今日のとあるミーティングで、なんとなく(あるいは必然的に)「風とおしのいい家」という話になった。
もともと建築とか、空間とかに携わっている方とのミーティングだったので、それぞれの空間への思い入れとか、ひいては自分が生まれ育った家はどんなだったか、という話に。(自分自身の、空間に対する思いの原点だよね、てことで)
私の育った家は、純日本建築である。といっても、そんなに立派なものではなく、昭和中期の、ごくごく平均的なものである。
玄関を入ると3帖ほどの畳の間があり(いまでいう玄関ホール、というものか)それをはさんで左側の南面が座敷、右側に家族の茶の間とか台所、和室なんかがある。いろいろ増改築をしてはいるが、基本は変わっていない。
小さい頃、床の間の脇の書院に腰をかけ、足をブラブラさせながら弟とおしゃべりしていると、足下の砂壁がぽろぽろこぼれ落ちる。もちろん、その感触が面白くて足をブラブラさせているのだが、母に見つかるといたく怒られた。いま思えば全部NGである。書院に腰掛けるのも、砂壁を落とすのも。子供心には「弟と仲良くおしゃべりしていたのに、なにがいけなかったんだろう?」(当時弟とは出会えばけんかだった)と思い、でもそれからは書院に腰かけるのは、やめた。
お風呂にはいるときは、土間からはいった。いまでいうきちんとした脱衣室はなかった。子供だからなんにも困らなかったが、母などは気兼ねだったろう。後年、ここはおちおうは仕切れる、土間ではない脱衣室になっだが、それでもお年頃になった私は、なんだか他から見えてそうで、いやだった。
弟がタバコを吸いはじめた頃、本人は必死で隠していたけど、部屋という部屋には欄間がついていたので、煙が筒抜けである。どうせわかってるんだから、言っちゃった方が楽になるのに〜と言ったけど、弟は頑として隠し続けた。いま思えば隠れて吸ってるのも、スリリングで楽しかったのかもしれないけど。
そんな家だったので、家じゅうの建具を取り除けばほとんど、ワンルームのような体裁になった。
若い時私はそれがいやだった。
プライバシーはないし、お友達が来たって内緒の話はできないし、だいたいポスターとか絵とか、飾りたいお年頃なのに、壁がない。なんだか安心して暮らせなかった。
キッチンも、お風呂も、トイレも、使いづらかった。
そんなだから、ものすごく風通しのいい家だったんだろう、と思われるだろう。
ところが!
実家には、家のど真ん中、それこそ「臍」にあたる部分に、作り付けの収納が集中していたのだ!Oh!…というわけで、プライバシーがないのに、風通しはえらく悪かった。光も、奥の部屋にはあまり入ってこなかった。
だから、風通しのいい家にとても憧れた。
プライバシーも保てて、家族がみんな集まれるような、明るい光に溢れた家が、理想だった。
いま思えば、この「不便な」思いが、私の住空間への思いの原点である。
いままでは、これが大嫌いで仕方なかったのだが、今日いろいろはなしたおかげで、そういう家だったからこそ、今の私の仕事につながっているのだなと…。
初めて、感謝いたしました。
いままで、気付かなくて、ごめんなさい。そして、ありがとう。
最近のコメント