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2007/12/20

ごぜ唄が聞こえる

先日、「ごぜ唄」コンサート@東松原ブローダーハウスに行って来ました。
当日(12/15)の記事に書いたとおり、ブログを通じてお知り合いになったedaatsさんが企画された催しです。
感想を書こう書こうと思いつつ、もう日にちも経ってしまい、いつもそうなのですがメモもとっておりませんので、もう記憶が薄れてきているのですが…たいへん心に残りましたので、そのことを中心に書かせていただきます。

以下、長いのでたたみます(^-^)

ごぜ唄は、もともと新潟地方の盲目の女旅芸人のことです。(古くは日本全国にこうしたひとがいらしたようです)彼女たちは三味線を持ち各地を渡り歩きながら、お呼びのかかった家で“語り”を聞かせました。テレビもラジオもなかった時代、ごぜ唄は一般の人々の楽しみのひとつでした。
とはいえ、女性の身できびしい自然の中を旅すること、また温かく迎えてくれるひともあればそうでない人も多々いたこと、たいへんつらい仕事だったようです。
最後のごぜさん、小林ハルさんの述懐「唄うことが好きだからやっているんでない、生きるためにやっている」「もういちど生まれたら、虫でもいいから目が見えるようになりたい」という言葉からも、そのつらさが想像できるかのようです。

ほんとうの意味でのごぜさんは、もういらっしゃらず、この日ごぜ唄を披露してくださったのは、小林ハルさんからごぜ唄を直接伝えてもらったという、萱森直子さん。
「生活のために」ごぜ唄を唄って旅をしたという、ほんとうの瞽女さんとは明らかにバックボーンが異なってはいますが、ただ「ごぜ唄を伝えたい」というその思いが、とても強く伝わってきました。

最初に唄ったのは「門付け」の唄。家の前でこれを唱い、お金をいただく。あるいは、その家に招き入れてもらい人寄せをしてもらって、数曲披露する。
ごぜが参りましたよー、というお知らせのような感じですよね。
そんなふうに、ごぜ唄が始められていったようです。

この日のメインの語りは、文楽などでも有名な“泣き節”「巡礼おつる」です。
全四段から構成されるというこのごぜ唄の、この日語られたのは、
やむにやまれぬ事情で(領主の大切な刀を失ってしまった)咎に問われたために、幼いわが娘を祖母に託し、逃亡する両親。
ものごころついた頃、その両親を追って親探しの旅に出、旅先で偶然にも実の母に出会うが、母は真実を明かさずに路銀を持たせてわが娘を涙ながらに送り出す、という段。
実はその後娘は、山賊となっていた実の父親に、懐のお金を狙われて殺されてしまう。
家に戻った父親は真実を知り、妻とともに嘆き悲しむが、その様子を哀れに思ったのか、天が明るくふたつに裂け、そこから娘が生き返り戻ってくる。
祖母が娘に託した手紙から、刀も無事戻ってきていることがわかり、一件落着、というもの。

義太夫ならば、太夫みずからが泣き出さんばかりの風情で語られるものですが、ごぜ唄においては、ただ淡々と、筋立てが語られていきます。三味線も、ひたすらシンプルにベベン、ベン、とかき鳴らすのみ。
あとからの萱森さんのお話でわかったのですが、ハルさんは「ごぜ唄では役者のように感情移入したり、役のつもりで声色を使ったり、してはならない」と教えたそうで、ハルさんは師匠の教えを純粋に守ったのかもしれませんが、それが語り部であるごぜの立ち位置をよりはっきりとさせていたのかもしれません。
ほんとうに、「語り」芸なのです。
聞く側は、そんな淡々とした中から自分の想像力をかきたて、自分の中でさらにその話を形作っていったのかもしれません。

この唄は、私がごぜ唄に持っていたイメージ通りの内容だったのですが、萱森さんは「こういう暗いものだけではもちろんなくて、ご祝儀やお目出度い席で歌われるもの、色気のあるものもたくさんありました」と、かぞえうたのようなものを唄ってくれました。
おいしいお餅といえばあんころもち、きなこもち…というような、子供が聞いても楽しめる内容のものです。
これは、ごぜ唄のイメージを、くつがえすものでした。

最後に、小林ハルさんのごぜ唄の流れとはまた違う潮流の唄を聞かせてくださいました。
ハルさんのは「長岡ごぜ」という流れのもので、新潟におけるごぜ唄の大きな流れのひとつだそうですが、もうひとつの大き流れ、高田ごぜというのがあり、最後の曲はこれに属するものだそうです。
(伝承芸能ですので、伝わった地方によって、流れが異なるのですよね)
長岡のいかにも「語り」の印象が強いのに対し、高田のものは童謡のような歌のような、旋律のあるもので、おなじごぜ唄といっても、こんなに違うのかと、びっくりしました。

萱森さんはお話の上手な方で、演奏の合間にかならず、ごぜ唄についての解説をしてくださるのですが、これがとてもわかりやすく面白く聞けました。
おかげさまで、ごぜ唄という見たことも聞いたこともない芸能について、勝手に持っていた先入観を振払っていただき、異なったイメージで聞くことができました。

ごぜ唄は地味で、舞台の上にのせるようなエンタテイメント性のある芸能ではありません。
ほんとうに素朴な「語り芸」です。
その語り口、ベタ弾きに近い三味線の音からも、地を這うように地味で根気づよくて力強い、その時代の人びとの生き様が見えてくるようです。
こんなに地味な芸能がなによりの楽しみだったなんて、ほんとうにほかに娯楽がなかった時代なんだということを思い知らされつつ、
生きるということ、生活していくということへの、強い意志を感じざるを得ないのが、舞台の上での芸能と一線を画す大きな魅力なのだと感じました。

ごぜ唄、なかなか聞ける機会は少ないと思いますが、もし出会ったらぜひ聞いてみてください。

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コメント

>edaatsさん、お知らせありがとうございます!
早速拝見させていただきました。
今年は、去年よりもパワーアップした企画なんですね!
どんどん進化されていてびっくりです。

またぜひ伺えればと思います。
チラシ楽しみにしておりますね。
よろしくお願いいたします。
ありがとうございます。

昨年はありがとうございました。
「ごぜ唄が聞こえる2009」正式案内を発表し予約受付を開始いたしましたのでご案内申し上げます。
どうぞお越しください。
http://blog-eda.net/gozeuta/

チラシ来月にでもお送りします。(^^♪

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【一の段】 ごぜ唄公演「ごぜ唄が聞こえる」が2007年12月14†15日に行われ... [続きを読む]

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