこがどういうふうになってここから手が出てるのー?とツッコミたくなるようなものも多々あります。
日本画を、ずっと描いていた私でも、時に違和感を覚えます。
けれども、絵でみると、それに破綻がないからフシギです。(作者にも、よりますよ!もちろん)
むしろそれが美しさになって、独特のシュールな雰囲気を出している。
うーん、本当になんともいえません。

あと、立派なお寺や建築に残っている高名な日本画家の絵とはちがって、作者の層にもバラツキがあったようで、なんか自分の作風を消化しきれてないふうな作品があったのも興味深かったです。

久々で、絵の展覧会なるものを見れて満喫!
江戸東京博物館は広くて、他にもいろいろな展示をやっています。
それも見たかったけど、今日はあいかわらずの体調不完全により、これだけ見ておとなしく帰路につきました。
帰ってきたら、案の定くたくたでした(笑)

いろいろ置いてあったチラシの中に、「ぐるっとパス」なるものがあり、なーんと!2000円で、都内の指定の美術館博物館動物園に入場できる!というアリガタイもの!
しかも最初に使った日から2カ月間有効!すごーい!
私は全然知らなかったんですが、これは4月から販売されていたようで、販売期限は来年の1/31まで。使用有効期間は3/31まで!
いまから買っても、まだたくさん行けるじゃないですか!
これは、次に見にいったところで、ぜひ購入しよう!ぴあやローソンでも買えるそうなりー。

…と、かなりくたくたながら、性懲りもなく明日からの計画をひそかにたてるワタクシなのでした。
明日も、時間がつくれそうだから、どこに行こう〜♪うふふー。

オクリモノ

RAG FAIRツアー“オクリモノ”@NHKホール に行ってきました。
日々たくさんのギフトをいただいて、私は暮らしていますが
今夜は格別!でした。

…じつは行く前はすこし気持ちがひけていました。
だって、お席があんまり良い場所じゃなかったし、さいきんRAG熱は平熱だったし、なによりアルバム“オクリモノ”は、すこし技巧に走り過ぎているんじゃないかと思ってちょっと不安でした。
でも、そんなこととんでもない!
1曲目がはじまった途端、ものすごいスピードで彼らの世界にもってかれてました。

“オクリモノ”のツアータイトルのとおり、彼らの歌は沁み入るように、ときに浮き立つように、またあるときは強く揺さぶるように、ココロにスッと、届けられてきました。
そこにはなんの“我”もなくて、彼らはただただ歌が好きで。
楽しませようとして、みんなでいることが嬉しくて、自分達のかぎりをつくしたくて。
そんな、暖かいものたちばかりが伝わってきました。

構成はとてもシンプルで、彼ららしいコントもスパイス程度の分量で今回には丁度良かったし、アレンジに変化が富んでいてそれがとても楽しめました。
それに、お客さんへのあおりも、メンバーみんなとっても上手くなっていて。
客席との一体感を自然につくりあげてて、去年の武道館や、今年に入ってからのミニライブなどの経験をほんとうに糧にしているんだなと感心。
そしてなによりメンバーみんな前にも増して歌が上手くなっていて、ことによーすけさんの歌のよさには惚れなおしました。ほんとに上手かったし声ものびがあって素敵でした。
礼央さんの声も、美しくて繊細で天にも届く感じ。でも、うたってるときのパフォーマンスがじつにおっかしくて、だからこそ礼央さん!だからこそ好きなんですけど(^-^;;; どんなに遠くから見てても、ひとりだけ動きがちがうからすぐ礼央さんだってわかります(笑)MCも絶好調だったし、滑らなくなりましたねー(笑)
もうね、今夜もついつい礼央さん凝視!でしたわ。
ちょっと残念だったのは、ベースかのうさんの超・低音部が反響しすぎていたこと。
これは音響ミスでしょ。それとも私のいる席のあたりが音が悪かったんでしょうか。NHKホールでそういうこと、あるんでしょうかね。
せっかく、かのうんのソロパートもあったのに、音が響き過ぎてほんとに残念でした。かのうさんの声、すてきなのにー。
…それはさておき。
とにかくメンバーみんな、互いのバランス良く、技術は上手くなり、でも変な我は消えて、絶妙で楽しいパフォーマンスでした。

本プログラムの最後に、「僕たちがこうやって歌い続けていけるのは、みんながいてくれるから」といって(体裁のよい言葉に聞こえるかもしれませんが、これを言った彼らに嘘偽りはまったく感じませんでした)歌ってくれた“Song for you”は「ありがとう」の気持ちがいっぱいにつまっていました。
彼らが、私たちにこころから「ありがとう」のオクリモノをしてくれた。
そんなキモチであの大きなホールが包まれて、暖かくて力強い波長に満ちていました。
とても、シアワセな、ライブでした。
とても、ココロに響く、歌声でした。
RAG FAIR、
あ り が と う 。

2006/12/06

RAG@NHKホール

RAG@NHKホール

よかった。
心が暖まる、素敵なオクリモノをいただきました。
ありがとう、ラグフェア。
@mobile

2006/12/05

きょうもうれしい

今日はまた、ことなる方と心からの話をしました。
こんなことを言っていいのか?そう感じるのはおかしいか?と
思っていた自分を翻し、観じたままを言葉に出すのはいささか勇気が必要でした。
言葉に出してしまうとより状況が現実化されてしまうようでとまどいがありました。
けど、結局それは観じたままのことで。
観じたままが嘘いつわりないものだったので。
やはり私は、自分が素直に観じたことはたいせつにしようと思ったのです。
そして、その状況を正しく受け止めた上ではじめて、自分の役割や接し方が定まることもあらためてわかりました。

そして、以前、病気とかなんらかの障害物なんかが現れるのは「まなび」なのだと書いたことがありますが。
だからいまの私の長く続いている体調不良も、ずっとどういう意味なのかと考えていましたが。
今日話して霧が晴れるように見えたことがありました。

ありがとう。
ありがとう。
(…さっき「僕の歩く道」見てたからSMAPの歌がぐるぐるしてる〜笑)
ああでも、ほんとうに、「ありがとう」ってしか、ないんだよ。
それ以外なんにも、ないんだよ。

2006/12/04

「神仏のまねき」

梅原猛「神と仏」対論集 第三巻 神仏のまねき (梅原猛「神と仏」対論集)Book梅原猛「神と仏」対論集 第三巻 神仏のまねき (梅原猛「神と仏」対論集)

著者:梅原 猛,市川 亀治郎
販売元:角川学芸出版
Amazon.co.jpで詳細を確認する

いっかい読みました、面白くて面白くて一気に読んでしまいましたが、これはもういちど読まねばなりません。
なぜかというと
私はいままで、梅原猛という方の著作をほとんど読んだことがなかったのですが、それをいたく後悔しました。
正直いってあまり興味がありませんでした。
折口信夫や池田弥三郎を読んでいても、なぜかつながらなかった。
母が大好きで、滔々と感激のほどを語られたスーパー歌舞伎にも、ついぞ触手が動かなんだ。
だから、一度も「ヤマトタケル」も「オグリ」も観たことがありません。。。

「神仏のまねき」は、対談集です。
私が今回読んだのは、歌舞伎役者・市川亀治郎さんとの対談で、
「芸能」の視点から「神仏を降らせること」やその「儀礼」「様式」などについてを語っています。
もちろん猿之助さんのスーパー歌舞伎の立役者の視点から「これからの」歌舞伎についても語っている。
話は記紀神話やアイヌの神話にも及んでおり、その脚注や、ところどころに入っているコラムもおもしろいことこの上なし。
…なんですが、これらを読まなくては気がすまなくなってしまうではありませんかー!
少なくとも、「水底の歌」「隠された十字架」を読まなくてはー!
それから、「古事記」も、おさらいしなくっちゃ。。。
と、なんだか課題をたくさんいただいた感じになってしまいました。
でも、こういうことで、読みたい本が増えるのは、とっても、楽しい!嬉しい!大歓迎です。
そして、それらを読んだらもう一度、この「神仏のまねき」を読んでみたい。
いままでの自分が、中途半端に知っていたことと、まったく知らなかったことを、整理して、あらためて取り組んでみたい。
…そんなふうに思わせてくれる、非常に心沸き立つ、エキサイティングな内容でした。

そして、単なる歌舞伎ファンとしてひとこと、ならば。
亀治郎さんの「柿本人麻呂」を ぜひぜひ実現させてほしいです。
人麻呂も、歌もその生涯(諸説ありますが…)も、とても惹かれる人物でありますので。
亀治郎さんにとても似合うと思いますので。
梅原さん!がんばって、はやく書いてください〜!(懇願)

2006/12/03

よろこびのとき

今日はいろいろなひとと、いろいろなたいせつな話をした。
素直な気持ちから発する言葉。
たいせつにしたい本質の話。
こういうひとときがあって、良かった。
それに出会えたことに、感謝。
「喜び」のエネルギーの、来年に向けて。
ずっと、ずっと、ともに進化していけますように。

2006/12/02

サロンのあと

昨日感動したサロン・ド・リッラ。
さっそく今日、ピアニストJさんにお会いする機会があり、感謝感動のおもいのたけをお伝えしたのです。
が、Jさんとしてはいろいろ反省点も大あり!だったようで、昨日の夜は眠れなかったそうです。
いわく、いちばん思い入れの強い曲で、思いが強すぎてメロメロになってしまわれたんだとか。
…そうなのー?
私には全然わからなかったし、ただひたすら演奏に酔ってたのにー。
自分のピアノの表現が、つきつめられてなかったの〜!と落ちこむJさんに、「そんなことはない!私は心から楽しんだし、サロンにいらしてたお客さまはみんな満面の笑顔でしたよ!」と伝えると、「それならよかった…」と。
やっぱり、アーティストたるもの、表現というものにはきびしいのですね。
あんなに素敵なサロンだったのに、反省しきりとは、頭の下がる思いでした。

それから昨日使用していたピアノの話になり。
97鍵のピアノ、やっぱり感じたとおり低音の響きがとても深いそうで、そのため曲じたいに重み深みのあるものが向いているそうなんです。
だから、シューベルトなどはとても曲の良さがひきたつのだとか。
反対に、ショパンはもう少し軽やかなもののほうが合うらしく、あのピアノでショパンを表現するのに、とても緻密に音を組み立て演奏方法を考えたのだそうです。
そうかー楽器の特性によって、いろいろあるんですね。

Jさんのお話を聞いていて、ほとんどの曲では使われない9鍵の音の存在が、他の音たちにあんなに深みを加えてくれるのだなぁということを感じ入り、
「使われるから存在する」という即物的なレベルから、もう一歩すすんで「使われなくても感じることのできる存在感」という幅のひろがりがあることをあらためて知ることができました。

Jさん、また昨日のような素敵なサロンを企画してね。
ぜったい、行きますからー♪
ありがとうございましたー!!!

2006/12/01

サロン・ド・リッラ

今日はピアニストのお友達のサロンコンサートへ。
このコンサートの前に連絡をとったときに、誰でもが聴いたことのある曲で、ワインなんかも出してサロン形式で、気さくな感じのをやりたい、と聞いていたので楽しみにしていました。

午後7時、待ち合わせしていた友人K嬢とわくわくしながら会場へ。
客席の間には丸テーブルなんかも置かれ、ちいさなチョコレートやキャンディのお皿と可愛らしいフラワーアレンジが、サロンぽい雰囲気で期待が膨らみます。
和やかな空気のなか、最初はコンサート形式での演奏。司会の方の軽快なトークで紹介された友人Jさんの、演奏がいよいよはじまります。
この日のために選ばれた曲は、ほんとうに、みんなが知っている曲。
「子犬のワルツ」とか「お母さま聞いてちょうだい」(←「きらきら星変奏曲」として有名です)とか、小さい頃ピアノを習っていた人なら、まさに自分も弾いていたような曲(かくいう私もです)から、映画やドラマの挿入曲としてシーンを盛り上げたショパンのバラード作品23とかノクターンなど。
知っているだけに、リラックスして聴ける、そんな感じでした。

Jさんはホントにとっても素晴らしくて、流れ出る音を、丁寧に客席のひとつひとつにそっと、届け置いていく感じ。
同時に、その音色はとても透明な光を帯びているのです。
ショパンのノクターンでは、心に響いて涙がじんわり…だったし、バラード23番ではドラマチックな音色に感動、同時にJさんの手の動きも芸術的で美しかった!
ブラームスの小曲集には癒されました。
あたたかい光に満ちた、素敵なコンサートでした。

本プログラムのあとは、ワインをいただきながらのリラックスしたサロンコンサートです。
客席の皆さんが、ワインやお茶をいただいたりおしゃべりをしたりしてくつろぐ中、Jさんがサティーやショパンの幻想即興曲、プーランクの即興曲(エディット・ピアフに捧げたもので「枯葉」の原型)などなど…自ら「ピアノマシーン」になります!と言っただけあって、弾き続けてくれました!
なんて贅沢な空間!
サロンにいた方たちはみんな満面の笑顔でした。モチロン私も♪

Jさんの素敵な企画に感謝感激、ほんとうにキモチが癒されました。
相変わらず喉の調子がいまひとつだった私は、途中咳き込んだらどうしようかと、内心おだやかでなかったのですが、ブラームスの時なんて、完全に喉がなめらかになってましたもん。
(いままた逆戻りしつつありますが…苦笑)
音楽のちからって、すごいと思います。

もうひとつ印象に残っているのがピアノ。
今日は「ベーゼンドルファー」という名器を弾いてらしたのですが、とても大きいピアノで、大きいだけあってか(?素人の感想なんでご容赦あれ)音の響きに奥行きがあるなぁーと(特に低音)思ってました。
そしたら、そのピアノ、通常の88鍵でなく低音部にプラス9鍵、97鍵の鍵盤をもつピアノだったそうで。
だから当然弦も長くて、ピアノ本体の長さも大きいものになっているということでした。
そして、そのピアノに合う曲をプログラムにセレクトしたそうです。
そんなピアノがあるとは知らなかったので(しかも解説してくれたのでとても良かった)びっくり!
またまた新たな発見をさせていただきました。

ピアノコンサートに行ったのはとても久しぶりでしたので、とても嬉しい夜になりました。
Jさん、また素敵なコンサートを企画してくださいね!
今夜はほんとうにありがとうございました。

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