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2008年8月

2008/08/29

古田25周年て

他所様からの情報なんですけど。

来年は、古田新太俳優25周年ということで。
「リチャード3世」やるというのは聞いていたんですが、これ、これ、これもですよー!!!

INOUE-KABUKI 「蜉蝣峠」
   出演 古田新太
   作  宮藤官九郎
   演出 いのうえひでのり
   東京公演/2009年3月 赤坂ACTシアター
   大阪公演/2009年4月 梅田芸術劇場
   企画・製作/ヴィレッジ・劇団新感線

「作 宮藤官九郎」というのがちょっと気になるけど、ACTシアターというのも幾分気になるけど…いやいやどうよ。
タイトルからだと何が題材かいまひとつ想像できません。が、、、
詳細発表に期待しましょう。

2008/08/28

待っ・ってました!

團十郎さんが来年一月国立で本格復帰されるそうです。
コチラ

その前にも舞踊の舞台など単発でご出演があるようですが、座頭としてこちらで本格的に。
成田屋さんファンにとっては、嬉しいお正月になりそうですね。
かくいう私も、團十郎さんのお姿を舞台で拝見できるのは、たいへん嬉しゅうございます♪

元気なお姿を、心待ちにしております。

2008/08/27

恋する猿弥ちゃん

8月27日 新・水滸伝 21世紀歌舞伎組 @ル テアトル銀座

千穐楽も迫っておりますが…ネタバレありますのでご注意。
タイトルにもしちゃいましたが、初めてみる「恋する猿弥さん」に、すっかりもっていかれた舞台でした!笑。


21世紀歌舞伎組の実に久しぶりの公演、幕があくと実にシンプルな舞台装置。黒い鉄骨の橋のようなものが舞台を左右に横切っており、上手側下手側それぞれに、前後に降りることのできる鉄骨階段がある。
これは全編にわたって舞台転換されることがない固定舞台である。
これをうまく使って、橋の上下に役者を位置することにより、見た通りの高低差を表していたり、全く違った場所ー例えば人物同士の位置関係が実際には客席に向かっているのにも関わらずお互い向かいあっている設定とか、または敵陣と梁山泊という全く違う場所での会話が同時進行で行われるーを表現していたりする。
小劇場系からスタートした私の観劇ライフにあって、こうしたテイストの舞台装置や舞台空間の使い方は好みだけど、歌舞伎っぽくはない。
役者さんたちはもちろん歌舞伎ふうメイクだけれど、衣装は勿論大陸ふうである。
音楽も、西洋楽器の音もふんだんに入り、しかもお囃子さえもすべて録音なのはちょっと残念。でも舞台も狭いし仕方ないか。テーマ曲が先般みた「ヤマトタケル」にそっくり。
ということで、あまり歌舞伎っぽくなく、ある意味「振興劇団」ぽい印象の舞台だった。

ストーリーは、ならず者の集団「梁山泊」の面々の戦いぶりを描いているのだが、軸となるのは、わけあって朝廷から追放された林冲(市川右近)が、失っていた自身への希望を梁山泊の面々の熱い思いによって取り戻し、梁山泊の大将となるまで。右近さん、強くて力があるのにずっと悩んでいる役で、ヤマトタケルみたいだった。(ちなみに、その林冲を慕ってついてくるのが弘太郎さん。これも、ヘタルベみたい)

もう一方の軸で、自分を取り戻していくのが敵対国の大将の許嫁・青華(市川笑也)。笑也さんはりりしくも美しかった!またつらい立場の中なんとか自分の役割を見いだそうとした結果、男のように生きてきたため、自分を歪めちゃってる。氷を溶かすように、それを元ある姿に戻していったのが、王英(市川猿弥)である。
最初に剣を合わせてから、稲妻が走ったみたいにいっぺんで恋してしまった王英、演じる猿弥さんがうまいのなんの。不器用で、無骨な容姿だけど、青華を一途に想う純粋で優しい気持ちは最上級。青華に冷たくされても自分の思いは変わらないと一生懸命に青華に尽くす様子や、青華の気持ちが少し緩んできてからふたりで湖の畔で月をみるシーンなんかはお互いすごく不器用でいとおしくて(中学生だってイマドキあんな純情じゃないだろ、ってくらい)。さいごにふたりの気持ちが通じ合った時には「王英、よかったねー!」と、心からの拍手を力一杯送ってしまった。

実をいうと、本来主軸となるべき林冲のパートよりも、こちらのほうが印象が強かった。わかりやすい、というのもあったかもしれないが、猿弥さんと笑也さんの力量も大いにものをいっていたと思う。
林冲の自己の復活にはいろいろな人が関わって舞台全体の大きなうねりになってはいるのだが、青華のパートのように「中でも大きく関わって心を動かした人物」がはっきりしていたほうが良かったのでは。それがいまひとつ、弱かった。あんなにみんな、よってたかって林冲を思っていたのに、王英ひとりの思いに負けちゃった印象だったのだ。
だから、林冲の心に光が射しこまれ、本来の力を発揮する段になっても(私は)いまひとつ盛り上がれなかった。ほんとは、これが一番の盛り上がりどころなんだろうになあ。
ラストの、梁山泊メンバー揃って「替天行道」の旗を掲げてのシーンは、皆の熱い思いと絆を感じられて良かったので、ちょっと勿体なかった。このラストシーンは、舞台の配置的にも、様式的にも、とても美しくて力強くて、一気にここで高揚感が得られたのだった。


以下、余談。

21世紀歌舞伎組の脚本・演出は、私が高校生のときからファンである横内謙介さんが担当されているのだが、その関連でだろう、扉座の高木トモユキさんが出ていた。
メイクしちゃってたので最初全然わからなかったのだが、「その他大勢」のなかで、立ち居振る舞いも美しく容姿も格好よく目立っていたので、誰かなあ?と思って終演後プログラムを見たらどうも高木さんだったらしい。やるなあ!扉座。なんか嬉しかった。

終演後は、役者さんおひとりがロビーに出て、ファンとツーショット写真を撮ってくれる企画がある。(もちろん有料。でも¥1,000はお安いですよね)この日は右近さん。
舞台の扮装のまま登場し、ツーショットを待つお客さん以外の、ロビーにいたお客さん(含・ワタクシ笑)にも手を振ったりしてくれて大サービス。さすが澤瀉屋さん。
女性ばかりかと思いきや、男性の方もけっこういらした。ファンにとってはこのうえなく嬉しい企画、歌舞伎組ならではの企画だろう。

この日のプログラムが¥1500。先日の亀治郎の会の、あのハードカバーの読みごたえたっぷり写真満載のプログラムが¥1800だったのに比べるとなんだか高い〜!という感覚は拭えないが、横内さんのご挨拶も載ってたし、やっぱり購入。
猿之助さんあっての21世紀歌舞伎組だが、今後は様々な「ホーム」を探して(あるいはつくって)いかなければならないんだろうなあ。プログラムのインタビューを読んで(インタビューの内容とは直結しないけど)そんなことを感じた。

2008/08/25

亀版・道成寺

「亀治郎の会」もういっぽうの演目京鹿子娘道成寺。亀治郎さんが道成寺をやるなんて、と驚いたのと同時に、舞踊の大曲、亀治郎さんの舞を堪能できると、楽しみにしておりました。

今回の「亀治郎の会」は、プログラムにもあったとおり、「Kamejiro Gala」なので、所化さんたちの問答や踊りは最低限におさめられ、ほとんど花子の独り舞台に近い。
最初に花道すっぽんから登場した花子は、最初から妖しげな雰囲気を漂わせる。魔性の妖気。鐘に絡み付く視線に漂うものは尋常でない。
その亀治郎さんがとにかく美しくて、直前に俊寛をやっていた人だとはとても思えない。

登場してすぐに、たいした問答もなく舞を所望された花子は、すぐに舞をはじめる。衣装を替え小道具を替え、次から次へと踊り続ける。(間に所化さんたちの傘の踊りが入るくらいで、亀治郎さん、踊りっぱなし!すごい体力です)
長唄の心地よいリズムの変化にのり、舞う亀治郎さんの踊りのなめらかなこと。また、舞台上でのひきぬきは一回しかなかったのだが、舞台袖に引っ込んでの衣装替えの時間の短いこと、さすが澤瀉屋さんである。
舞台のキラキラ感と華やかさ、踊りのなめらかさ美しさ、踊り手としての亀治郎さんの天才ぶりを、存分に堪能させていただいた。

亀治郎さんのつくられるものには、いつも精緻な組み立てと、斬新な視点と解釈があり、加えて尋常でない表現への追求があるので、そのあたりを受け止めることが楽しくて仕方ないのだが、このたびばかりは、道成寺の世界にただひたすら酔いしれて、夢心地な幸せ気分で劇場をあとにすることとなった。
そういったプログラムの組み立て方にもやはり亀治郎さんらしい意図を感じて、かくも嬉しいカンゲキの一日でありました。

来年は、小劇場で8/7〜9日ということ。今から心待ちにしております。

2008/08/24

「未来で」 〜亀版・俊寛〜

8月23日 第六回 亀治郎の会 @国立劇場大劇場

去年は大河の撮影のため見送られた「亀治郎の会」、今年は大劇場で。けれども23日、24日のそれぞれ昼の部のみの、たった2回の公演とあって、チケット争奪戦の激しかったこと。
この日も例によって、ギリギリで劇場に飛び込んだ私、ロビーのプログラム売り場の行列にびっくり仰天。とりあえず開演前のゲットは諦めて席に着く。グッズ売り場も長蛇の列だった。亀治郎ファン、熱いことこのうえなし。

プログラムは、先に到着していたこの日のお連れ様から有り難くも見せていただいたが、休憩時間にはなんと客席まで売りにきてくださった。あの列に並ばなければならないのか〜と逡巡していたのだけど、渡りに船と大喜びで購入。
売りにきていた方は、直前の演目「俊寛」に、船頭役で出演してらした俳優さんで(中條さんという方)なかなかのさわやか好青年。「道成寺」には出られるんですか?とお聞きしたら「いえお手伝いをします」とのこと。とても感じ良い方で、なんとなく応援モードになる。

さてその俊寛の感想から。

去年は「俊寛」の当たり年(?)で、吉右衛門さん・市川右近さん・勘三郎さんの俊寛で、三回観た。そのどれもが同じ型で、私はその物語の構成に、どうしても未消化な感覚が拭えなかった。その時代の感覚・事情、といってしまえばそれまでだけれど、とにかく「執着」のエネルギーがものすごくて、行き場のない執着が蜷局を巻いている感覚に、私は耐えられないものを感じたのだ。なのに最後には泣けてしまう。そういう自分の感情も持て余した。何故なのだ?と考え続けていた。(これは「俊寛」に限らず「古典芸能」全般にわたって生じる感覚でもある)
でもこの日観た「澤瀉屋型」そして「亀治郎さんの解釈を加えた」というこの「俊寛」に、少々の光明をみた。

まず、最初のシーンでは俊寛の鬼界島でのあばら家がセリ上がってくる。俊寛もともに板付きで登場する。これは勿論今までに観た型ではなかった演出で、島に流された俊寛の孤独を、強烈に物語っている感じがした。
また成経と康頼も、それぞれ花道から、上手からと別々に登場する。こちらも、従来型ではふたり一緒に花道から登場するものだから、うっかり、上手から登場した康頼の出を見落とした。これも島でのそれぞれの(苦労の多い)暮らしを物語る。
御赦免船は下手から登場し丹左衛門は瀬尾と一緒に最初から登場する。(だから瀬尾がさんざん俊寛をいじめているのを見ているわけ)
目に見えることでもこれだけ(いやもっとあったかもしれませんが記憶力が…coldsweats01)違うのだが、登場人物それぞれの心理描写が、こまやかにされているような気がした。

俊寛だけが赦免されなくて嘆くシーンはあまり変わらないのだが、その後千鳥を連れて行けないのなら全員島に残ると一致団結するところや千鳥の悲しみ、一転、俊寛が自分を犠牲にして千鳥を船に乗せようと決心するくだり、それに対しての千鳥の逡巡、成経と康頼の苦悩など、とても伝わるものがあっただけに、物語の筋は自然に展開していたように思う。ことに、従来型では、俊寛の苦悩はかなりのウエートで表現されていたけれども、他の登場人物は型通り(?果たしてこれが「型」であったのかは疑問だが)の描かれ方で(役者さんの技量のことではない、演出法の問題である)あまり深みがなかったので、俊寛の自己犠牲的色彩が濃かったのだ。けれどここには人間同士の「物語」があった。

そして、最後の別れでは「さらば」と告げたあと「未来で」という。
これでいきなり、小さな島の上での物語は、いきなり宇宙に投げ出された感覚がした。時空間を超えちゃったような気がしたのだ。地上で行われてきた「人間ドラマ」から一気に「魂」の話になったような…。
このお芝居にあっては「未来」には現世的な意味合いが多分に含まれているんだろうけど、「俊寛」という舞台にあった、人間臭い「諦め」と「諦めきれない気持ち」の間をいったりきたりしているもの(これは行き場がない、終着点もない)が、急に着地しちゃった。勿論これは私の中で、であるが。
そんな感覚だったのだ。いいか悪いかは別として、いきなりストンと自分の中でおさまった。とともに逆に急にワープしちゃったような。また宿題を出されちゃったような感覚なのである。
でも、以前観たときのような出口のない感覚はあまりなく、出口がなくてぐるぐるしている状況は変わりないんだけれども上のほうには必ず光があることを感じながら、ぐるぐるしている感じ。

ラストシーンでは、亀治郎さんの俊寛は、岩の上にのぼり船を見送るが、いつまでも身を乗り出して「おーい、おーい」と言っているのではない。わりとすぐに「おーい」をやめてしまう。諦めの気持ちが多いのかと思ったが、いや気持ちはずぅっと、糸をひくように大海原の船に向かって投げ出されていた。なので私は、ここに「執着」よりも「悲しみ」と「孤独」をみたのだった。

ラストの、島が海に取り囲まれ、島の孤独を物語る舞台効果を、いままでみた中でももっとも強烈に感じたのは、舞台装置の効果はもちろんのこと、それまでのこまかい人物の心理描写にもあったと思う。
「未来で」という物凄い台詞を加えたことによる効果が、たいへんにあったとはいうものの、もっともっとこれが消化されてきたら、「俊寛」そのものの持ち味、後味が大きく変わっていくのではないかという、可能性にも期待が膨らんで、さっそくに再演を熱望したくなった。

2008/08/23

亀治郎の会

久々の歌舞伎の舞台での亀治郎さん。
堪能いたしました!
明日も、公演があるので、感想はのちほど。

あーでもよかった。
亀ちゃんの舞台みると、やっぱり観てよかったなあ、亀ちゃん好きだなあと思いますわ。
プログラムのデザインも秀逸!センスいいです。

ご一緒くださった皆様、ありがとうございました。

2008/08/22

笛の音に魅せられる

8月15日 8月定例公演 @国立能楽堂

この日の公演は狂言「無布施経」、能「天鼓」の二本。「天鼓」はぜひ観たかったので、楽しみにしていました。

狂言 無布施経
話が面白いのですよ。
お経をあげにいったのにお布施が出ない。それが生業なんだしお布施がないとねえ。でも、聖職である僧侶なのに、そう面と向かってはっきりとはいえず…で、ことあるごとに会話にの中に「おふせ」の3文字を入れこんで思い出してもらおうと・笑。
万之介さんの、プライド(?)を保ちつつなんとかお布施をもらおうと算段するあわてぶりと、万作さんのとぼけた風味のかけあいが、テンポもよく、なんとも面白く楽しめました。

能 天鼓 弄鼓之舞
お能にしてはめずらしく、「恨み」「執着」といった色合いの薄い一曲。…と感じるのは私だけでしょうか、この話の中にも執着とか悲しみとかという感情は溢れてはいるのですが、「天鼓」という純真な男の子の魂によって、それらすべてが浄化・昇華されているように感じます。
だからこそ、一度観てみたい演目でした。
前シテは、子供を失くした老父の悲しみがひたひたと広がっていきますが、後シテの天鼓の魂に変わってからは、老父の悲しみをも温かく包み込むような純真な生き生きとした喜びに満ちています。
前仕手と後シテが全く違う人物というのは、珍しいらしい。でも親子の役ですので、違和感なく入っていけますね。「本質」の部分ではつながっているからでしょう。
また癒されることのなかった老父の悲しみも、子供の喜びの感情によって初めて慰められる。どうしようもないことと諦めていることでも、こうして持ち直す=リセットすることができるのです。それは純粋な子供の魂であったり、親子・家族の愛であったりするのですね。
このお能の持つ本来の意味とは少々異なるかもしれませんが、私はこの一曲にそうした意味合いを感じ、この曲がお能のなかにあることを、とても有り難いと感じました。
(演じ手からそうしたことを感じたのではなく、この作品の筋書からそう私が感じ取った、と付け加えておきます)
お囃子の、それもお笛が素晴らしく、特に後半の、天鼓の魂が鼓を喜び打つ段に至っては、至福の響きでした。

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2008/08/21

能楽座

8月17日 能楽座第十四回公演 @国立能楽堂

能楽界の錚々たるメンバーで構成される「能楽座」の公演を、有り難くもお知らせくださった方があり、おかげさまで拝見することができました。
この日の公演は、正面席のみが指定席、あとは自由席だったのですが、チケット発売に少し出遅れた私は、正面の良いお席は確保できなかったので、自由席で観劇することに。
チケットをとった当初は、早めに出かけていいお席をゲットしようかと思っていたのですが、午前中に放送されていたオリンピックの女子マラソンをついつい見てしまいcoldsweats01そこそこな時間に出発。
でも、偶然にも、中正面をはいえ2列目のお席をゲット!happy02このお席がなかなかよろしく、存分に拝見させていただくことができました。

一時開演で終演は五時、あいだに十五分の休憩が一回。演目はお能に小舞、仕舞、舞囃子に狂言と、なかなか盛りだくさんな会でしたが、この日の圧巻は「能 清経」でしょうか。ことにお囃子方・藤田六郎兵衛さんのお笛が素晴らしく。
実はこの方のお笛を、二日前の国立能楽堂「天鼓」で聴き、そのときもたいそう素晴らしかったので、期待していたのです。あまり詳しくない私ですが、その奥行きと間口の広さがほんとうに魅力的で、いっぺんで惹かれてしまいました。
この日の「清経」は「恋之音取」の小書付き。資料によると、清経の霊の登場が笛で呼ばれるものらしい。とすると、六郎兵衛さんの笛で観れたことはとても貴重な出会いだったのでは…?そのことに感謝と嬉しさがhappy01

もうひとつ、野村万作さんによる「小舞 通円」が良かった。万作さんの舞はきりりとして素敵でしたし、地謡がお能のそれとは趣がまったく違っていて(当たり前か)。狂言の「通円」まだ観たことないんですが、いちど観たいと前から思っていたんですよね。さらに、その思いが強くなりました。

観世銕之丞さんの「舞囃子 誓願寺」、期待していたのですが、もうひとつ。でした(あくまで私的に、ですご容赦くださいませ)思うに、地謡がいまひとつだったような。ついでにいえばお囃子のバランスもいまひとつ。あぁっごめんなさいっ!

「仕舞 実盛」、おシテは人気の友枝昭世さん。私は、初目見でした。
なるほど人気のあるのが私でもわかるような、「明らかなる」世界観を持たれた方のようにお見受けしました。きっと解釈にもたついたところがないのでしょう。とともに、受け止める容れ物としてのご自分自身の肉体にも、あまりブレがないのかもしれません。
なんて、たいへん生意気な感想ですが…またぜひ拝見したいと思いました。(この方のチケット、取るのがえらい大変なので、いつになるかわかりませんが)

近藤乾之助さんがおシテを勤められた「袴半能 融」、先日「能楽現在形劇場版」で若手の方のを二番、観たばかり。それに比べたら、舞の軽やかさには欠けましたが(年齢が違いますからあたりまえのことですね)乾之助さんのかもしだす清明さはいつもながら変わらず。
舞台の上で行われるものですから、その技量や演技にこもる魂などが問われるのは当然のことなのですが、私はいつも乾之助さんのお舞台に関しては、その生き様の真摯さを感じて、胸が熱くなります。
執着からでなく、ただひたすらご自分の役割として、舞台に乗ってらっしゃるような、そんなものを感じます。
またこの一曲は、お囃子もとても良かった。囃子のリズムが心地よかったです。

長時間に及んだ「能楽座」、初心者の私にはそれだけでかなり疲れましたーcoldsweats01
が、実に素晴らしい出演陣で、それだけでも見応えありましたね。これは見なきゃ勿体ない!というくらい(笑)
感想も、抜粋になってしまいましたがcoldsweats01またぜひ来年も、伺いたいと思いました。


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2008/08/20

すげーーー!

「すごい」じゃ足りないんだよ。
だって「すごい」だと、さいごに口が閉じちゃうじゃない?
「すげー」だと、口は開きっぱなしさっ!

そーなのだ、開いた口が塞がらないのさ。

あんなに軽々と、ふたつめの世界新、って、
ボルトさーん、どこまでいくんだーっ!

2008/08/19

生まれたてみたいな、、松尾スズキ。

というわけで(?)「有言実行」@北島康介くん にならい、早速至近のカンゲキから。
8月18日 「女教師は二度抱かれた」大人計画 @シアターコクーン
200808182230000

久しぶりの、舞台の、松尾スズキさん。単純に、うれしい。

今回の話は、たったいちどのセックスで人生が総崩れになった女教師・山岸諒子(大竹しのぶ)と、その原因であるもと生徒でいまは演劇界の風雲児と呼ばれる演出家・天久六郎(市川染五郎)の再会を軸に、歌舞伎界の異端児・滝川栗乃介(阿部サダヲ)などが絡んで、どーしようもなく壊れていったり、どーしようもないのに壊れなかったりする、物語。
こう書いてしまうと、「なんてこった」なストーリーなのだが、その奥に見えかくれするキリキリしたせつなさだとか、ギリギリのところで移行していく感情だとかが混ざりあって、深く深く、人間だとかその事象の中にはまり込んでいく渦のようなものを感じる。
松尾さんの作品では、もともと「ものすごくせつない」とか「たまらなく悲しい」といったものがない。「あれ?いまとっても、せつないと思ってたのに、違ってたのかな」とか「悲しそうだけど、それって、バカらしいじゃん?」みたいな、いつでも裏表がいっしょくた、みたいなとこがある。ボーダーがないのだ。
それは今回も変わらないんだけど、なんだかそのボーダーが、素直に表現されてるように感じた。

いままでは、悲しさやせつなさの照れ隠しのあまり、あるいは人間がそうそう正直にそんな感情だけを持ってるわけないだろう、みたいな感覚で、松尾さんは、いろんな余分(演出、ともいうか)なものをありとあらゆるところに積み重ねていた。だから、なにもなかった地表に、積み上げられ構築されたそれらで、表面はギザギザ、ガチャガチャ、バサバサしていた。
でも、今回のは、同じテイストっぽくありながら、なんだか、むきタマゴみたいだった。
つるつるしてて、湯気がたってるの。生まれたて、みたいな、そんな感じ。

なんだか、松尾さんの自分自身の、禊、っていうか、そんな感覚を感じてしまった。

で、ボーダーがない、という感じは先の映画「クワイエット・ルームにようこそ」でも味わったもの。
正気なのか狂気なのか、壊れないのか壊れていくのか、せつないのかバカらしいのか、はいつも紙一重で、どこからがどう、というのはない。一緒に、存在している。
そのことが、私には少しだけたまらなく、愛おしかった。

大竹しのぶは、いつも期待を裏切らない達者さで、今回は狂ってしまった女の役なのだけど、どこまで本気で受け止めたらいいのか、その境目がさっぱりわからなかった。どこも真剣に対応してしまいそうだし、それにしてはなんだかおかしいし。キュートで、変で、長時間は相手にしたくないような…。登場して最初の声が、市原悦子みたいで、笑った。
染ちゃんは、歌舞伎のファンの人は(まあ、私も歌舞伎ファンではあるけど)どう思うの?と心配になるような、だらしのなーいフラフラした役で(劇中においてはいちおう二枚目的な位置なんだけど)個性のきつい大人計画の中にあっては、存在が薄かった。けど、それこそが、この役の持ち味なんだろうと思う。きっと、こういうの、やってみたかったんだろうね。いつも様式の中に生きてるひとなのに、妙にリアルで、笑った。
サダヲちゃんは、本職の歌舞伎俳優・染ちゃんの前で、歌舞伎俳優の役をやらなきゃならなくて、大変だったろうなあ(笑)。でも、大人計画ふうの、堂にいったなかなかの歌舞伎俳優ぶりだった。いつものことながらこのひとの器用さには、恐れ入る。そして、団員だからといってしまえばそれまでなのだが、松尾ワールドをシュールにリアルに表現できるのはやっぱりサダヲちゃんならでは。相変わらずなにをやってもキュートだし、歌のクオリティがやたら高くて、へんに笑った。
そして、松尾さん。今回変な役で4回登場する。インチキフランス語とかインチキ韓国語とか、あとはレロレロしゃべるから、なにいってるのかさっぱりわからない。んだけど、歌と踊りはパキッとしてて、あれ、なに、松尾スズキこんなのできるの?と。目論みに嵌った感、大あり。ハタ坊と同じ頭をしてたところに、なにやら今回、集約されたものを感じる。いままでは、薬飲まなきゃ(脚本)書けないし、でも書かないと息できないし(マグロか)っていう閉塞感を感じていたのだが、今回、ちょっと空気が抜けてたような気がして、良かった。

という、なんとなく新たなステージの松尾さんを見れたような気がした舞台だったが、積み上げても積み上げても壊しちゃう、出かけても出かけても戻っちゃう、みたいなちょっと病気で正気な松尾ワールドは、相変わらず。そこのところが、うなづけないところであり、愛しいところでもあり。
たいへん楽しませていただいた。

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2008/08/18

日記だよ!ニッキだよね…。にっき の はず。。

いやいや。
またもやご無沙汰でございます。
忙しい、なんていうのも気が引けるんですが、まあお盆休みもなく。
働けど働けど…paper笑。

でもおかげさまで、8月は歌舞伎座にも能楽堂にも行っております。
感想が滞っております。あはははは…。

こんな状況なのに…なぜかいらしてくださる方が多々いらっしゃり
多謝。
でございます。
なのでがんばって、もうすこしまじめに書こうと思います。
とりあえず今月の観劇からぽつりぽつりと。

ぐうたらブログですが、今後ともどうぞよろしゅうに。

2008/08/07

今月の一本:2008/7

と、いいたいところなんですが〜
そして、たいへんに遅ればせなんですが〜

7月は、2本しか観ませんでした!

7/23 「五右衛門ロック」劇団新☆感線 @新宿コマ劇場
7/31 松竹大歌舞伎巡業 東コース千穐楽 @練馬文化センター

これで「一本」を決めるのもなんだかな、ですので、今月は該当なしということで。
でも、「五右衛門ロック」は文句なしに楽しめたエンタテイメントで未来くんの格好良さも堪能したしじゅんさんにもほれ直したし、思いっきり楽しんで来れました。
亀治郎さんの巡業千穐楽は、安定感を見せていただけて、これまたとっても楽しめました!最初の演目「操り三番叟」を見逃して残念でしたが。

8月、9月はすでに予定がいっぱいです。
仕事と勉強。どうやってするのでしょう?(だから観劇を控えるのがいいでしょってば!)

2008/08/06

ボストン美術館浮世絵名品展・記者発表

8月5日、江戸東京博物館で行われた「ボストン美術館 浮世絵展」記者発表会 に行ってまいりました。
「記者」でもなんでもない私がこのイベントに参加できたのは、亀治郎さんのおかげです。うふふーheart04
亀治郎さんは浮世絵コレクターとしても有名で造詣も深いので、このたびのイベントのパネルディスカッションにゲストとしてご出演。そのため、私のような一介のファンも、その席に行かせていただけたというわけです。浮世絵大好き、2年前の江戸東京博物館での「ボストン美術館展」にも行っている私にとっては、大好きな亀治郎さんから浮世絵のお話を聞けるなんて、願ってもないことなのでございましたnotes

前半は、江戸東京博物館館長の竹内さんと、美術評論家で葛飾北斎美術館館長の永田さんのご挨拶とお話。
このたびのボストン美術館展は、3回に分けて開催される予定で、一回目の今回(10/7〜11/30)は、浮世絵全体の流れ・歴史を踏襲した内容で、全容を紹介していくというもの。そして、予定としては2回目・3回目でそれぞれテーマを絞って(例えば作家別とか時代別とか)展示していくということでした。
今回のなによりの目玉は、スポルディングコレクション。これはアメリカの収集家であるスポルディング兄弟によるコレクションで、その保存の状態や、兄弟の収集眼の確かさから、質が高く年代的にもバランスが良いそうで、たいへん貴重なものだそうです。その点数は実に、ボストン美術館の浮世絵保存点数(50,000点)の1割以上を占めるとか。
また、この兄弟が、保存状態の維持のために一般公開を禁止したことから、現在ではデジタル化された画像でなら見ることができるそう。その中から数点の「書籍」を貸出してもらうことに成功したのだとか。(これは公開禁止のカテゴリーのものではないらしい)
また今回公開される浮世絵は150点ほどだそうで、年代も多岐にわたり、とても貴重なものだそうです。

さて後半は、お待ちかね、前出のお二人と亀治郎さんによるパネルディスカッションです。亀治郎さんのお話中心にbleahご紹介。

そもそも亀治郎さんと浮世絵の出会いは、中学生くらいのときに海外公演で行ったロンドンの蚤の市で、ひいひいおじいさんが描かれた役者絵に出会ったことだそうです。
それ以来、なんとなく興味を持っていくうちのめりこんで、今では役者絵に絞って、1500点あまりの作品をコレクションするに至ったとか。
選ぶ基準は、価値が高そうとか貴重だとかということではなく、「パッと見て気に入った構図」だそうで、これは歌舞伎の演技の参考になることもあるし、逆に違う点を発見することもあるということ。

そのうちに、このコレクションで、江戸東京博物館で展覧会を開いてください、いや、市川美術館をつくってください、なんて竹内館長と永田さんに言われていました(笑)。でもこれ、本当に実現するといいですよねえ。

また、今回の展覧会の出展作の中でお気に入りはなんですか、と聞かれ、次の三作品を挙げていました。
(1)歌川国政「市川鰕蔵の暫」
これは、今回のボストン美術館展のポスターにもなっているもの。
なぜこれが好きなの?と聞かれ、構図の良さ・大胆さと、実際にはありえない(できない)格好なのに動きがあってリアルであるという二点を指摘。
それを受けて永田さん、「止まっているのに伝わるものがあるのが浮世絵の素晴らしいところです」また竹内館長も「この絵の原画を見ればわかっていただけると思うが、線の描写・色の付け方どれもリアルではない。なのにかもし出されるものはリアル。ことにこの目の中に、水色で表現されているラインがあって、それが出色なんです」と。
ぜひ原画を見て、その「水色」を確認したくなりますね。
(2)喜多川歌磨「青楼仁和嘉 女芸者之部 扇売 団扇売」
3人の芸者が描かれている絵ですが、こちらも構図がお好きだそう。この3人の入り方、ポーズ、どれをとってもこれ以外のものが考えられないくらい隙がない。また、この印刷方法が「雲母刷り」というお金のかかる印刷で、売れている作者のものにしか使われていない手法で、それが貴重とのこと。
「これ以外考えられないくらい隙のない構図」という亀治郎さんの表現にびっくり。確かに、そういう構図・レイアウトというのはありますが、稀にしか存在しないし、それを見分けられる人って滅多にいないと思うので。
(3)葛飾北斎「冨嶽三十六景 山下白雨」
富士山の絵ですが、構図も変わっているし色も赤紫?亀治郎さんいわく「おどろおどろしい色」。で、右下に線が入っているのですが、これは自分なら絶対に入れられないが、そこが凄い、と。
先生方解説によると、この「線」は稲妻で、この一枚の絵には4つの気象が表現されている。つまり、富士山の山頂付近は快晴、中腹には雲、麓は夏の夕立ち。そして山麓の稲妻。だそうです。
こんなことに気付いて絵にできるなんて、北斎って、あらためて凄い。

また、さいごに、浮世絵のような素晴らしい宝を、自分達で価値を見いだせずに海外に流出させてしまったのは非常に残念だけれども、逆に海外でとても大切にされ保存していただいたことを感謝して、自分達の宝をまた、ちがった方向から守っていきたい、とも仰られてました。
ほんとうに、まさにそのとおりです。

今日のこのお話を聞いて、その背景を思い出しながら亀治郎さんのお気に入りを鑑賞したら、この美術展も数倍楽しく見れそうです。
また、館長の竹内さんによると、江戸東京博物館で展示をするからには、普通の美術館とはひと味違って、その作品の時代背景とか、風俗とか、時代性などを、少しづつでも紹介していって、作品鑑賞の深みを増していきたい、ということでした。
なるほどそれは興味深そうです。

ということで、お話の内容はだいぶはしょっていますが、たいへんに興味をひかれた記者発表。
亀治郎さんの「お気に入り」をぜひ見てみたい。浮世絵の変遷にもぜひ触れてみたい。10月からの展覧会にはぜひ足を運びたいと思った次第であります。happy01scissors


2008/08/05

能楽堂で歌舞伎囃子

8月1日 〜伝統芸能に吹く新しい風〜
     歌舞伎囃子と舞踊の競演  @国立能楽堂

去年やはり国立能楽堂で行われた、亀井広忠さん主催の能楽囃子コンサート。その第二弾として、こんどは弟さんである田中傅左衛門さん傅次郎さんのおふたりによる「歌舞伎囃子」のコンサートが行われました。
今回は、舞踊もということで市川亀治郎さんもご出演。
亀治郎さんの踊りを能楽堂の舞台で観られるなんて、めったにない機会かと思い、期待して行ってまいりました。

舞踊 供奴
まずは素踊りの「供奴」。
橋懸かりから登場する亀治郎さんが新鮮。ことにこの日は、お席が脇正面の橋懸かり寄りでしたので、ものすごく近くで拝見できて嬉しさにドキドキしましたねぇshine
さてその囃子と踊りですが、「供奴」はリズミカルで軽快なお囃子、もちろん踊りも楽しいものなのですが、亀治郎さんの供奴、どこか端正な重厚感があります。足さばきなどはとっても軽やかなんですが、少し前に観た尾上青風さんのと雰囲気が全然違います。なんていうか、「ヒャラヒャラ」(←これは褒め言葉!)した感じがないというか。
いろいろな「供奴」があると聞いていますので、それぞれの持ち味なのでしょうが、ずいぶん印象が違うのでその驚きとともに、とても楽しめました。
亀治郎さんは相変わらず手の動きがキレイ。決めた時のかたちもほんとうにキレイ。
歌舞伎は正面が決まっていますが、今回それを横から見たことでも、印象が違っていたのかもしれません。そういう意味でもレアでしたwink

演奏 歌舞伎囃子
さいしょにプログラムを見たとき、「歌舞伎囃子で○十分?」と思いましたが、さまざまな歌舞伎囃子の演奏を交えてのレクチャーとトークも入っており、これがとても面白く興味深いものでした。
まずご兄弟お二方が舞台に登場してご挨拶、そしてゲストの亀治郎さんも舞台に登場。
三人でのトークは、能楽堂舞台での歌舞伎の公演ということについて、ご兄弟と亀治郎さんのおつきあいについて、などなど。

まず能楽堂での踊りはどうだったかと聞かれ、舞台の床が歌舞伎と違って堅いのだそうで(能楽舞台は床下に瓶を入れてある。音の響きを良くするためらしい)足当たりが普段と全く違うそう。また、普段は見られない横からの視線(脇正面席ですね)もあるので勝手が違って緊張したと仰られてました。(私からすればこの角度から観れて非常にラッキーでした)
また、供奴を踊るのは8歳のとき以来だとか。忘れてると思ったけど、意外と体が憶えてるもんですねーと。ここでお三方、昔やったことはよく憶えてるけど、最近のはすぐ忘れちゃう、と笑いをとっておられました(笑)。
お三方はちょうど、ご兄弟の「三響会」、亀治郎さんの「亀治郎の会」を発足したのが同じ時期だということで、お互いライバルのような、同士のような感覚を持っているそうで、同年代でもあり切磋琢磨されてきたようです。
いい仕事仲間、同士、といった感じなのでしょうね。そして亀治郎さんは次の演目「羽衣」の拵えのためにご退場。

そのあと、歌舞伎座で開演前に黒御簾内で演奏されているお囃子や、雨の音・雪の音・水の音・波の音…などを次々を説明を加えながら演奏してくださって、普段はお芝居の効果音としてなにげに聞いている音も、いろいろな工夫や物語性があることをあらためて知り、新鮮な感覚でした。
こんどは、開演前の演奏なんかも、もっとよく聴いてみようと思います。(いつもギリギリで駆け込むので、あまり聴いたことなかったんですよね…coldsweats01

そのあと「特別ゲストがもうひとり」とのこと。え?誰?と思ったら、なんと私服に足袋の(笑・能楽舞台では足袋じゃないとNGなのよね)広忠さん登場!思ってもみなかったのでちょっと興奮しちゃいましたが(照)。
午前中に、次の日の「囃子の会」のリハーサルがあり三人ご一緒だったそうで、その流れで急きょ「来てよ」ということになったそうです(笑)
「こんな格好ですみません。支度のあいだ一分しゃべれといわれました」と広忠さん。困ってるふう?と思いきや「話すの好きなので」と5分オーバー。笑。

演奏 勧進帳
長唄の勧進帳。舞台中央に斜めにお囃子方が並びたつ。とっても見やすくてよかったのですが、音の響き具合はどうなんでしょうか?お能の舞台において、斜めに陣取るのって、難しいのではないかなとちらっと思ってしまいました。
演奏そのものは物語性があって緩急に富んだ柔らかい感じ。何度も歌舞伎の「勧進帳」を観ているせいもあるかもしれませんが、いろいろなシーンが目に浮かびます。
能楽堂では「安宅」を聞き慣れている(というほどでもないか)のでずいぶん柔らかく聴こえたのかもしれませんね。

このあと再び広忠さんが、こんどはお一人で舞台に登場。こんどは「羽衣」の準備のために5分しゃべってくれ、と(笑)。
広忠さんもお能「安宅」と歌舞伎の「勧進帳」の違いを語られてまして、力で押しまくる安宅に対し、起伏に富んだ勧進帳、というような表現で仰られてましたね。
また、歌舞伎の踊りを能楽堂で観られるのは貴重なので、自分も見所で勉強させていただきたいと。
歌舞伎とお能と、それぞれに違う表現方法をとっているところもあるし、性質の異なるところもあるが、どちらも大切な伝統芸能、自分は歌舞伎の血とお能の血の双方が流れている家に育っているので、それを活かしていきたいとお話しされてました。
そして、能楽師として、歌舞伎座の舞台につのが「夢」なのだそうです。

長唄 羽衣
亀治郎さんお天女は、白塗りできちんと拵えをしての登場。橋懸かりから登場した天女の美しさに、思わずワァーッとため息がもれてしまいました。
歌舞伎座などでは見たことのない拵えで、ちょっと神事に近い雰囲気。対する伯竜は、なんと(きっと)大抜擢の段一郎さん。お能の形態をそのままとっていますので、ワキからの登場になりますから、段一郎さんかなり緊張されたのではないでしょうか。
亀治郎さんの柔らかな舞、はんなりとキラキラしていて素敵でした。その雰囲気、踊りの感じともに、演目ならではのものばかりではなく、能楽堂という環境のせいもあったのではないかと思います。
歌舞伎座の舞台はどちらかというと「粋」ですが、能舞台は「高貴」な感じがいたしますね。
囃子や唄は、先日ちょうど「謡」と「リズム」のちょっとしたレクチャーを受けたときに習ったところ。その違いもなんとなくわかるところもあり、興味深く楽しめました。


余談ですが…
お能舞台で歌舞伎のメンバーを見ることが不思議な感覚でしたが、そのことがまず楽しめました。
不思議な感覚の第一は、橋懸かりをとおっていく立方。歌舞伎での舞踊とお能の舞とでは、足の進め方が全く違うのだということがよく分かりました。
お能では、ほんとうに頭が動かないんですよ。動きが滑るようなんです。
亀治郎さんは、いままで歌舞伎座などで見ていていも、かなり腰が低くて頭が動かない安定性があると感じていましたが、お能のそれとは動きの種類が全然違う。
異なった動きをするひとが、橋懸かりを歩いているのが不思議で、面白かったですね。
そして、お三味線が能楽堂に響いているというのも…新鮮でした。
それと、歌舞伎ではやっぱり拍手をしたくなってしまうのですが、能楽堂では違和感があり、なんだかいつ拍手したら良いものやら、とまどってしまいました。(尤も、この日のお客さまは盛大に拍手しておられましたが)

2008/08/04

夢の響宴・囃子の会

8月2日(土)第六回 囃子の会 @歌舞伎座

に行ってまいりました。
たった一回きりの公演で、しかも出演者は能楽界・歌舞伎界の錚々たるお歴々に、今後の各界を背負っていくと思われる若手実力派の方たち。
現在まさに「背負ってたっている」亀井忠雄さん、田中佐太郎さん(というお名前ですが女性です)ご夫妻の主催ならでは、このおふたりだからこそこれだけのお顔が揃ったのだと、まさにオールスター戦を見るような気持ちで拝見させていただきました。

なんて贅沢な一夜!


三番叟
まずは三兄弟にお母さまの佐太郎さん、笛の福原さんとお三味線での「三番叟」、立方は藤間勘十郎さん。
勘十郎さんの踊りは、まだお若いのに老練された落ち着きがあり、同時にキビキビしていて若々しい。
その潔さが好き。
ご兄弟と佐太郎さんの共演を、舞台で見られるなんて感動。若い舞台を佐太郎さんがぐっと引き締め、なおかつ温かい包容力で包んでおられた。

鶴亀
長唄「鶴亀」、若い鶴亀従者の梅枝さん萬太郎さん梅丸くん。
梅枝さんはここ一年ほどでほんとうに見違えるほど舞台に映えるようになった。梅丸くんはきっちりした持ち味があって上手い。
囃子方同様踊りのほうも、若い役者さんを帝役の梅玉さんがどっしりとした風格品格で包んでいる印象。

舞囃子 小袖曽我
待ってましたの大物揃いの舞台。
梅若六郎さん、観世銕之丞さんともに、体格もさることながら凄まじい存在感で、あの広い歌舞伎座の舞台が埋め尽くされていた。
もちろんそれは、囃子方との技量がつりあってのこと、というよりやはり囃子方が舞を支えているのだとつぶさに感じられる舞台。小鼓の幸流(幸清次郎さん)は、関東ではなかなか見られないので嬉しかった。
この「小袖曽我」という物語性を、深く感じることはまだ私には難しかったけれど、その思いが存分に伝わってくるものであった。

静と知盛
富十郎さんの舞、ことに前シテ・後シテの演じ分けはさすがで見応えがあったけれど、いかんせん大向こうかかりすぎ。
囃子の会であるのだし、お囃子ファンの私としては、そこをじっくり堪能したかったのに、けっこう肝心なところでかけ声がかかっていてがっかり。
ということは舞の肝心なとこに音が入るということなのねと、改めて実感できたけど。舞の間合い、呼吸の間合い。そういったところに鳴りものの“音”が打ち込まれるのだろう。
そう思うと、古典芸能の間合いの深さ緻密さを感じずにいられない。

羅生門
吉右衛門さんの素踊り。ドラマチックな構成なので、わかりやすく面白かった。
囃子方は傅左衛門さん広忠さんに佐太郎さんと、めったに見れない組み合わせ。

能 楊貴妃
(私にとって)この日いちばんの豪華な演目。おシテ、ワキ方は勿論のこと、地謡方がもうそりゃたいへんな豪華さで、オペラグラスでガン見(あらお下品)
囃子方も実に錚々たる面々で、そんなメンバーいちどに舞台にあげていいんですかあ?という…もう出演者だけでも倒れそう(笑)なのに、当然のことながら舞台の「気」も最高潮!
おシテの舞も装束も面も、ことのほか良かったし、ワキのお衣装風格もこれまた格別。
ああもう私にもっと、聴く耳が、受け止める魂が、あったなら!と思う、夢の舞台でした。

老松
幕があがったときの、玉三郎さんのあまりの美しさに思わずため息が…。
囃子のリズム曲調の変化とともに、起伏に富んで美しくて、また玉三郎さんが心を預けて自由に舞われているふうな気がして、最後まで夢見心地で楽しみました。

番外 獅子
番外とはいいながら、今日のこの演目を一番に楽しみにしてきた方が、この歌舞伎座にどれほどいたことか。
一家揃って、そしてお笛に福原寛さんを加えての、この方たちのテーマ曲のような「獅子」。
この独特の間合い、その間合いにある呼吸、調べをきりきりと絞る音、その隙間を楽しむかのように“ポン”とはいってくる“音”。
一瞬一瞬に込められた「気」の連続が、ひとつひとつに集中させ、天にものぼらせてくれます。
だから、まだまだ浅いけれども、今の私のその浅さでもってして、私は「囃子」が好きなのです。


あまりの豪華さに、わくわくしっぱなしの「囃子の会」でしたが、やはり亀井忠雄さん、田中佐太郎さんあってのこの企画でありました。
感動したのは、このおふたりが、いまのご自分たちと釣り合う(といっていいのでしょうか?失礼ながら…)芸格の方達ばかりでなく、若い次世代の方の経験の場としてもこの場を提供しておられるように感じたことでした。
なんて温かいかたたち。そして、なんて厳しい環境。伝統芸能の奥行きと間口のありかたを、少しばかり感じた一夜でもありました。
広忠さんが、お能ではなく歌舞伎のほうで大鼓を打たれていたのが少々残念でしたが、忠雄さんがいらしたことだし、経験として貴重だったのかもしれません。
最後の「獅子」で、忠雄さんと広忠さんが並んで大鼓を打っている、その貴重な場面を、目に耳に焼きつけて、なにやら鼓動が早くなっているのを感じながらこの日の歌舞伎座をあとにしたのでした。


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2008/08/03

久々の歌舞伎・亀治郎さん巡業千穐楽

7月31日 松竹大歌舞伎巡業東コース @練馬文化センター

実に一ヶ月46公演にも及んだ亀治郎さんの巡業、この日が千穐楽。
千穐楽ですもの、東京ですもの、駆け付けましたよ。
でも、、、「操り三番叟」に間に合いませんでした…crying
ここのところの多忙にかまけ、大好きな歌舞伎を観るのが実にじつに、一ヶ月前の亀治郎さんの巡業初日以来。歌舞伎の空気を久々に、吸ってまいりましたgawkheart04

「口上」では、一月間の思い・思い出がたくさんあったのでしょう、皆様いろいろなお話をしてくださいました。

まずは亀治郎さん。
この暑い夏の巡業、一座揃ってひとりも欠けることなく無事に千穐楽を迎えることができて嬉しい、と仰られてました。ことに今年75歳になられる竹三郎さんのがんばりには頭が下がる。若い自分達でさえ帰りたい〜と思う日もあったけれど、竹三郎さんを見ると頑張らねばといっそう気が引き締まる。(やっぱり、よほどのハードスケジュールだったのでしょうね)
また、竹三郎さんには喜寿でぜひ「河庄」の紙屋治兵衛をやってほしい、そうしたら自分が小春をやる!と仰ってました(それ、ゼッタイ観に行きますから〜!)
いっぽう18歳と一番若い巳之助さんも、この巡業を終えると八月歌舞伎が待っている。一部、二部、三部、と全部出るから、一部、二部、三部、全部観にいってください!と繰り返し強調して、笑いを誘ってましたhappy01
ご自分はというと、このあと亀治郎の会、そして9月は演舞場と歌舞伎座、10月にはNHKで「七瀬ふたたび」…ともりだくさんなスケジュール。ぜひぜひ観て下さいと、こちらもきっちりお知らせ(笑)
こんなお話を聞いていると、暑くて厳しい巡業ながら、みなさんで和気あいあいとなさっていたんだなと、なんだかこちらも嬉しい気持ちになります。

そんな亀治郎さんの口上を聞きながら竹三郎さんがしきりに顔をぬぐっているので、どうしたのかと思っていたら、なんと感動して泣いてらしたのです。
きっと温かい言葉に感動したのと、つらい巡業の思いがあいまって、涙になってしまったのでしょう。あまりに純粋な竹三郎さんに、なんと瞬時に私ももらい泣きしてしまいましたcoldsweats01

口上のまとめ役は段四郎さん。ご自分も六十を過ぎたが(巡業中にお誕生日を迎えられたのですよね)竹三郎さんの精神年齢の若さに刺激され、もっとがんばらねばと思われたそう。今日のこの演目も、さらに頑張りますよと、ご挨拶されていました。
この長い巡業を、みんな揃って千穐楽を迎えられたこと、心から感謝申し上げます、と締めくくりました。

この口上は、巡業の楽しみのひとつですね。ことに巡業を重ねてくると、いろいろなエピソードやご当地の話題が聞けたりするので、いつもつい期待してしまいますheart04


「白浪五人男」はいつ見ても楽しめます。
ことにこの日は、お席が4列目の花道より(といってもこの日の花道は、舞台サイドの“仮”のもの)だったので、五人の名乗りのシーンなど、近くで見ることができてとてもラッキィな気持ちでした。
やっぱり近くで見ると、迫力が違います♪
亀鶴さんの格好いいこと!ここのところめきめきと、荒々しい大きな役が板についてきたので、今回の南郷力丸はとても素敵でした。
日本駄衛門の段四郎さんは、さすがの存在感でしたし。
亀治郎さんの弁天は、若くて小生意気で魅力に溢れている感じでしたね。若さゆえの不遜さが垣間見えて、でも根は甘えたくて…といった感じで。今後、もっといろいろな表現をそぎ落としていったら、ますます良くなりそうで楽しみです。
それにしても、本当に巡業にはもってこいの演目でしたね!


…口上の話題が多くなってしまいましたが、このたびの巡業に関しては二度目の観劇ということもあり、内容は落ち着いていて初日のときと劇的な変化はあまりなかったので、演目については控えめな感想になりましたが。。。
過酷なスケジュールの巡業お疲れさまでした。そして各地で楽しませてくださって、ほんとうにありがとうございます。
巡業の醍醐味、近さというのもありますが、そろそろ歌舞伎座などで亀治郎さんがまた見たいなあ。と思った次第です。…秋に、見れますけどねっ!楽しみです。


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    ブラフマンという不思議な生き物に関わった私の、ゆるやかな変化の物語。
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  • 駒形克己: 「空が青いと海も青い」
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  • イワサキユキオ: 「Say Hello! あのこによろしく」
    どのページを開いても、満面の笑顔になっちゃう。笑顔なのに、ウルウルしちゃう。子犬たちの成長が、愛情たっぷりの写真で綴られています。
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