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2007年4月

2007/04/30

御坂峠

Miwajinja2今日は甲斐の国、御坂峠まで行ってきました。
…お仕事で(笑)。

この峠を越すと富士五湖に出、眺望はぱっと開け富士山も裾野のほうまでのぞめるそうですが、
今日行った「みさか」という地は、まさに盆地で、高い建物がほとんどないため四方をぐるっと山に囲まれているのを実感できる、そんな場所でした。
甲府まではあと少し、武田信玄公ゆかりのお寺や史跡が多くあるようでしたが、今回はそちらはスルーで。(だって仕事だもん。笑。)
でも帰りがけ、予約していたバスまでの時間に余裕があったので、お客さまが少しだけ近所の神社などに連れていってくださいました。
それがこの写真、甲斐国二之宮である「美和神社」です。

200704301641000_1200704301642000_1こちらは美和神社の境内にあるお神楽の舞台。
こちらでは「太々神楽」という神代神楽が奉納されるそうですが、この3月にその奉納が執り行われたとか。
ぜひ見たかったなぁ。残念。
大和の大神神社の流れを汲む、たいへん由緒ある神社だそうで、信玄公にも手厚く保護されたとか。
でもそれよりなにより、この神社の空気感がとてもクリアーで良いもので、感動しました。
ご存じのように大和の大神神社のご神体は三輪山、そして白蛇が祀られているのですが、でもそれはもしかしたら「竜」だったのかもしれない、こちらの美和神社には竜がいるみたいですね、などという話をその方としていたら、今日の良く晴れた青空に、竜のような雲がわき上がっていたのが印象的でした。

一之宮である「浅間神社」にもお連れいただきました。
こちらもとても格の高い神社ということで、百人一首のような絵画や立派な門など見どころも多かったのですが、空気のクリアー感は二之宮の美和神社が良かったなぁ。
なんてことで、駆け足だったのですがさすが地元の方だけあって、いいところに連れていってくださいました。感謝です。

2007/04/29

車窓

子供のころ、電車やバスに乗ると窓の外をずっと見ているのが好きだった。
くるくると変わっていく見たこともない景色。
くるくると変わっていくよく見ている景色。
ビュンビュン景色が動いていくから、それに合わせて首を動かしてると
首がふっ飛んでいきそうになったっけ(おばか)。
地下鉄の中でだって、面白かったんだよ。
電線が、上にいったり下にいったり。
それを見ているだけでも楽しめたものなのさ。

いまではそんな、ほんのすこしのことでは楽しめないのかな。
そんな私は、つまらないなあ。
明日は、長ーくバスに乗るから、うんと楽しんでこよう。

2007/04/28

「林望が能を読む」

ご存じ、林望さんの著作です。
これ、実は随分前に買っていて、その頃はお能をほとんど観ていなかったので、ちょっとさわり程度に、みたいな感覚だったのですね。
ところが読みはじめたら、ただ読むものじゃないなと思いました。
この本では全部で85曲の能についてを語っているのですがなんかね、内容がつまらないのでは決してなくて、舞台の上に乗るものって、先にこういうの読んじゃうってことがつまらないじゃないですか。
自分の感性じゃなくて人のに引っ張られるっていうかね。
たいした視点ではないけど、私は自分が観じたことを大事にしたいものですから。
それにやっぱり観なければなにがなんだか(笑)。
ってことで、しばらく本棚で眠っていました。

ですが、先日「隅田川」を観たあとにそこのところだけ読んでみました。で、昨秋「三響会」で観た「安達原」のところも。
そしたら、面白いんですね。
自分が感じたことと同じことを林さんも感じている、でももっと表現がうまくてもっと見方が深いなぁとか、へえそんなきまりやいきさつがあってのあの表現なのかとか、そんな見方私はしてなかったなぁなるほどなぁ、とか。
この方は学者さんですけど、能楽の関係者じゃないとこがいいのでしょうかね、自由に感性で観て、切り込んで、鋭い。日本文学に関する知識もとても深いので、なにがどこに共鳴しているかとか、そういうことがすぐにわかってしまわれるのでしょうね。
一曲に関する文章はとても短いのですが、視点が鋭くて興味深い洞察をされています。
私は五月には「鐵輪」「乱」など何本か観る予定なので、観終わったらまたそこを読むのが楽しみです。

お能の技法とか詞章とかについてを詳しく知りたい場合は、ほかの本のほうが良いでしょうし、そういうのは観る前に読んでおくのがとても役に立つかと思われます。

2007/04/27

ホーム・ドクター

今日実家に行って、父の食事の準備をすべく買い物に出たとき、子供の頃お世話になった町のお医者さんの前を通りかかった。
もうとうに代替わりしているけれど、その先生には本当にお世話になったなぁ。
「おなか痛いよう」と真っ青になって唸っていたのに、その先生の顔を見たら安心して、けろっと治っちゃったことが何度もあったっけ。
先生が触診で背中をトントン、してくれるだけで安心した。
まゆげが濃くてだるまさんみたいな、無口な先生だったけど、可愛がってくれたなあ。

もうひとり、町のお医者さんで印象深いのが、大人になってからお世話になった「にほんむかしばなし」みたいな先生(私が勝手に命名)。
すごくつらくて「先生っ!頭が、ガンガンして。熱も○度で。おなかもこわしてて。。。」と症状を訴えると、ものすごーくゆったりとした表情で「そーう。それは、たいへんだー」(←ここをぜひ、にほんむかしばなし風に読んでいただきたい)というのだ。
なんだか気が抜けてしまって、なんとなく自分の症状もたいしたことないように思えてくる。
そうしているうちに、しゃべり方とは裏腹に手早く処方してしまうので、なんだかゆったりめな感覚のまま、具合がよくなってきてしまうのだ。
この「そーう。それはたいへんだー」を聞くのが、快方に向かっていく感じでやみつきになった。

ここ数年、ほとんどお医者様のお世話になっていないのと、引っ越しを何度かしたせいで、そういう掛かり付けのお医者さんがいないのは寂しい。
なにかっていうときに駆け込めないと困るから、軽い風邪のときとかでも、お医者さんに行くようにしようかな。
ついでに(いやこちらがメインかも)父にも、近所の掛かり付けを、探してあげなくちゃ。
大きな病院にはお世話になっているけど、近所にいて頼りになる、心のお医者さんこそ必要かもしれないもの。

でもって、こんなことを何故思ったかというと、今日は父を病院に連れて行き、診療を終えてまた連れて戻ってきたから。
父にとっては大仕事で、これだけでくたくたになってしまうのだ。
体のためには、いいのか悪いのか。。。

(というわけで朝から病院だったので、今日の俳優祭のチケットは最初から諦め。
歌舞伎モバイルに一縷の望みを託しましたけど、ほとんど当たりっこない枚数だったし。
ほかのブロガーさんたちのレポを楽しみにさせていただくことにしようっと。)

2007/04/26

四月大歌舞伎夜の部

錦之助襲名披露の歌舞伎座、千穐楽に行ってまいりました。
個々に感想はいろいろあるのですが、なによりも、一番の拍手を一身に浴びるというのはすごいことなんだなぁと感じ入りましたよ。

今月は、新・錦之助さんのための舞台です。
ですから役者さんたちは、錦之助さんを盛り立てようという心が溢れているし、お客さんも錦之助さんにいちばんの拍手をします。
初日に見たとき、震えるほど緊張なさっていた錦之助さんですが、その時よりも何倍も、華があって力強くて自信に満ちた魅力に溢れる錦之助さんに変化していました。
もともと大人しくておっとりした方だとよく聞きますので、きっと最初は必要以上に謙虚にされてたんでしょうが、いろいろな方に支えられながらも一月間の歌舞伎座の興行をご自分がしょってたつという、心構えのようなものも定まってきたのでしょう。
「角力場」の長吉では、富十郎さんとどうどうと渡り合ってたし、わざと勝ちを譲られたと知って急にカッとなって強情になるシーンではとても荒々しく力強く演じられていて、いままでの「信二郎さん」にはなかったもののように感じました。
「魚屋宗五郎」の主計之助では、最後のシーンでスッと立ち上がって決めたとき、圧倒的な華があって、びっくり!しました。

口上では、時蔵さんが父親のように嬉しそうだったのと、勘三郎さんが「今日は千穐楽だけれど、襲名興行はまだまだ長いです、どうぞお体には気をつけて」とおっしゃられていたのが印象的でした。勘三郎さんはご自分の経験からの言葉と思うのですが、源左衛門さんのこと、四郎五郎さんのこともあり、本当に深く心に響きましたね。
福助さんや弥十郎さんなど若い頃を一緒に修行して過ごした方達は、父親を早く亡くして苦労されたこと、おっとりして春風のようなご性格であることなどを語られてましたが、小さい頃やんちゃだったという、その詳しい話をもっと聞いてみたかった!ですねぇ。
錦之助さんはおひとりおひとりから言葉をいただく毎に深くおじぎをして、誰よりも頭の位置が低かったです(^^)。口上では、みなさんへの感謝を述べられ、錦之助の名を歌舞伎でもっともっと大きくして行きたいと。堂々としてらして立派なものでした。
ニンもよく口跡もさわやかで品があって、本当に絵になる錦之助さん、これからのさらなるご活躍を期待しています。
(まだまだ続きますが)とりあえず歌舞伎座での興行、ほんとうにお疲れさまでした。

2007042616220002階ロビーに飾られていた「錦之助襲名」へのお祝いの絵とか書とか…。

ワンカップの旅4

20070315_5久々、ワンカップですー(^^)
まだ「A to Z」カップは発見できていません(T_T)が、そのぶんお酒屋さんめぐりが楽しくて。
こちらは瓶の色とデザインが普通にキレイで「純米酒」ってイメージ。
ワンカップに限らずこういうお気軽に飲める種類のお酒には、いろんなデザインがあって、高級酒にはない味わいとか、酒造の心意気とか、広告会社のマーケティング戦略なんかがぽろぽろ見えて面白い。
ちなみに「戦略」という概念は、たべものにとっていちばん邪魔なものと思われ。ふっ。

2007/04/25

ひとりごと

つめたい空気の夜でした。
雨があがって雲の奥から月の光が射してきました。

ああ今まで厚い雲に遮られて
せっかく気付けたことにも気付かないふりしてたけど
もしかしたら、いえしなくても
自分自身のキモチがかけた雲でしょう。
ほんとは見たくなかったんでしょう。

それは逃げともいう怠け心ともいう。
やらないほうが楽かななんて思ってさ。
ところが本当に自分がやるべき役割のことならば
やらないほうがつらくなるのだ。

ということにも気がついて
キモチにも光が射したような気がするよ。
そんな気持ちに夜の空がリンクして、なんだか嬉しかったのさ。
明日も明後日もずっと
その光が射したままに保てますよう、発展しますよう。

2007/04/24

シェ松尾

でもって、今日は松濤のシェ松尾で、かなりリッチなランチも楽しんだのでした。
実は、いま仕事をお受けしているお客さまからのリクエスト、シェ松尾のようなイメージにしたい、ということで、ちょっと雰囲気を確認がてらでした。
事情をお店の方にお話して、店内くまなく見せていただきました(^^)。
インテリアは心地よいし、お店の方々のおもてなしも素晴らしいし、そしてそしてお料理は極上に美味しかったし!
あーもう、至福のひとときでしたわ。
たまにはこんな日も、いいよね♪うふふー♪

Rimg0036おいしそうーな、いいえとってーも美味しかった!こちらはメインディッシュ。
私はメインをお肉でなくお魚にしていただきました。

お店の様子をアルバムにアップしてますので、よろしかったら御覧になってくださいね。

「MICK ROCK MEETS KANZABURO」

東京ミッドタウンで開催されている写真展に行く。

勘三郎さんは、私が再び歌舞伎に嵌るきっかけを作ってくださった方。
コクーン歌舞伎「夏祭浪花鑑」を見、大人計画の「ニンゲン御破算」を見、勘三郎さんてなんてエキサイティングでロック・スピリッツを持った人なんだろうと思って歌舞伎座にちょこちょこ足を運ぶうち、「伝統」とか「型」とかの中でも革新的に歩を進めることができるんだと思い、古典の面白さにも再び大いなる魅力を感じたのだ。

いっぽうのミック・ロック。
彼は私がそのむかーし、ロック(特にイングリッシュ・プログレッシヴ、っていうやつ)に熱中していた頃、当時キラキラしていたロックスター達の写真を撮る第一人者だった。(今でももちろん第一線で活躍中)
デヴィッド・ボウイ、ルー・リード、イギー・ポップ、クイーン、みんな彼の写真の中で熱く息づいていた。
ミック・ロックのすごいとこは、被写体と撮影する側の境が全くなくて、相手と一緒に自分(それは、ミック・ロックでもあるし写真を見る私たちでもある)も呼吸しているような、そんな高揚感があることだ。(と私は思っている)

そんな二人のコラボレーションが、魅力的でないわけがない!という期待感で会場に足を踏み入れる。
期待をさらに膨らますように、壁の向うから聞こえてくる歌舞伎の舞台の音(「夏祭浪花鑑」のようである)。中村屋の紋とミック・ロックのサインが施された暖簾をくぐり、細く暗い通路の先にある暖簾をもう一度くぐると、ようやく「待ってました」の会場である。

最初のこのブースにはニューヨークでの「夏祭…」の舞台写真、それから舞台裏の写真。
そして日本での「法界坊」や「金閣寺」の舞台写真、舞台裏写真が続く。
ものすごい瞬間瞬間の連続であった舞台の様子が垣間見える。エキサイティング、ソウル、パッション、…ミック・ロックは全身でそれを感じとりながらシャッターをきっていたのだろうと想像できる。日本人のカメラマンであればきっと撮らないであろう「きめ」の直前くらいのショット、ものすごい形相で次の動きに入ろうとしてる瞬間。それらは静止画だけれども決して止まってはいない、熱い体温を持つ作品たちだった。
舞台裏も、そんな写真見たことない、というような慌ただしさ必死さ緊張感が溢れている。
そして、へえこんなこともしてたのかと思うような、開演前(後?)に会場の外に出ていってお客さんと一緒に写真を撮ったり警備の人と談笑しているひとコマ。役者さんたちの素の姿や、日本の歌舞伎役者と交流できて嬉しそうなニューヨークの人。

さいごのブースには、役者さんたちのポートレートが並んでいた。これもただのポートレートではなく、真っ赤なバックにそれぞれ思い思いの表情で写真におさまっている。隈取りでくわっと目をむきすごんでいる人、美しくおすまししているひと、ひょうきんな顔をしているひと…いずれもポテンシャルの高い、熱いスピリットを持った役者さんたちの顔だ。(これもきっと、役者さんの格というものを気にせず、自分の目についた人を好んで撮影したと思われる)
向かい側には、ミック・ロックがいままで撮ってきたロック・スターたちのポートレート。特に大きなサイズのデヴィッド・ボウイと勘三郎さんの写真が向き合っていた。
このブースで流れていたのはクイーンの「ショー・マスト・ゴー・オン」。

そう、「ショー・マスト・ゴー・オン」なんだロック・スピリットもカブキ・スピリットも。
堅苦しいとか、敷居が高いとか、思われがちな歌舞伎を、海外の(イギリス人の)カメラマンがこんなふうに躍動感に溢れる魅力的なものに表現してくれて、役者さんたちのある意味「歌舞伎ばか」な熱い一面を引き出してくれて、まったくってすごいことだと思いつつ、ミック・ロックという人はもともとそういう写真を撮るひとだったじゃないかと、改めて感じたりしたのだった。
会場の展示もドラマティックな構成で、見応えあり!の写真展だった。

2007/04/23

おそうじ

お風呂に入っていたら、
シャンプーとか置いてある棚がちょいと汚れているのが目についた。
シャワーを使っていた最中だったので、ついでにそこも洗い流した。
そしたら、こんどは風呂フタのすみっこのちょこっと黒いのが見つかり
そこもついでに。
そうするとドアの枠の下の方にやっぱり黒っぽいものがぁ!
次々と目につくので、結局かなりの時間がお風呂掃除になってしまった。
リラックスバスタイムのつもりがワーキングタイムになっちゃったよ。

トイレに入ったりするときも、意外とちいさな汚れが見つかるのだ。
あと、寝るときも、ベッドのまわりの埃とか。
なんでちゃんと掃除する時には目につかないのかなぁ?あはははは…。

ありがとう四郎五郎さん

いま歌舞伎関連のブロガーの方たち (urashimaruさん)のところで、中村四郎五郎さんがお亡くなりになったことを知りました。
悲しいです。。。
SwingingFujisanさんのところでも、四郎五郎さんが舞台に立っていらっしゃらないことをご心配されていましたが、それを見て私もなんとなく心がざわついていました。
私は毎月のように歌舞伎を見るようになってからまだ一年とちょっと、まだまだ舞台のいろんなところまでは目が行き渡らないのですが、そんな中でも四郎五郎さんの存在感は、とても印象に残るものがありました。飄々として面白くて人情味があって…そんなお役がぴったりの方でした。
四郎五郎さん。いままで楽しませてくださって本当にありがとうございます。心からご冥福をお祈り申し上げます。合掌。

2007/04/22

當麻曼荼羅絵解き

代官山iスタジオでの、當麻寺曼荼羅の絵解き説法に参加してきました。
當麻曼荼羅は、ご存じのとおり先月の国立劇場「蓮絲恋慕曼荼羅」の物語のモチーフとなった、中将姫伝説の曼荼羅です。もともと「絵解き」というものに興味があったのと、件の新作歌舞伎のおおもとの伝説とはどういうものだったのかも知りたくて、代官山なら近いしー、などと思って楽しみにしておりました。

以下、長いのでたたみまーす。

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2007/04/21

「隅田川」

4月20日の国立能楽堂定例公演に行ってきました。最近とみにお能に興味がわいてきて能楽堂でお能を見たくなり、実に久々(学生時代以来!)の国立能楽堂でございましたよ。
お能に関しては全く詳しくないので、それなら予備学習をしていけばいいものを、例によっていきあたりばったり、ギリギリな女の私はなんにも知識なく、ただあるがままに感じ取ろうという気概(?)で臨んだのでした。
なので以下、たいへん稚拙な感想ですがお許しくださいませ。

で、なんとこの「隅田川」でワタクシは。泣いてしまいました。。。
子を失って狂女となった母の前に、夢か幻か子供が姿をあらわす。これは狂女の妄想ではなく、隅田川の渡し守も旅人も、その姿をしかと見るのだ。
このときの子方の声が、なんともリアルに響くのです。
お能の空気感というのは、じつに無駄なく研ぎすまされており、同時に膨大に拡張していく∞な感覚を得るのですが、ここだけ地上におりてきたという感じ。それは子供のもつ天性の無垢さであり、能舞台に立つ者としての未熟さでもあると思うのですが。
なぜかこの、今までの空気感を変えてしまうような子方の声に、泣けてしまいました。
どうしようもない感じがしたのです。

この話は、終わらない。子供は死んでしまったのだし母は狂女になってしまった。取り返しがつかず満たされることもない。ずっと、そのままです。
そして、そのまま演者達は橋懸りを渡って消えていくのですが、なにもなくなった舞台には「どうしようもない」空気がいつまでも残されていて、なんだか(私は)終われませんでした。
もちろん、なんとなく拍手をして(でもその場には拍手は似合わなかったと思う)ちゃんと今家に帰ってきてますけど(笑)。

「どうしようもない」感じがして、「泣けて」きた、などと子供のような感想ですが、そのとおりだったので仕方ありません。
「隅田川」とは地名の隅田川だと思っていたのですが、この一曲においては、この世でもなくあの世でもない、その間にある不可思議な空間(=川。でも賽の河原とか三途の川ではない、いってみれば超宇宙空間みたいな感じ)のように思いました。
お能、ちょっとはまってしまいそうです。

2007/04/20

ファブリックワーク

ファブリックメーカー、フィスバの新作展示会に行ってきました。
フィスバはスイスの会社で、昔から高級なのと、デザインの良さ縫製の良さでは有名です。
この時期になると目白おしになる、インテリア各めーカーの新作展示発表会ですが、私はこのフィスバのは格別に楽しみ。
というのは、デザインの素晴らしさはもとより、そのプレゼンテーションが素晴らしいのです。

商品企画のストーリー、布地の扱い方、ライトの当て方、説明のしかたなどに数々の工夫が凝らされ、そしてお客さんを飽きさせない動きのあるプレゼンテーションにいつも感心しています。
これはきっと、スタッフの方達が自社の商品をとても大切にしていて、どうしたらその布の良さをいちばん良く伝えてあげられるかをいつも考えているからなのでしょう。
何につけても、思い入れのあるものはその良さを、最大限伝えたくなりますからね。
そして実際、その思い入れは独りよがりのものではなく、みんなが「いいね!」と思える、デザイン水準の高さにもプライドを持っているのでしょう。
決して高慢な驕った気持ちではなく、心底商品を可愛がっている気持ちが伝わってきて、とても心地が良いのです。
こんなふうに商品を紹介されると、私たちにもそういう気持ちが伝染します(^^)。

お値段はかなり高額なので誰にでも手が届くといったものではないのですが、開発する人たちの本物のプライドというものを持った品物を、いちどは手に取ってみるのも自分の良い経験になることは間違いなし。
ちなみに今年のトレンドは「黒、チャコール、メタリック、シルバー」と「ボタニカル」(大きな花柄)ということ。
本物を知っている格好いい大人の世界、という雰囲気でした。
日本フィスバは、新宿にショウルームを持っているので、いちどのぞいてみてはいかがでしょうか。
きっと、あこがれでため息が出ますよ!

2007/04/19

目黒川桜たより26

20070419もうすっかり新緑の水面になりました。
これからどんどん緑が濃くなって、強い陽射しに心地よい日陰をつくってくれたり
さわさわと風になびいて涼しげな空気を送ってくれるようになります。
そんな、桜の下を川べりを、あるくのが楽しみなのさ♪

というわけで、葉桜になるまでしぶとく続けた(^-^;; 桜だよりも、これにておしまい。chon!

2007/04/18

「最後の家」

というタイトルで、木皿泉さんがエッセイを書いていた。
「最後の家」とは「死ぬときの家」のことだ。
九十二歳でひとり暮らしのおじいさんが、市の職員に施設に入るのをすすめられても頑として受け入れようとしない。
いわく「家族と住もうが施設にいようが、誰も見ていない時に死んだら孤独死じゃないか。むしろ人がいるにもかかわらず誰にも看取られずに死ぬ方がはるかに孤独だ」というのだ。
それならば、お仕着せでなくて自分で選んだ場所で死にたいということなのだろうか。
そして、木皿泉さんはおじいさんに共感を覚えたといい、ご自分が死に行く場所や、死ぬときの自分の心象を想像しそこに本当の自分の姿を見たという。
それはとても幸せな光景のようだった。

私はいままで、そんな考え方をしたことがなかったので驚いた。というか思い付いていなかった。
家は、進化して生きるための土壌となるような、光となるような場所であって、
静かに死を迎える場所としては捉えていなかったのだ。
でもさいきん、立て続けに伯父や伯母が亡くなったり、知人の親御さんが亡くなったり
自分も年をとってきたりして、それは前よりずっと身近なことになりつつある。

よく生きることはよく死ぬことだ、と言われるように
生きていく場所は死んでゆく場所でもあるのかもしれない。
猫は自分の死に場所を選んで姿を消すというけれど、
人間も同じなのかもしれない。
生きるために活性化できて、死を迎えるために安らかでいられるような、
そんな心のこもった家。ちいさくて、いいんだ。
あたたかくて、光に満ちていて、安心できる、たいせつな場所。

そういう視点もすこし交えて、これからは仕事していこう。
そういう視点も、たしかに、あるんだな。
「家」という場所には。

2007/04/16

つめたい雨は

今日は一日つめたい雨。
ずいぶん年下のお友達のお父様が急にお亡くなりになり、お通夜に参列してきました。
そのお父様には一度か二度しかお会いしてないのですが、シャイで静かな方で、後ろ向きの背中がとてもあたたかい印象でした。

お焼香のときに友人の姿が見えなかったので、会えないかな、会いたいなと思っていたら、読経の最中なのにひょっこり友人が姿を見せました。
会えて良かった。
こういうときって、なにも言えないしなにもできないんですけど、ただ会えて良かったと思う。
顔を見て、一緒に泣いて、なんてことない話をして。

帰りがけ、祭壇のそばに遺影とは違うお父様の写真があったので近付いてみると、
それはお父様からのメッセージでした。
「いままでみなさまと一緒にすごすことができて
たいへん幸せでした。
ありがとうございます」
聞けばお元気なときから、ご自分が他界されたときのことをいろいろと考えておられたとか。

今日のつめたい雨は涙雨かと思っていましたが、
これを読んだら
あまり深く悲しみに沈まないように、感情をクールダウンさせてくれるように
降っていてくれているのかなと
ふとそう思えてきました。

かえりみち、唄人羽の「なんだったっけ」という唄を思い出して
じんわりと泣けてしまいました。

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2007/04/15

忘れ物

今日最初の仕事先から、次の仕事先に移動する時のこと。
いつも駅まではバスで行くのだが、バス停に行ったらちょうど行ったばかりの時刻だった。
交通事情で遅れていて、まだ来ていないことも考えられるけど、たまたま本数の少ない時間で(休日だし)次のバスまで30分もある。
最初の仕事は巻きで終わり、予定より早めに出たから、30分後のバスでもいいけど、でも30分待ちは暇すぎる。
なら歩いたほうがいいかなーと、歩き出した。
でも、ちょっと「ひっかかり」があったんだ。

なんで、こんなに間が悪いんだろう?(私は割と間がいいほうなのに)
そして、歩いて駅まで行くのは間がいいかどうかもう一度感じてみた。
こういうのは、だいたい最初に感じたことが当たるのだ。
で、最初に歩こう、というのがきていたから、やっぱり歩くことにした。

そしたら、なんと!バスが来ちゃった。
私はもうバス停から100mくらいは離れていた。ええーっ。がちょーん。(古!)
間が悪い ×2。おかしいなぁ。
この巡り合わせはなんなのだ。プンプン。

と、歩いていたら、その仕事先に、次の仕事で使う資料を入れたケースを忘れてきていたのに気付いた。
うわーっ。これはどうしても戻らねばならない。
…かくて、歩いて戻って、結局30分後のバスに乗った。
みんなに「あれっ?早いお帰り〜♪」なんて笑われてちょっと恥ずかしかったけど、
そしてもともと忘れ物なんかしなければ、もっとスムーズだったんだけど、
でもいろんなもののタイミングのおかげで被害が一番最小限で済んだ。
自分が歩いた分の体力を使ったのみ、っていうね(笑)。
歩いてた間に電話も2〜3本できたし、運動不足だからちょうど良かったかな。

振り返ればやっぱり、最初の直感を信じて良かった、ほんとうにありがたいことだったのでした。
あとの仕事はとってもスムーズでした。えへ(^-^)v

2007/04/14

ぽつねん再び♪

「帰ってきた時効警察」が相変わらずゆるーく始まりましたよ。

前回は「イギリス人は日曜日には眼鏡をかける」んでしたが
今回は「アメリカ人は大学で初対面のひとにミカンの缶詰を配る」そうで。
これ、また最後まで引っ張るのかなぁ(笑)
「いかにも変装」だったらかえって怪しまれないって、豊原さん。。。
それでもっていくらなんでもオレンジのジャージは目立ち過ぎでしょ!みなさん。
いらぬものを全部出したからって、顔まであんなに変わるかっ!

あーんもうばからしすぎて意味なさすぎてしょーもなくて
面白すぎるyo-----u!
芸達者な役者さん、ひとくせもふたくせもある力ある監督さんたちが
めいっぱい遊んでいるのを見て
こちらも大爆笑させてもらってますよー!

遊び心はびっくり箱の宝物なりー♪

2007/04/13

おしらせ

「目黒川桜だより」をアルバムにまとめました。
日記でご紹介した写真とほとんどかぶっていますが、違うものもあります。
今年の桜の成長を、抜粋版でどうぞ☆
(画面右側のサイドバーの、下の方に入り口があります)
桜だよりは、もう少し続けるつもりですので、どうぞおつきあいくださいませね。

奈良のお寺めぐり・番外編

私はお寺や神社に行ったとき、かならず「ご朱印」をいただくようにしています。
これはかなり昔、義妹に教えてもらって以来、ずっと続けています。

「ご朱印」は、そのお寺や神社の参拝の記録のようなもので、お念仏の言葉やご本尊の名などが筆で記され、落款(というのでしょうか?)を押して参拝した日にちを入れてくださるもの。
札所を回っている方や信心深い方にとってはとても有り難いものです。

私は「記念に」という程度の不届き者なのですが、
「ご朱印帳」(「納経帳」ともいう)をお寺のご朱印所に持っていけば、その場で筆で書いてくださるので、その筆跡の流麗さや、印のデザインの美しさや、書いて下さる方との一言ふたことの会話が楽しめて、
記憶にも記録としても実に「記念」に残るのです。

だいたいの方は、書いて下さったあと、書いたものの意味を教えてくださいます。
今回の奈良の旅では、興福寺南円堂で書いていただいていた時、ちょうど隣で外人の方がご朱印を頼んでいて(よく知ってるなぁ)、書いた方、すごいジャパニーズイングリッシュなんですけど(笑)書いてある文字の説明を外人さんにしていました。これがお寺の名前、ここに書いてあるのは日付けですよ、って具合に。外人の女の子、とてもうれしそうでした。

一冊の本になっているので、あとで開くと「ああ、いついつにここに行ったなぁ」と思い出され、文字の美しさにもあらためて感動したりして、楽しいんですよ!パンフレットみたいに迷子になることもないですし。
というわけで、旅の記念におすすめ。

下は、ご朱印帳(納経帳と表紙に書いてある)、右にページは東大寺戒壇院、左は東大寺大仏殿のご朱印です。素敵でしょ?
これにて、奈良旅行の記録は、おしまい(笑)。
20070413

2007/04/12

進行形

ここ数日、家で仕事をする日が半分くらいを占めていて、チョット幸せです(^-^)
外に出るといろいろね、落ち着かないこともありますし、自分でいうのもなんですが私は自分の家がとても心地良いのです。
仕事もね、直観が冴える感じ。

いちおうこの住環境は、私なりに「心地よさ」「本来の魂が磨かれること」「光に溢れていること」など(かなり抽象的ですが)に留意してつくってきました。
いつでもそれは「進化中」ですから、「はいこれでできあがり!」っていう時はないんですけど、
でもここに存在するすべてのものたち(人間も、植物も、虫も、椅子やテーブルやコップや石けんや石ころや…本当に「全て」です)が、生き生きと存在できるような空間をつくること、
それが私の(仕事での)役割だと考えています。
もちろんデザインの組み立てあってのことで、いまお話したことはそこに吹き込まれる命のようなものといっていいでしょう。

人間もそうですが、自分に対して愛情が注がれているなと感じるときは、生き生きして輝いてくるでしょう。
ものたちも、同じなんですよね。
日々、たとえば椅子に「私のお尻を乗っけてくれちゃって、ありがとねー」なんて思っていると、椅子も「よしっ!」と一生懸命役割を果たしてくれるという感じ。
そうすると、全体の空気がキラキラしてきて、自分自身に還ってくるのです。
それは「活性化」というものです。

私のこの仕事は、デザインありき、スタイルありき、ですが、そこに「活性化」「光り輝く」というエッセンスをすこぅし、注ぎ込むことができればな、と思っています。
…ほとんど、自分自身に語りかけるようなつもりで、書いてしまいました。いってみればこれは、自分への「コミット」かもしれません。(^-^;

2007/04/11

奈良のお寺めぐり5

今回の奈良のお泊まりは、一度泊まってみたいとかねがね思っていた「奈良ホテル」に。
さすが由緒あるホテルだけあって、建物の雰囲気はもちろん、ホスピタリティも上級、朝食もとても美味しくて、とっても満足でした。

Rimg0078広い庭園には桜の木も多く、私が行った頃はそろそろ満開に近く、とても素敵な風景でした。
考えてみれば、このホテル、奈良公園の中にあるのですから、どこまでがホテルの庭園かわかりませんが、広々と借景にも恵まれ、実にいい立地ですよね。
ティーラウンジやメインダイニングからは、桜や池の景色はもちろん、興福寺の塔も正面に見え、いかにも「古都」奈良に泊まっているんだ、という感じでした。

奈良ホテルには、数々の美術品が展示されていて、その作者たるや上村松園、横山大観、堂本印象など、そうそうたるもの。ホテルのいたるところに展示されているので、これを見ようと思ったら、ホテルのフロントでパンフレットをもらうとどこに何が展示されているかわかります。
私たちもパンフを持って、館内美術品めぐりをしました。館内が暗くて良くわからないものもありましたが、建物の雰囲気もあいまって、とても豊かな気持ちになります。
先日NHKの日曜美術館でとりあげていた、福田平八郎の絵も、ありました。とてもあたたかでゆったりとする作風の方です。
また、私が若い頃ひょんなことから、半年ほどご指導いただいていた書の先生、今井凌雪さんの作品も、なんと3点もあってびっくり。ここで出会えたことにもびっくり!です。
不思議なもので、私は書にはまったく詳しくないのですが、見たとたん「あ、もしかして」と。今井先生の書かれたものだと、すぐにわかったんですよね。ほんとうに、この巡り合わせに感謝、感動しました。

奈良ホテルの周囲は奈良公園です。
10分も歩けば興福寺。治水灌漑のためにつくられた数々の池、広い芝生の庭園。のんびりと、絶えず口をもぐもぐさせている鹿たち。
もう、ここで一日のんびりまったりしていてもいいくらい、和める雰囲気でした。
鹿は、ご存じ「しかせんべい」を観光客からもらうために、わらわらとやってきますが、不思議なことに売るために山と積まれているしかせんべいには、見向きもしないのです。同じにおいがするだろうに、彼等のなかで区別ができているんでしょうかね?(笑)

この日はお天気もよく気温も上がって暖かい日だったので、心地良くお散歩できました。
そして、奈良ホテルに戻って、桜の庭を眺めながらティータイム!んー、至福のときでした。

目黒川桜たより25

20070411_220070411_3
ずいぶん新緑が増えてきました。
花びらが散ったあとの花芯の濃いピンクと、この新緑の組み合わせ、とっても素敵だと思いません?
PINK & GREEN 、といっただけてわくわくするコーディネートですよね!

奈良アルバム

を、作成しました。
あまり沢山はないのですが、自分の記憶の意味もこめてまとめましたので、興味のある方はのぞいてみてくださいませ。
(画面右のサイドバーをぐぐっと下にスクロールすると「奈良旅行2007」というコンテンツがあり、そこの写真をクリックすると入れます)

2007/04/10

奈良のお寺めぐり4

薬師寺ではちょうど、修二会の花会式という行事が行われており(東大寺でいうお水取りのような行事)、私たちがいった日はその中の「柴燈大護摩」という行事の日でした。願い事を書いた護摩を焚き上げ、お経を上げながらその火の上を渡るという「修行」。
でも、一般の人も参加できるのです。
あいにくの冷たい雨でしたが、一部始終を見学してきました!

Rimg0063ほんとうは火を点ける前に、僧たちはホラ貝を吹きながら行列をつくって登場、長いお経をあげるのですが、そこはチョット省略…(ごめんなさい)。
まず、護摩を焚き上げます。
雨で濡れていてなかなか火がつかなかったのですが、一度ついたらボンボンと燃え上がりました。この日は本当に寒かったので暖がとれて良かった!(←フトドキ者ですけどホンネです(^-^;;)

Rimg0065焚きあがって鎮火しつつあるくずれた櫓のあとに、「火渡り」をする道をつくります。
長い丸太で叩いて、火勢を鎮めます。
体力いりそう!お坊さんたち、ほんとうに大変そうでした。

Rimg0067結界を張ります(という説明でした)。これで、上を渡っても熱くないんだとか。
「ワンッ!」ってかけ声をかけてたように聞こえたけど、本当はなんて言ってたんだろう?どういう意味なんだろう?

Rimg0068そして、お経を上げながら火の上を渡ります。
最初にお坊さんたちが、そしてあとから一般の人たちも(希望者は誰でも)渡ることができます。
お坊さんいわく「結界を張ってあるので熱くありませんから、安心して渡ってください。この機会に穢れを払い落としてくださいね」
連れもいきなり「渡ろう!」といってさっさと裸足になり、行ってしまいました!
私はその場で靴下が脱げず(ストッキングにパンツスタイルだったので)断念!残念でした。
連れに聞いたら、拍子抜けするくらい熱くなかったとか。見ところではまだブスブスと火の手が残っていて危なそう(^-^; な雰囲気なんですけどね。「結界」って、すごいんだぁ。
今回は渡れなかったけど、もしまたこういう機会に恵まれたらぜひやってみたいと思います。(靴下の脱ぎやすい格好でね!)
渡った人たちは一様に晴れやかな表情で、この頃には雨もすっかり上がって、お坊さんたちの祈りも届いたのね、と嬉しい気持ちでしたし。それに、なんといっても貴重な経験でした。

2007/04/09

奈良のお寺めぐり3

今回のお寺巡りの目玉(ていうかこの表現は適切でナイ)、法隆寺。
ここにいるときはよく晴れていて、お寺も桜も、明るく見えた。
あとで思ったが、そのお天気でほんとうに良かった。

Rimg0052_1Rimg0051

法隆寺に関しては、いろいろな謎があって、表向きは神格化された聖徳太子をまつるお寺だとか、いや実は鎮魂のための寺だとか、いまだに諸説紛々であるらしいけれど、
さすがに日本最古の木造建築、その木組みの重厚なことや安定感、フォルムの美しさには、ほんとうに惚れ惚れする。
広い土地に豊かに配置され、その重厚感とおおらかさをたたえて、永い時を過ごしてきたのだろう。
伽藍の中の桜も、より日本的で(たとえば目黒川の桜は、こんなに日本的には見えない)美しかった。

けれど、塔には入りがたかった。そういう空気があった。
なにか、押し込められているような、結界を張られているような感じなのだ。
建築的には、私はいつまでも見ていたいのに、長くいることができなかった。
種類は違うけれど、金堂にも似た空気があった。
ちょっと容易に立ち入れない雰囲気で、私は息が苦しかった。
晴れていて良かった。ここで雨が降っているのはあまりにも辛すぎる。

そんなことで、ここにはほんの少しの時間を費やして、夢殿のほうに行く。
こちらは、うってかわってさわやかな空気だった。

非科学的だというひともいるだろうけれど、ひとの思いというのは確実に、
つもっていくものだと私は観じている。
それが浄化されすに流れずにいると、澱のようになって溜まってしまうこともあるのだ。
謎を掘り起こしたくて、たくさんの人が法隆寺について思いを寄せているようだけれど、
しばらくはそっと寝かせておく、そういうこともまた結果的には謎を解く鍵にもなるんじゃないだろうか。
起こされたくないときも、あるんだよ。きっと。

素人ながら、でも直観で、観じたことだ。

ユメ

明け方に夢をみたんですが

私はのどかな公園のベンチかなんかに座っていて
うららかな日でそれはそれはとても気持ち良くて
そしたら大きな男のひとがきて「これ食べる?」となにか持ってきた。
それはソフトクリームとかの可愛いもんじゃなくて
おにぎりとかおまんじゅうとか、そういうものだったと思う。
私は、うんにもならない「ん」と短く答えてすぐにそれにパクついた。
男のひとも隣りに座ってだまってそれを食べてた。
なんにも言わないけど、のどかで安心で
すごーくシアワセなユメだった。

で。
目が覚めて思いだしたんだけど、その男のひとは、なんと
「ぐっさん」だった。
そりゃ私はぐっさんは普通に好きだけどさ、ユメに登場するまでじゃないのよ。
でもすごーくシアワセな雰囲気で、目醒めも良かったのー。
「ぐっさん」でこんなにシアワセになる私って。。。
もしかしてぐっさんは、私の「隠れ」理想像だったのかも(笑)。

ま、「ぐっさん」はともかくとして
そういうことが「シアワセ」なんだよねと
感じさせてくれたユメでしたとさ。

2007/04/08

目黒川桜たより24

2007040820070408_1
今日の目黒川。
お花見はこの日曜で打ち止めかな。
目黒駅付近の広場では、さくらまつりが行われていて、歌やら踊りやら、いろいろやっていたようでした。
散った花もまた、美しいなり。

奈良のお寺めぐり2

東大寺、戒壇院の四天王に会いに行く。
高校生のころ、「戒壇院の四天王の美しさは絶品だわ!」と心酔していたが、モチロン亀井勝一郎のうけうりである。
でもその後いろいろなところで四天王を見ると、知的で優美な点ではまことに天下一だと思うようになった。

行ったときすでに夕方で、お堂の中には西日が射していた。
お堂にいた係のおじさんが「あんたたち運がええね、こんなに明るく見えて」と言われたとおり、四天王のお顔は明るくはっきりと見えた。感謝。
もう閉館まじかの時間であまり見学者はなく、おじさんは暇をもてあましていたらしく、私たちの質問に丁寧に答えてくれた。
というか、ひとりごとで「あらここは…だわ」なんて言ってるのも耳ざとく聞き付けて説明してくれる。でも、うっとうしくない程度に。きっと、そういう距離感を心得ている方なんだろうなぁ。

その説明で、目から鱗だったのは、四天王が踏んでいる邪鬼に、男女の別があること。
「広目天が踏んでいる邪鬼は、足を揃えてなんとなく色っぽく臥してはりますやろ、背中にもなにかスカーフみたいなもんかけてなあ。あれは女ですわ」
へえーっ!そういわれてみれば、邪鬼は人間の荒廃した心によって出現するものなのだから、当然男女の別はあってしかるべきだけど、そんなこと考えたこともなかった!
四天王の役割も、平たい言葉でなめらかに説明してくれて、衣装のデザインだとか持っているものの意味だとかも、あらためてじっくりと聞かせていただいた。

夕日さす四天王のお堂に、おじさんの関西弁の声が静かに響いて、なんだかとってもいい空間だった。


連れが行きたそうだったので、ついでに(笑)大仏殿へ。
Rimg0049
大きい。なんでこんなデカイものを作ったんだ、そして作れたんだ。
大きいことは、いいことだ。外国人もさぞ喜ぶことであろう。

2007/04/07

浄瑠璃寺のこと

なんで浄瑠璃寺がこんなに好きかっていうと。

もちろん、その佇まいの素朴さやゆったり感や時間の流れもあるのだけれど。
いちばんはね、
このお寺には、そのむかしむかしから、ひとびとが
阿弥陀様に感謝して、やさしいこころになれますように、日々をゆるやかに暮らせますようにと
祈り続けてきたその「気」が
ふんわりと残っているような気がするからなのですよ。

だから、とっても行きづらい場所にあるし
華やかで見どころ満載!ってわけじゃないしちいさいし
でも、奈良に行ったときに絶対行きたい!誰かをつれていきたい!って思うのは
やっぱりここなんだなぁ。

ここに来ると
日々感謝して、お水にも、お花にも、土や空にもありがとう、ここに生きていられることがありがとう、と
ほっくりとそんな気持ちで膨らんでくるから。
そこが好きなんだなぁ。

2007/04/06

奈良のお寺めぐり1

奈良旅行の記録を少々していこうかと思います。
といいつつ、奈良に着いて一番最初に行ったのは「浄瑠璃寺」でした。昔から私はこのお寺が大好きです。
住所こそ京都府なのですが、アクセスは奈良からのほうが近いのです。でも、とってーも田舎にあって、四月で観光シーズンでお花も綺麗な時期なのに、バスの便は一日数本!その貴重な(?)バスに乗って行って参りました。

Rimg0054浄瑠璃寺の門です。ほんとに田舎のお寺で、土のままの細めの道の奥に門があり、両脇にはいっぱいの馬酔木の花。
手入れをされているような、自由にのびているような。そんな風情がたまらなく良いのですよねー。
自由きままな感じなんだけど、なんとなく秩序がある。意味があってそこにある、みたいな。
大好きなお寺なので、もうこの門に近付いただけで、わくわく!
Rimg0052Rimg0057
ね、自由な感じでしょ(笑)

Rimg0050池をはさんで本堂をみる。
むかしの人たちは、この池(宝池)のこちら側(此岸)から、阿弥陀堂(彼岸)にましますご本尊を拝んだそうです。いまは阿弥陀堂の中に入って見学することができますけどね。ありがたいことです。
本堂の柱が十本、間の空間がここのつありますが、浄瑠璃寺は別名を「九体寺」、この空間に一体づつ九体の阿弥陀様が安置されています。真ん中がいちばん大きい阿弥陀如来中尊像です。(ひなびていますが、建物も阿弥陀様も国宝なんですよー)

ここに着いたときちょうど、ご住職が団体さんに向けて説法の最中で、私たちもお相伴に預かりご説明を聞くことができました。ラッキィ!中心の阿弥陀様から右は優しい心になるように、左は知性を磨くように、お願いすると良いそうです。両方願いたいので、両方に手をあわせてきました(^^)

このお寺は、全体におだやかで優しい素朴な雰囲気に包まれていて、とほんとうにホッとします。何度か訪れているのですが、馬酔木の咲いている今時期にぜひ行きたかったので、念願叶ってとても嬉しい気持ちでした。
田舎で素朴で、まったく変わりない雰囲気の浄瑠璃寺でしたが、かわらずこのままいて欲しい。変に観光地化されずにずっとこのおだやかな優しさをたたえた雰囲気でいて欲しいなぁと思います。バスの便、少なくていいから(笑)。
ほんとうにゆったりして、癒される場所です。
いちばんに行けて、良かったよ。ありがとうございます。

目黒川桜たより23

20070406今日は久々に目黒川から。
たった3日東京から離れただけなのに、桜の3日は大きいですね。
かなり葉っぱの若芽が増えてきました。この時期の桜は、花の薄ピンクから額の赤紫が目立ってきて、若芽もすこし赤みがかった色。花の盛りは過ぎましたが、この色合いも大人な感じがして私は大好きです。
お花見は、今週末が最後ですねきっと。名残の桜かと。
今夜も中目黒駅は、たくさんの人でごったがえしていました。

2007/04/04

大和の春

大和の春
法隆寺に。梅原猛さんや西岡常一さんの本を読んでから改めて来たいと思っていたところ。
塔と金堂は独特の空気。夢殿はクリアな雰囲気でした。詳細はまた後日!素敵な旅行です♪

2007/04/03

今日から

京都・奈良に来ています。
京都のお客さまの都合で、9時には先方のお宅に伺わなければならなかったので、なんと始発の次の新幹線で向かいました。近年稀にみる早出、品川に着いたらまだ新幹線のゲートはシャッターがおりていて(^^ゞ。初めての経験!(笑)
その後奈良に移動して活動してたので、充実しつつも体力はかなり消耗!眠くてたまりませーん!
でもお天気が良くなって気温も上がったし、万事スムーズにいったし、夕食を食べたお店がグッド!でゴキゲンでございます。
明日は奈良の桜を見れるかなーと楽しみにしております。

2007/04/02

目黒川桜たより22

20070402_320070402_4
今日は普通の色で同じシーンを。
川面には鴨ちゃんもいます。
花は散りはじめて、葉っぱの若芽も出てきました。

錦之助襲名!

お祝いなので、なんとかして初日に行きたくて、昼の部だけ行ってまいりました。
昼の部は「菊畑」の劇中での口上で、それまで信二郎改め錦之助さんの出番はありません。
ここまで長かった〜!いえね、まずはお目出度い行事の露払いみたいな「當年祝春駒」の勘太郎さんたちも、それからやっぱり上手いと唸らせる仁左さん勘三郎さんの「男女道成寺」ももちろん素敵だったんですが…今月はやっぱり、ねぇ。
襲名公演はやはり独特の空気があるのでしょうか、全体的にみなさん緊張ぎみ。
「菊畑」の錦之助さん、品が良くて美しくて優男、またこういう役が良くお似合いです。ずっとそういう印象だったから、去年の夏の「八犬伝」を見た時に、荒々しい役がとっても素敵で、驚いたのでした。

さて劇中での口上ですが、主要な登場人物(富十郎さん、吉右衛門さん、歌昇さん、時蔵さん、そして隼人くん)が舞台上に上がったところで「揃ったところでご挨拶を」と富十郎さんが口火をきりました。
富十郎さんは、御縁あってお世話を申していたけれども、このような日を迎えることができてほんとうに嬉しいと。おにいさんの○○くん(これ本名をおっしゃってました。場内笑いで包まれます)はこんな立派な時蔵に、いとこの○○くんもこのような押し出しの歌昇に、なりましたけれど、信二郎もこれから錦之助として、ひとまわりもふたまわりも大きな役者に育ってほしい、と。この襲名が、嬉しくてたまらないという風情でした。
錦之助をよろしくお願い奉ります、というところで、富十郎さん、緊張されていたのかなんと名字をまちがえて「尾上」と言ってしまいました。ご本人はお気付きになられてなかったようでしたが、きっと客席の誰もが心の中で「ナカムラ!ナカムラ!」と唱え、あぁプロンプターになりたいカンペ出したいと思っていたことでしょう(^-^;;;
そのあともう一度「おの…」と言いかけ気付かれて、「中村」と連呼。口上が終わってお芝居に戻るときに「これくらい言っとけば大丈夫だろう」と笑わせてくれました。さすがに一瞬ひやっとしましたけど、確かに印象には残ったかも(笑)。
吉右衛門さんはこのような場にいられることがとても嬉しいと、さらにさらに大きくなって欲しいと暖かい言葉をかけていらっしゃいました。
錦之助さんはものすごく緊張されてたようで、3階から見ても(オペラグラスでね)手が震えてらっしゃるのがわかるくらい。錦之助の名を引き継ぐことでなおいっそう、大きな役者になります、末永くよろしくお願いいたしますと、短いながら美しい口上でした。
錦之助さん、口上までの劇中ではほとんど動きも台詞もなかったので、よけいに緊張されたのではないかしら。口上のあとの皆鶴姫とのかけあいや踊りは、緊張もとけたのかとっても素敵でした。
緊張ぶりにも錦之助さんのお人柄の素直さ正直さが見えていて、さらに惹かれてしまいましたね(^-^)

襲名初日、さぞや緊張されたことと思いますが、これから一か月たったら、とても大きくなった錦之助さんが見られるのではないかと、今からとても楽しみです。

2007040220070402_1

錦之助さん襲名の幕は、高島屋さん謹製でした。
そして、夜の部の開場が始まった四月の歌舞伎座初日。

2007/04/01

目黒川桜たより21

20070401_120070401_2
いろいろカメラをいじっていたら、青っぽく撮れたなりー。
今日は「四月バカ」なんでね。嘘はつきません。
そろそろ花びらが散り出して、花吹雪、川面はうすピンク色。

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