« 博多座・昼の部 ご挨拶の巻 | トップページ | 博多座・夜の部 ご挨拶の巻 »

2008/02/22

博多座・昼の部 感想の巻

昼の部は大作「義経千本桜」と舞踊「高坏」「団子売」の三作品。
「義経…」は以前にも浅草で獅童さんが知盛を演じていて、なかなかよかった。
「高坏」は初めて観るし、踊り巧者の勘太郎さんなので、とても楽しみにしていた。
「団子売」は他の役者さんのを何度か見ているが、亀治郎さんのお臼はことのほか楽しみ。

200802191746000
これは、博多座2階ロビーの飾られている「暫」のミニチュア人形。精巧なつくり。
私は実はまだ「暫」を見たことがない。観たいよー。。。

ということで以下、感想。たたんじゃいます。。。

義経千本桜 渡海屋/大物浦
「義経千本桜」は、ありがたいことに去年歌舞伎座で「通し狂言」で上演してくれていて、そのときにあらためてこの大作の有り様が実感として分かった気がする。
この激動の時代に生きた「義経」という人物を、取り囲むさまざまなひとたちの生き様を描いた、壮大なオムニバスドラマなのだ。吉野に逃げ込んだ義経を囲む千本の桜の情景が、目に浮かぶ。それは悲しくもあり、いじらしくもあり、壮絶なものもある。あるときははかなくひらひらと散り、またあるときは散るときを心得て一瞬にして散りおおせる。
このとき義経はせつなくも光のような存在として、ただ静かにそこに在るだけなのだ。
そのあたりがわからないと、タイトルに「義経」と入っているものだから、義経はなにしてるのー?という肩すかしをくらった感じになってしまう。

この段では、中心となる人物は平知盛(獅童)。序盤では正体を隠しているが、その後知盛として登場する。このときの衣装は(まだ存命なのに)死装束(幽霊)である。
ところでこの段は、能「船弁慶」を下敷きにしているが、この衣装もそれにのっとったもので、死に直面しようとしている知盛の覚悟のほど、けれども死にきれずにいる執着のほどが表現されなまなましい。
ちなみに私は、何度か観ていたこの作品に、初めて能「船弁慶」の謡の詞章が入っているのにようやく気付いた。なんて間抜けなんだろう。この美しい詞の中に潜む業の悲しさは、知盛の心情そのものであるのに。
いままで「大物浦」最後の碇を担いでの入水はあまりにも印象が強く、そこばかりが心に残っていたが、前段のこの心情をうけとっての入水シーンとなれば、義経への恨み執着心から死への諦観への心情の動きがなおいっそう、深く刻まれるではないか。
実をいうと、私が以前観た能「船弁慶」では、知盛の義経に対する執着心たるや恐ろしいほどの深さで演じられていて、この詞章が私の脳内の波長にのっかった途端、その心情がリンクしてきたということも手伝って、今回の知盛はいっそう深く自分にせまってきたのだ。

もちろん、それだけではなくて、二度目の挑戦となる獅童さんの知盛が深さを増していたことも、そしてこの役が獅童さんのニンに合っていることも、大きいと思う。
獅童さんの知盛は、これからますます深く大きくなって、当たり役になったらいいなと思う。
やはり今回二度目の、典侍の局の七之助さんもこなれた雰囲気だったし、愛之助さんの相模五郎と亀鶴さんの入江丹蔵の魚尽くしのやりとりは、テンポもよく息もぴったりで、笑わせてくれた。
亀治郎さんの義経はほんとうに、さやけき光のようで哀愁があって、ほとんどなにもしていないのに涙を誘うような風情があった。
そして、最後に法螺貝を吹きながら知盛をいたみ退場する、弁慶の男女蔵さんの姿はことのほか印象的だった。


高坏
楽しい松羽目ものの狂言舞踊劇。
主人について花見にきた次郎冠者は、高坏がなければ花見にならんと買いに行かされたが、高坏がどんなものか知らない次郎冠者、だまされて高足(高下駄)を買わされてしまう。
これはなんだと主人に怒られるものの、酔った勢いもあって懲りない次郎冠者、ご機嫌で高足を履いて踊り出すうち主人の怒りも解けてしまう、というお話。この高足で行う踊りと、高足をつかった「ゲタップ」がみどころ。
踊りに定評のある勘太郎さんなので、とーっても、楽しみにしていた演目。

狂言が下敷きだけあって、話はわかりやすいし、なにより踊り中心で動きがあるので、飽きさせない。
前半の、高足売にそそのかされてついつい主人のお酒を飲み干してしまう次郎冠者の面白いこと。高足売の七之助さんとの息もぴったり。
それにしても、狂言の話ではみんなほんとによくお酒を飲む。
お酒を飲んでしこたま酔っぱらって、その足でタップを踏むのだから、お芝居とはいえよろける場面とか、つんのめりそうになるところがあって、それが面白いのだが、一歩間違うとほんとに転んだり怪我したりしそうで、ちょっとハラハラしてしまった。(勘太郎さんの踊りがあぶなっかしい、という意味にあらず!酔った演技が上手いのよ)

勘太郎さんの踊りは軽快でリズミカルで楽しそうで、あぁこの方は踊りの勘がほんとにいいんだろうなぁと感じさせるような動き。タップを刻む音やリズムを、自分でも楽しんでいるかのような表情に、こちらまでニコニコしてしまった。
うららかな春の陽気に、ちょっとお酒臭いご機嫌なひとたちの笑い声が、聞こえてくるかのような舞台で、たいへん楽しませていただいた。


団子売
こちらは江戸情緒たっぷり、市井の団子売りの夫婦の舞踊。おみきどっくりの仲良し夫婦・杵造に愛之助さん、お臼に亀治郎さん。
ここで特筆すべきは、本来「お江戸」が舞台の踊りなんだけど、博多座ではご当地・太宰府天満宮の太鼓橋・本殿と紅梅白梅が背景になっていること。
なんだかこれだけでちょっとのんびり・はんなりした雰囲気になるから不思議。

団子を売るのに、餅搗きのパフォーマンスを見せたり、それをひとつひとつまるめて団子にしたりと、まるで大道芸のように客の気を惹き付ける。
おふたりとも初役だということだけれど、息がぴったりで、ほんとに夫婦みたい。亀治郎さんはいわずとしれた踊り巧者だし、愛之助さんも家元を襲名されただけあって余裕の踊りっぷり。
愛之助さんは明るくて屈託ない商人に見えるし、亀治郎さんはしゃきしゃきしつつもちょっと色っぽくて可愛らしい。
ふたりが頬を寄せあって、ちょっと恥ずかしそうに嬉しそうにニコッとする場面なんて、最高に可愛らしくてこちらまでニコッとしちゃった。

商売が終わると、こんどはおかめ・ひょっとこのお面をつけて、コミカルで明るい踊り、これってお面の奥からどれくらい見えてるんだろう。ふたりの距離感、タイミングのあわせ方、どれもぴったりでびっくり。
こんなに可愛いコンビ、いつまでも見ていたかった。愛之助さん亀治郎さんコンビで、またなにかやってくれると嬉しいなあ。
余談だけど、舞台写真にあの頬を寄せあうシーンのがあったら絶対買っていたのに、おふたり別々のショットしかなかったのはちょっと残念だった。

「蜘蛛…」めあてで博多に来た私だけど、この「団子売」にはことのほか心を奪われたのでした。

« 博多座・昼の部 ご挨拶の巻 | トップページ | 博多座・夜の部 ご挨拶の巻 »

コメント

>kirigirisuさん、本当に、くせになりそう…蜜の味。
「暫」、金丸座でかかるなんて風情たっぷりだし見たい〜!と思っていましたが、迷っている間にチケットは完売…。weep
またどこかでやらないかしらん。。。

あーでもこれからは、悪魔のささやきがたくさん聞こえてきそうですー(笑)

お帰りなさいませ。遠征は蜜の味(^^)
一度味わうとクセになりますヾ(^^) 

>私は実はまだ「暫」を見たことがない。観たいよー。。。

えぇ~ご存知のように4月に金丸座で「暫」がかかりますcherryblossom

と、ちょっと悪魔のささやきをしてみましたbleah

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/106794/10686401

この記事へのトラックバック一覧です: 博多座・昼の部 感想の巻:

« 博多座・昼の部 ご挨拶の巻 | トップページ | 博多座・夜の部 ご挨拶の巻 »

2013年12月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

お気に入り☆BOOKS

  • 小川洋子: 「ブラフマンの埋葬」
    ブラフマンという不思議な生き物に関わった私の、ゆるやかな変化の物語。
  • 吉本ばなな: 「デッドエンドの思い出」
    シアワセとフシアワセの境目ってなんだろうかと、そのボーダーラインの不確かさはむしろシアワセな贈り物なんじゃないかと思わせてくれた作品。
  • 駒形克己: 「空が青いと海も青い」
    ぜんぶ広げると1枚の紙になってしまう、不思議な絵本。広げたり畳んだりしてみるとまた、構成が変化しておもしろい。書いてあることは、一言なんだけどけっこう科学的。
  • イワサキユキオ: 「Say Hello! あのこによろしく」
    どのページを開いても、満面の笑顔になっちゃう。笑顔なのに、ウルウルしちゃう。子犬たちの成長が、愛情たっぷりの写真で綴られています。
  • 川上弘美: 「椰子・椰子」
    ありえなさそうなんだけど、ありえちゃうような不思議な日々を淡々と過ごす「私」のへんてこりんなお話。山口マオさんのイラストも可愛い。
  • 西岡常一・小川三夫・塩野米松: 「木のいのち 木のこころ 天・地・人」
    寺社建築に携わる二人の宮大工の棟梁のお話。宮大工という未知の世界の話はとても興味深く、また「真」をみるということは万事共通なんだと感じ入りました。

最近のトラックバック

無料ブログはココログ