« 亀治郎の会 | トップページ | 亀版・道成寺 »

2008/08/24

「未来で」 〜亀版・俊寛〜

8月23日 第六回 亀治郎の会 @国立劇場大劇場

去年は大河の撮影のため見送られた「亀治郎の会」、今年は大劇場で。けれども23日、24日のそれぞれ昼の部のみの、たった2回の公演とあって、チケット争奪戦の激しかったこと。
この日も例によって、ギリギリで劇場に飛び込んだ私、ロビーのプログラム売り場の行列にびっくり仰天。とりあえず開演前のゲットは諦めて席に着く。グッズ売り場も長蛇の列だった。亀治郎ファン、熱いことこのうえなし。

プログラムは、先に到着していたこの日のお連れ様から有り難くも見せていただいたが、休憩時間にはなんと客席まで売りにきてくださった。あの列に並ばなければならないのか〜と逡巡していたのだけど、渡りに船と大喜びで購入。
売りにきていた方は、直前の演目「俊寛」に、船頭役で出演してらした俳優さんで(中條さんという方)なかなかのさわやか好青年。「道成寺」には出られるんですか?とお聞きしたら「いえお手伝いをします」とのこと。とても感じ良い方で、なんとなく応援モードになる。

さてその俊寛の感想から。

去年は「俊寛」の当たり年(?)で、吉右衛門さん・市川右近さん・勘三郎さんの俊寛で、三回観た。そのどれもが同じ型で、私はその物語の構成に、どうしても未消化な感覚が拭えなかった。その時代の感覚・事情、といってしまえばそれまでだけれど、とにかく「執着」のエネルギーがものすごくて、行き場のない執着が蜷局を巻いている感覚に、私は耐えられないものを感じたのだ。なのに最後には泣けてしまう。そういう自分の感情も持て余した。何故なのだ?と考え続けていた。(これは「俊寛」に限らず「古典芸能」全般にわたって生じる感覚でもある)
でもこの日観た「澤瀉屋型」そして「亀治郎さんの解釈を加えた」というこの「俊寛」に、少々の光明をみた。

まず、最初のシーンでは俊寛の鬼界島でのあばら家がセリ上がってくる。俊寛もともに板付きで登場する。これは勿論今までに観た型ではなかった演出で、島に流された俊寛の孤独を、強烈に物語っている感じがした。
また成経と康頼も、それぞれ花道から、上手からと別々に登場する。こちらも、従来型ではふたり一緒に花道から登場するものだから、うっかり、上手から登場した康頼の出を見落とした。これも島でのそれぞれの(苦労の多い)暮らしを物語る。
御赦免船は下手から登場し丹左衛門は瀬尾と一緒に最初から登場する。(だから瀬尾がさんざん俊寛をいじめているのを見ているわけ)
目に見えることでもこれだけ(いやもっとあったかもしれませんが記憶力が…coldsweats01)違うのだが、登場人物それぞれの心理描写が、こまやかにされているような気がした。

俊寛だけが赦免されなくて嘆くシーンはあまり変わらないのだが、その後千鳥を連れて行けないのなら全員島に残ると一致団結するところや千鳥の悲しみ、一転、俊寛が自分を犠牲にして千鳥を船に乗せようと決心するくだり、それに対しての千鳥の逡巡、成経と康頼の苦悩など、とても伝わるものがあっただけに、物語の筋は自然に展開していたように思う。ことに、従来型では、俊寛の苦悩はかなりのウエートで表現されていたけれども、他の登場人物は型通り(?果たしてこれが「型」であったのかは疑問だが)の描かれ方で(役者さんの技量のことではない、演出法の問題である)あまり深みがなかったので、俊寛の自己犠牲的色彩が濃かったのだ。けれどここには人間同士の「物語」があった。

そして、最後の別れでは「さらば」と告げたあと「未来で」という。
これでいきなり、小さな島の上での物語は、いきなり宇宙に投げ出された感覚がした。時空間を超えちゃったような気がしたのだ。地上で行われてきた「人間ドラマ」から一気に「魂」の話になったような…。
このお芝居にあっては「未来」には現世的な意味合いが多分に含まれているんだろうけど、「俊寛」という舞台にあった、人間臭い「諦め」と「諦めきれない気持ち」の間をいったりきたりしているもの(これは行き場がない、終着点もない)が、急に着地しちゃった。勿論これは私の中で、であるが。
そんな感覚だったのだ。いいか悪いかは別として、いきなりストンと自分の中でおさまった。とともに逆に急にワープしちゃったような。また宿題を出されちゃったような感覚なのである。
でも、以前観たときのような出口のない感覚はあまりなく、出口がなくてぐるぐるしている状況は変わりないんだけれども上のほうには必ず光があることを感じながら、ぐるぐるしている感じ。

ラストシーンでは、亀治郎さんの俊寛は、岩の上にのぼり船を見送るが、いつまでも身を乗り出して「おーい、おーい」と言っているのではない。わりとすぐに「おーい」をやめてしまう。諦めの気持ちが多いのかと思ったが、いや気持ちはずぅっと、糸をひくように大海原の船に向かって投げ出されていた。なので私は、ここに「執着」よりも「悲しみ」と「孤独」をみたのだった。

ラストの、島が海に取り囲まれ、島の孤独を物語る舞台効果を、いままでみた中でももっとも強烈に感じたのは、舞台装置の効果はもちろんのこと、それまでのこまかい人物の心理描写にもあったと思う。
「未来で」という物凄い台詞を加えたことによる効果が、たいへんにあったとはいうものの、もっともっとこれが消化されてきたら、「俊寛」そのものの持ち味、後味が大きく変わっていくのではないかという、可能性にも期待が膨らんで、さっそくに再演を熱望したくなった。

« 亀治郎の会 | トップページ | 亀版・道成寺 »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/106794/23222594

この記事へのトラックバック一覧です: 「未来で」 〜亀版・俊寛〜:

« 亀治郎の会 | トップページ | 亀版・道成寺 »

2013年12月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

お気に入り☆BOOKS

  • 小川洋子: 「ブラフマンの埋葬」
    ブラフマンという不思議な生き物に関わった私の、ゆるやかな変化の物語。
  • 吉本ばなな: 「デッドエンドの思い出」
    シアワセとフシアワセの境目ってなんだろうかと、そのボーダーラインの不確かさはむしろシアワセな贈り物なんじゃないかと思わせてくれた作品。
  • 駒形克己: 「空が青いと海も青い」
    ぜんぶ広げると1枚の紙になってしまう、不思議な絵本。広げたり畳んだりしてみるとまた、構成が変化しておもしろい。書いてあることは、一言なんだけどけっこう科学的。
  • イワサキユキオ: 「Say Hello! あのこによろしく」
    どのページを開いても、満面の笑顔になっちゃう。笑顔なのに、ウルウルしちゃう。子犬たちの成長が、愛情たっぷりの写真で綴られています。
  • 川上弘美: 「椰子・椰子」
    ありえなさそうなんだけど、ありえちゃうような不思議な日々を淡々と過ごす「私」のへんてこりんなお話。山口マオさんのイラストも可愛い。
  • 西岡常一・小川三夫・塩野米松: 「木のいのち 木のこころ 天・地・人」
    寺社建築に携わる二人の宮大工の棟梁のお話。宮大工という未知の世界の話はとても興味深く、また「真」をみるということは万事共通なんだと感じ入りました。

最近のトラックバック

無料ブログはココログ