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2006/12/24

斎藤真一美術館

天童・出羽桜美術館の分館が、画家・斎藤真一さんのコレクションです。
油絵の画家さんですが、「ごぜさん」の絵で有名なので、それをご覧になった方も多いのではないでしょうか。

私が初めて斎藤真一さんの絵を見たのはまだ子供のころ、母の影響でした。
連れていってもらった展覧会に、斎藤さんの描いた、チェロを弾こうとしているけど弾けないでいる悲しそうな男の人の絵(と、そのときの私には見えました)が展示されていました。
母は、その哀愁漂う雰囲気と、青みがかった色調が好きなようでした。
それで、私もなんとなく、斎藤真一さんの絵が好きなような気がしていました。
子供のころは、若すぎて、悲しいことに憧れていたのもありました。
じっさい、「ごぜさん」の絵などは物悲しくて、でも生きようとしていて、好きでした。
だから出羽桜美術館分館の、斎藤真一コレクションは楽しみにしていました。

でも、今の私にはちょっと、悲しすぎた。
自分がそういうモードに入っているから悲しくて見れない、というのとは全く反対で、なんかね、それを飛び越えて、明るく笑えるくらいの感覚のなかに、自分がいることを自覚しました。
私は「ごぜさん」のつらさ悲しさはわからないし、私が経験してきたことなどきっと、とるに足らないくらい軽い悩みだったりすると思うんです。
世の中にはもっともっと、大変な経験をしているひとがたくさんいるから。
でも、そんなたいへんな中にも、この前読んだ「デッドエンド…」みたいに、ちょっとシアワセな感覚に持っていけることだってあるのに。
せつないのは、底のほうにすこし、あればいいよ。

…そんな感覚で、作品を見ました。
いまの、私の感覚にとっては、せつないのが多すぎて、ちょっとツラかったり、しました。

見る時によって、受ける印象は変わっていきますね。
また何年かのち、この作品たちに出会ったら、もしかしたら今よりももっと正面から向き合えるかもしれません。

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コメント

>みゅぅさん、その時の自分の感情や成長によって、どんどん変わっていきますね。逆にそうやって、自分の変化に気付かせてくれたりします。

そういうのってありますよね。
その時の気分で印象が変わる感じ。
本もそうですよね。
今度同じ絵をmamiさんが観たとき、どのように感じるか楽しみです。

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