能狂言

2011/11/24

能と狂言 和楽の世界

体調はいまひとつ、あきらめようかなと直前まで思い悩み、いやでも、やっぱり、行ってみたい!
と、数日ぶりに電車に乗ってお出かけしてきました。

亀井広忠プロデュース能楽舞台
~囃子からみた能「頼政」と狂言「通円」~
能と狂言 和楽の世界
  @日経ホール 午後3時の部

タイトルのとおり広忠さんプロデュース企画。
能「頼政」と、そのの内容をふまえて狂言的視点からつくられた「通円」を、3時の部は袴能・袴狂言で。
この他「景清」を舞囃子と小舞で。
またプログラムには「能楽素囃子、曲目は当日発表」なるものがありましたが、3時の部は
「羯鼓(かっこ)より 獅子」
でした。

ざっくり全体的な感想。(ほんとにカンタン)

こうして並べてみると、双方の違いや、同じ要素、あるいはひっぱっている要素、などがわかりやすく興味深い。
ただ、観る側として(私だけかもしれませんが)、比べてみる楽しみが先行して、演目演者そのものの格調にはすこし焦点がぼけてしまったような。
せっかく、袴能「頼政」は梅若玄祥さん、袴狂言「通円」は野村万作さんだったのにぃ、勿体ない!

でもね、このお二人の袴での演技を、ぜひ観てみたかったので、そして、案の定、ものすごい「気」をまとってらしたので、とてもとても満足いたしました。
ちなみに、6時の部では双方とも袴ではなく通常の演じ方だったので、私は3時の部にさせていただいたのでした。うふふ♪

で、「景清」は舞囃子を梅若紀彰さん、小舞を萬斎さん、と若手対決(なわけではないが)。
こちらは、能の謡と狂言の謡のちがいをつぶさに感じる。
能って、謡もくぐもった感じの発声ですが、狂言のほうはストレートに声が出てる感じ。

素囃子、お囃子好き、しかも「獅子」好きな私には思わず「ヤッター!」な演目でした。
音もリズムもすべて、熱くなるのですよね。
一噌幸弘さんを、久しぶりでみたような気がしますが、個性的な、いい音を出しますね。
広忠さん、いつもながら真摯な音をだされていて。かけ声がちょっと変わった。
というか、私、お能(囃子)の舞台をみるの、久しぶりだったのですよね。

やっぱり、お囃子って、いいなあ。謡って、いいなあ。
行ってよかった。

ほんとにカンタン。すみません。

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2010/07/08

あこがれの八千代座

三響会ブログで、傳左衛門さんの日記が更新されていました。

コチラ

今回の「伝統芸能の今」はツアーなので、全国各地に行かれていますが、その中に、熊本県は八千代座の公演も入っていたのですよね。

八千代座…。
今年私は香川県の金丸座に行きましたが、それと並んで、一度は行ってみたい芝居小屋なのです。
実は今回も、「伝統芸能…」の公演、八千代座に、ものすごーく惹かれたのですが、日程も予算も合わず、諦めました。
でも、いつかきっと、行きたいと思っています。

傳左衛門さんがブログにアップしてくださっている写真をみると、ますます思いがつのります…。

2010/07/02

伝統芸能の今@鎌倉芸術館

今年の「伝統芸能の今」は、なんとツアーになりました!
私は6月30日、鎌倉芸術館でのお昼の公演に行ってまいりましたconfident

この公演は、亀治郎さんと三響会のご兄弟の合同公演であり、ゴールドリボン基金チャリティー企画でもあります。
なぜそういう企画をするに至ったかは、座談会のときにたっぷりとお話くださいましたが…

公演の内容としては、三響会でやっているような、歌舞伎と能の融合、伝統芸能をあらためてみつめ柔軟な発想で表現してみる…といったところでしょうか。

以下、簡単な感想です。


舞囃子 道成寺組曲

三響会の定番、人気の「道成寺組曲」、今回は亀治郎さんの素踊りも加わっての新しい演出でした。
幕があがると舞台は真っ暗、お囃子方が舞台前方に座っているのはわかりましたが、途中、謡が入ったときに、どこにいらっしゃるのか全く見えてない状態。
(真っ暗だから無駄な努力なんですけど)きょろきょろ探してしまいましたcoldsweats01

お囃子はさすがの迫力、謡は落ち着いた安定感があり、三響会ならではの「わくわく」感がありました。

亀治郎さんの舞は、やはり腰の位置の低さ安定感、手の美しい動き、などなど…やはり魅せてくれます。
が、こうしてお能方の謡で舞っているのを見ると、やはりお能と歌舞伎の舞は違うんだなあ、とつくづく感じます。
歌舞伎の動き、柔らかいんですよね。
お能はあんなにはんなりしてなくて、もっと硬質な緊張感があります。

こうした組み合わせで観れて、双方の違いを観じたりできるのも、三響会の楽しみのひとつです。


(間に 座談会→休憩 を挟んで)

一調 屋島

広忠さんの大鼓に、坂口貴信さんの地謡。
さきほどの「道成寺組曲」とは全く異なり、力強く互いのエネルギーをぶつけあうかのような響き。
それが「一調」の持ち味でもあるのでしょうが、この空気感が私はとても好きです。

「屋島」は題材としてもとても好きな一曲。
シンプルな演奏形態ですと想像力が無限大に広がって、もう私には堪りませんcoldsweats01heart02
本日も、思う存分、「屋島」の世界につれていっていただきました。


舞踊 藤娘

かわって今度は長唄です。

亀治郎さんの藤娘、はんなりと頬染めて、とてもとてもキレイでしたheart04
いつものことながら、手の動きがほんとーーーに!うっつくしい!heart04んです!
表情も、娘らしくて可憐で初々しくて。
お酒に酔った風情も、初々しい色気があったりして。

お囃子方、とても充実していたのですが、鎌倉芸術館大ホール、これまでの鳴物だけのときにはほどよい反響音だったのですが、三味線にはちょっと反響しすぎ…それでも鳴物と一緒のときは紛れていたのですが、三味線だけのときは気になってしまいました。
多目的ホールでこうした演奏をするのは、いろいろな点で難しいのでしょうね。

たっぷり女形の亀治郎さんの舞踊は久々でしたので、とても嬉しく拝見いたしましたheart01


座談会の様子は、以下にたたみますね~confident

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2010/01/28

獅子虎傳阿吽堂vol.5松

1月29日 世田谷パブリックシアター

獅子虎傳阿吽堂に行ってきました。
今回は、ゲストに太鼓奏者の林英哲さん、お能シテ方観世喜正さん、歌舞伎からは片岡愛之助さん。
レクチャーとお能一番、歌舞伎舞踊一番、という構成で行われました。
まずはレクチャーから。

レクチャー

まずはご兄弟お三方、舞台に登場。
今回の舞台は、能舞台のようなかたちで奥に橋懸りのような廊下?があり、階段を上って幕にはいる形式。
舞台の奥行きがあるので、通常なら舞台の裏である部分も見えているという感じ。
そして、三方に客席がある。
お三方の自己紹介をしたあと(ご兄弟であること、ご兄弟でお能・歌舞伎のお囃子方をなさっていることなど基本的情報ですね)、ゲストをおひとりづつご紹介。

林英哲さんは、世界で活躍する和太鼓奏者で、日本で初めて和太鼓という民族芸能の楽器を、“板”の上(舞台)に上げた方であり、日本で初めて“ソロ”で和太鼓を演奏するようになった方である。
ご本人いわく、民族芸能は内にエネルギーを秘めている伝統芸能と違って、汗を流して体力を使って、めいっぱいやってなんぼ、というもの。ちょっとアウエーな感じではあるが、頑張ります、と。
そして英哲さん、舞台袖へ。

次にお能シテ方、観世喜正さん。
お能は五流あって、各流派によって表現が違い、実は今週末(だったかな?)の公演では、宝生流と並べてお能を披露し、見比べることができるという趣旨のことをなさるそう。(残念ながらチケットはすでに完売)
今日は「高砂」という、誰でも知っているが、その全貌(?)はあまり知られていないものをやります、と。
実際、客席に向かって「高砂」をよくご存じの方、と聞かれましたが、手を挙げた方、あまりいませんでした。

最後に歌舞伎方、片岡愛之助さん。
愛之助さんは「老松」を披露してくださいますが、歌舞伎役者は拵えをして、白塗りをして、舞台にたっているので、素顔で出るのは(本日は素踊り)ことのほか恥ずかしいそう。
できれば顔だけでも白く塗りたい、とおっしゃってました。
「そういえば玉三郎さんも、同じことおっしゃってました」と傳左衛門さん。
(以前、亀治郎さんも、素顔で出るのって裸で出てるみたいな気がするとおっしゃってましたね)
「でも楳茂都流のお家元になったでしょう、それは素顔で踊りますよね」と傳左衛門さん。「そうですねぇ、少しづつ慣れてきましたけど」
そして、今後の出演スケジュールをお話して、舞台袖へ。スケジュール、10月まで一杯でしたよ。発表できるものでそれだけですから、きっとかなり先まで詰まっているのでしょうね。

さてゲストのなかでひとり、袖に引っ込まなかった喜正さん、実はこのあと喜正さんによる「高砂」の謡のご指導がありました!
まず姿勢を正して。
声はお腹から。
それだけです。
といって、喜正さんのあとについて、客席みんなで声を出しました。
最後の二節は、謡の調子が複雑でなかなかできませんでしたが…みんなで声を出して謡う「高砂」、けっこう頭に入りましたね。
楽しかったです。
客席が謡いおわったとき、傅次郎さん「宇宙がみえた~!」っておっしゃってましたよ(笑)


…と、ここまでで、なんだか長くなっちゃったので、英哲さんによる和太鼓演奏、能「高砂」、素踊「老松」についてはまた後ほど~。

2010/01/16

能楽現在形・劇場版

1月15日14時~ 世田谷パブリックシアター

能楽現在形 劇場版@世田谷
に行ってまいりました!
今回は、3日間の公演、すべて観世流ですが、おシテが毎回異なります。
この日のおシテは、半能「高砂」八段舞 に関根祥人さん、能「邯鄲」に片山清司さん。

公演パンフレットに、パブリックシアター芸術監督であり、出演者でもある野村萬斎さんのご挨拶があり、曰く
「能楽堂を離れてこそ、能をじっくり見つめなおす機会にもなる。能舞台とは何か。能楽師とは何か。そして、能とはなんなのか」(大意)
そもそもこの「能楽現在形 劇場版」には、
「能は能か、演劇か」
といったテーマが常に掲げられています。

今日は私は、2階席最前列で鑑賞。
当然、上から舞台を見降ろす感じになるのですが、これが、萬斎さんのこの言葉を、より考えさせてくれるよいポジションでありました。
ことに「邯鄲」において顕著でしたので、その感想をすこし。

舞台の構成は、いつもの能楽現在形@世田谷の、あの三本に伸びた橋がかり(といっていいのか?)のあるものです。
左右に伸びているものが二本、後ろに伸びる一本。
これを上から見ることにより、空間構成が非常によくわかる。
シーンによって、後ろに伸びる道が見えなくなったり遮断されたりすることで、舞台の閉塞感・解放感といったものが、物語の展開に効果的にはたらいています。

そして、その空間にちりばめられる照明効果が非常によくわかる。
シーンによってさまざまに照明の色や効果が変化します。
舞台の床に表現されたり、舞台空間全体に構成されたり、平面と立体の効果をうまく絡ませて使用しているのです。

舞台装置は、松羽目にあたるものが、松の絵が描かれたスクリーンになっており、これもシーンにより上下に動く。ちょうど、すだれのような動きです。
そして、舞台中央には、物語の重要なアイテムの、寝台。
なんとこれが、せり上がる!
そしてこともあろうに、おシテの片山さん、面を付けている状態ながら、せり上がった寝台を素早く下りたり、飛び乗ったり!
この動きにもびっくりでしたが…(お怪我なくてなによりです)
何よりも、これが動くことでシーン転換し、緊張感が増したり空間の拡張性が強調されたりすることに、びっくり!

こうしたシーン展開への舞台効果の関与をつぶさに見ると、能は演劇なのだと、思わずにいられません。
同時に、能楽堂で観ている能のありかたは、これと全く違うことにも気付かされます。
能楽堂で行われている能は、シーン転換の具体的表現などありません。
すべて、舞台上の演者(お囃子方、地謡方すべて含め)の表現にかかっています。
でも、ここでは、とても具体的に、それを、つぶさに、見せられた…。

どちらがいいのか、また、この表現が能なのか?といったことは別にして、
これだけ舞台効果というものが加えられると、比較的楽に、観ることができる。
わかりやすくなるし、ドラマチックになるのです。
反面、能楽堂でみているときの緊張感や、自身のなかに生まれる膨大な想像・イメージといった楽しみは薄れてしまいます。
いつもならおシテの動きや謡の詞章に集中しているのに、劇場版では、いろいろなところに視点がうつります。
気が散っている、ともいえるし、興味が次々にそそられるので飽きない、ともいえます。

この舞台はたいへん楽しめたし、お能の役者さん(という表現に、あえてさせていただきます)のポテンシャルの高さも、いたく感じることができました。
が、いっぽうで、自分の想像力をかきたててくれる、引き算の能に、もっと会いたい、という気分にもさせられました。
「現在形」ということの、いろいろな意味を考えるとともに、「能」の表現とはなんなのか、考えさせられるきっかけを、与えていただきました。

2008/12/23

無形文化遺産能楽

12月23日 ユネスコによる「無形文化遺産 能楽」第一回公演 @国立能楽堂

私の、今年の能楽鑑賞おさめは、この公演となります。
なんだか耳慣れない、しかも長々しいタイトルですが、ご存じのとおりユネスコの無形文化遺産のリストに登録されたことを記念して、始められたそうで。…よくはわかりませんが、良い演者で良いお舞台が多く観られるようになるのは、大歓迎ですよね。

能 松風 見留
シテ・松風の観世清和とツレ・村雨の浅見重好が、呼吸が合っていて見応えがありました。登場した橋懸りで、ふたり向き合うところなんて、ゾクゾクしちゃった。
でも今日はお席が脇でしたので(というか脇が好き)舞台、正面に向かって二人が同じラインで並んじゃうと、完全に重なって一人しか見えないの。で、ときどき「あれっ、ワキはどこ?シテはいずこに?」なんていう間抜けなことになってしまったcoldsweats01(ずっと目を離さずにおれない私がいけませんな・苦笑)
ワキの僧(福王茂十郎)も良かったし、それになんといっても、お囃子が!もー最強でしたよ。舞囃子(←これはなんというのでしょう?いろんな名称を相変わらず覚えられない私…sweat02)のパートなんて、ほんとにドキドキしてしまうほど、リズムがよかった。ほれぼれ。
地謡の印象がちょっと薄かったけど、たいそう凝縮された舞台で、とても良かったです。
観世清和さんのお声、好きですねえ。

狂言 萩大名
これ、以前にも観たことある。わかりやすい話である。
けど、テンポが悪かったら、笑えない。
野村萬さんの、間合いがよくって、大いに笑わせていただきました。

能 国栖
これも物語がとてもわかりやすかった。乾之助さんのおシテ、ここのところずっと、とても謡が聴き取りやすい。だからかもしれないですね。
この曲は、出だしがワキとアイの語りから始まる。珍しい。(そうでもないのかな?私が見てないだけかもしれませんね)で、状況が語られた後で、シテの老人が登場となります。
船に乗るんですが、乾之助さん、ちょっとハラハラしちゃった。でも…いかにも吉野の山の老人の風情で朴訥としていて、でも皇子を隠しとおすところなどは堂々としている様が、皇子に対する忠誠心を(しかも素朴な)表しているようで、物語性たっぷりでした。
奇跡が起きたあとの、後シテ・蔵王権現となってからは、まったく趣が異なり、スピード感のある舞で、力強く、気品高く。橋懸かりから登場したときの動きも、格好よかった〜!
素敵でした〜♪
こちらの地謡が良かったわ。
子方ちゃんがずーっと舞台に出っぱなしだったんですが、ときどき船を漕ぎそうでハラハラしたりして。追っ手のアイが登場した時、ものすごく声のボリュームが大きくて動きも大きくて、一瞬びっくり。
なんか本筋以外のとこで意外にドキドキしたところもありましたがcoldsweats01、お能にはめずらしく、とても寿いだ空気で終わるので、今年のお能おさめとしては、とてもぴったりでした。

200812231514000
↑国立能楽堂の中庭。

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2008/12/19

第7回能楽現在形

12月18日 @宝生能楽堂

居囃子「三井寺」。居囃子っていうのは、初めてみました。だから地謡のなかに六郎師…いえいえ玄祥師がいることを知らなくて(この日の私のお席は脇のちょっと後ろのほう。視力悪いので、お舞台の上の人の顔を見分けるのが難しかったのだ)お声が聴こえてはじめて「おぉ〜」となった次第。おはずかしいcoldsweats01
でも玄祥師のお声は相変わらずいいですねえ。
地謡方もよかったけど、玄祥師の飛び抜けて格の違うことはなはだし。
大鼓が亀井忠雄さんだったのですが、これもひきしまりました。

お能のほうですが、「芭蕉」
…うーん、私にはハードル高かった。「なんのこっちゃ?」な世界に突入。詞章とか、ちゃんと読んでおけばよかったなあ。以前、中沢新一の本で読んでてすごい興味があったんですが。不勉強でした。
前半よくわからなかったんで、アイの登場に期待してたんですが(アイの話って、いつも解説っぽくてわかりやすいんですよ)これまた禅問答みたいで…難しかりけり(←何語?でもこんなこと言っちゃいたいくらいでしたわ)。結局後半までまるっと、よくわからなんだ。
でも片山さんは美しかった。なんというか、「植物的」な感じがしました。月あかりに青白く浮かび上がる芭蕉の葉っぱの、静かに露したためるような風景が、浮かんでしまいましたよ。
序舞もよかった。それに、そのときのお囃子もまたよかったんですが、よかったことといえば、冒頭シテが登場する前にお囃子がつくりあげていた空気感がまた格別で、しびれました。

???な中にも感じた部分はありましたけど…また機会があったら、ぜひ見てみたい。そのときはもう少し、見れる私になっているだろうか。
後半なんて、あまりのわからなさに、「地謡の方たちずーっと座ってて大変だわー」(なんといっても2時間以上の大曲)とか「ワキの方も身動き一つせず○時間〜?ひえーほとんどゴウモン…」広忠さんの後見で忠雄さんが出てらしたんですが「このタイミングで再登場なのねー」などと、よけいなことばかり考えちゃいました(笑)これ、考えてたの私だけじゃなかったって、お帰りのときにご一緒したK様とお話ししてわかったので、妙にホッとしたりしてcoldsweats01
今日のお舞台は、きっと素晴らしいものだったようなので(見所がそんな雰囲気)とっても勿体なかったと思いますが、できればまた片山さんの「芭蕉」をいつか見たいです。


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2008/12/18

「黒塚」の乾之助師

12月14日、宝生会月並能に行って参りましたが、この日きちんと観ることができたのは、最後の曲「黒塚」のみでした。
仕事で遅れてしまったので…despairでもお目当ての乾之助さんの「黒塚」をしっかり観ることができたので、有り難いというところでしょうか。

「黒塚」は三響会でも拝見しましたが、能楽堂で観るのは初めてです。しかもそれが乾之助さんのおシテとはなんとも嬉しい。前シテの老女の乾之助さんはなんとか想像がつくものの、後シテの鬼女はどのようになるのかと期待でうち震えておりました。

果たして…悲しい せつない 消え入りそうな 一人の女性でした。
老いていようが鬼となっていようが、見えたのは一人の女性だったのです。今思い出しても、涙が出ます。
老女であるとか、鬼であるとか、それはそれまでの生でなしてきたことが与える「現象」なのです。ところが「本質」は、いたくそれを悲しんでいる。どうしてこのように生きてしまったのか。なんとか変えられないものなのか。それでも生きていくものなのか。
カラカラと巻取られていく糸車の糸に、細々と老女のいままでの「生」を語りのせていく乾之助さんの謡は、たまらなくせつないものでした。

後シテ、鬼女となってからは、過去に見た「黒塚」では鬼は山伏と、もっと戦っていました。じっさい、そのほうが展開としてはドラマチックでわかりやすいのです。
でも、乾之助さんと閑さんは、「戦い」とは少々異なっていた。…ような気がします。山伏は鬼女を退散させようとしているのではない。「本質」を語ろうとしている。そんなふうに、見えました。
痛いほどの本質をつきつけられて、それに恥じ入るように扇で顔を隠し立ち止まる鬼女の姿で、この曲は終わります。
以前見たものでは、最後鬼女は山伏に祈り伏せられ幕に引っ込むのですが、このたびの最後の、橋懸りでそうして佇むのが、どちらにも振れない心の迷いや悲しさのようでいたたまれなく、心に焼きつけられました。

この日の、このお舞台を拝見できて、こころから感謝いたします。
ありがとうございます。

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2008/10/05

塩津哲生の会

10月4日 第六回 塩津哲生の会 @喜多能楽堂

塩津さんは、春の乾之助さんの試演会のときに拝見して、強く印象に残っていた方。
その塩津さんが主催される会に、乾之助さんも舞われるということで、行ってまいりました。

仕舞 船弁慶
哲生さんのご子息、圭介さんのお仕舞。いやいや若い知盛でした。
勢いがあって若々しい。ものすごく力が入っている。そして、そんな中に、哲生さんを彷佛とさせる「武士っぽさ」が見えたのが嬉しくもあり魅力的でもありました。
乾之助さんの試演会の時に「鞍馬天狗」を舞った颯一郎さんの初々しい姿を思い出しました。

舞囃子 遊行柳
乾之助さんの舞囃子。大鼓に亀井忠雄さん、笛が藤田六郎兵衛さんと、私的に最強。
「遊行柳」は初見。緩急に富んだ構成でドラマチックな仕立と覚えました。が、主題は実にシンプルで本質的なもので、これまた私的に好もしく、乾之助さんの舞もある境地を超えた独特の品格があったので、たいへんに没頭いたしました。
乾之助さんを拝見しているといつも、肉体と魂のことを思います。芸がついてくると体がついてこなくなるとは、よくいわれることですが、確かに一理ある。けれども体が動きにくくなっているからといって衰えているとは私にはとても思えないのです。むしろ、その時々のご自分の役割というものを、十二分に悟って行うことのできる、そのことが私の心を打つのです。
それは今年のお正月に、歌舞伎座で雀右衛門さんをみたときも同じでした。
乾之助さんにはこの「遊行柳」という「命題」が、とても合っていたように思いました。

狂言 金岡 大納言
これは、面白い狂言でした。
絵師金岡が妻以外の美しい女性に恋をし、嫉妬した妻に「絵師なのだから自分の顔をその女性のように美しく彩れ」とつめよられ、絵筆で妻の顔に彩色するのですが、これが実際に舞台の上でなされるのです。狂言でこんなの初めてみましたが、解説によるとこういう表現はこの「金岡」のみにあるということ。
実際に、このたびの彩色は「おかめ」か「おてもやん」のようで爆笑してしまいました。が、ここでタイミングが悪かったり、彩色したものに品がなかったりすると笑えない。難しいところなのでしょうね。
妻の嫉妬ぶりには思わず歌舞伎の「身替座禅」を思い出してしまいました。

能 卒都婆小町
本日の大一番。「卒都婆小町」は老女もので、年をいった方が勤められることが多いのですが、まだ60代の塩津さんは、体の動くうちにぜひやっておきたいとのことでの挑戦だったそうです。
私は「卒都婆小町」を拝見するのはこれまた初めてですので、他の方と比べることはできませんが、塩津さんらしい、骨太で重厚な「卒都婆小町」だったと思います。
構成が複雑で、話も長いし、舞も入らないし、初心者の私には内容についていくのでいっぱいいっぱいでした。
でも、総じて感じたことは、やはり塩津さんは、最初に感じたとおり、どこか武士っぽいのです。無骨というか、頑固というか、地に足をしっかりつけたような「土」のエネルギーを感じます。そしてとても力強い。
なので、私が(台本の)「卒都婆小町」から想起したイメージですと、もっと負の浮遊感があったのですが、それとは異なる印象でした。
またぜひ、別の方のも拝見してみたいと思いました。そしてまた、塩津さんのほかの曲も、たくさん見てみたいと思いました。

↓以下、余談。


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2008/09/18

謡う心

先日拝見した国立能楽堂25周年記念公演2日目の、近藤乾之助さんの「大原御幸」について。
先に書いたとおり、当日は私がいまひとつの体調で、いつも以上にきちんと受け止めきれなかった、かなーり後悔の残る観能だったので、感想を書くのも憚られていたのですが、やはりこれだけは。

近藤乾之助さんの謡のお声が、耳に残っていて離れません。
せつなく悲しく、けれども愛がある、温かい謡でした。
こまかい心の襞に、染み入ってくるような、そしていつまでも離れないお声でした。

そのときの私にはそれしか受け取れませんでしたが、もし仮に、謡の詞章が聞き取れなかったとしても(たとえば外国人のように)きっと心に残るものとは、こういうもののことなのかと、思わされたものでした。

…自分自身の、覚え書きです。
ご容赦くださいませ。

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