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2007/04/21

「隅田川」

4月20日の国立能楽堂定例公演に行ってきました。最近とみにお能に興味がわいてきて能楽堂でお能を見たくなり、実に久々(学生時代以来!)の国立能楽堂でございましたよ。
お能に関しては全く詳しくないので、それなら予備学習をしていけばいいものを、例によっていきあたりばったり、ギリギリな女の私はなんにも知識なく、ただあるがままに感じ取ろうという気概(?)で臨んだのでした。
なので以下、たいへん稚拙な感想ですがお許しくださいませ。

で、なんとこの「隅田川」でワタクシは。泣いてしまいました。。。
子を失って狂女となった母の前に、夢か幻か子供が姿をあらわす。これは狂女の妄想ではなく、隅田川の渡し守も旅人も、その姿をしかと見るのだ。
このときの子方の声が、なんともリアルに響くのです。
お能の空気感というのは、じつに無駄なく研ぎすまされており、同時に膨大に拡張していく∞な感覚を得るのですが、ここだけ地上におりてきたという感じ。それは子供のもつ天性の無垢さであり、能舞台に立つ者としての未熟さでもあると思うのですが。
なぜかこの、今までの空気感を変えてしまうような子方の声に、泣けてしまいました。
どうしようもない感じがしたのです。

この話は、終わらない。子供は死んでしまったのだし母は狂女になってしまった。取り返しがつかず満たされることもない。ずっと、そのままです。
そして、そのまま演者達は橋懸りを渡って消えていくのですが、なにもなくなった舞台には「どうしようもない」空気がいつまでも残されていて、なんだか(私は)終われませんでした。
もちろん、なんとなく拍手をして(でもその場には拍手は似合わなかったと思う)ちゃんと今家に帰ってきてますけど(笑)。

「どうしようもない」感じがして、「泣けて」きた、などと子供のような感想ですが、そのとおりだったので仕方ありません。
「隅田川」とは地名の隅田川だと思っていたのですが、この一曲においては、この世でもなくあの世でもない、その間にある不可思議な空間(=川。でも賽の河原とか三途の川ではない、いってみれば超宇宙空間みたいな感じ)のように思いました。
お能、ちょっとはまってしまいそうです。

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