お芝居

2011/12/24

イブの夜に「ロッキーホラーショー」!

12月24日19:00- @神奈川芸術劇場

ワタクシは、開演前えらく悔やんでました。
なぜこんなフツーの服装で来てしまったのか。それも仕事帰りの黒っぽい普通の服で。
コスプレとまでいかなくてもせめて赤いファーを持ってくるとか、派手なネイルにしとくとか、
いや黒い服だったとしても、いっそ「魔女」にまで見えるくらい「まっくろ」にしてなかったのか。

…と思うくらい、客席は、「ロッキーホラーナイト」を楽しもう!という気概の方でいっぱい!でした。
だって、ホールにいる方を出演者かな~と思ってたら普通のお客さんだったんだもん。コスプレだったんだもん。
おまけに客席では、悪魔カワイイ女の子がポップコーンを売っていて、お買い上げごとに「ありがとうございます~!」パチパチパチ、と大拍手をしてくれるのだ。(客席は飲食禁止だから、お土産用ね)

でも!
始まった途端、そんなことは忘れて、もーうノリノリ!でしたよhappy01notes

この公演はまだまだ福岡→大阪→東京と、2ヶ月以上続くので、感想はたたみます

ともあれ、ワタクシのクリスマスイブは、「ロッキーホラーナイト」notessign03notes
もうもう、楽しくて嬉しくて、大盛り上がり~noteでした!

ちなみにこの日は出演者の中村倫也くんのお誕生日ということで、カーテンコールでハッピーバースデーの大合唱!
ローリーがプログレッシブタッチで「ジングルベル」を演奏してくれたりして、もうホントにライブのような盛り上がり。(新感線て、そうなのよね)
ここんとこ寒い寒いと言っていたワタクシも、久しぶりに熱い汗をかきました!happy01heart04

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2010/10/20

じゃじゃ馬馴らし

10月20日 @彩の国さいたま芸術劇場

楽しみにしていた亀ちゃんの「じゃじゃ馬馴らし」、今年前半は舞台三昧だった亀治郎さん、後半は久々の舞台、という印象。待ってました!

シェイクスピアはやっぱり台詞劇なんですよね。
台詞が長くてコトバあそびがふんだんで、とても形骸的で機能的で装飾的。
すどんと心に突き刺さってくるのではなくて、はらはらと、体の周りに美しく降り注ぐ。

蜷川さんはその持ち味を存分に生かしつつ、スピーディに現代的に仕上げていた。
長い台詞、ともすればあまり意味のない。その美しさを理解しようと思うと、そこで引っかかってしまって次のシーンがもうわからない。
そんなことがいっさいなくて、次から次へと楽しめた。

場面転換も、プロットの運びも、まったく淀みがなくて、楽しくて、息をつくひまもなかった。

すごいな。

亀ちゃんのキャタリーナ、前半はものっすごいはねっかえり。
ひねくれててお転婆で、口が達者で、怒涛のエネルギー。
おまけに、女性らしさはあるわ、男の地声は出るわ、歌舞伎のにらみが出るわ、それらがかわるがわる瞬時に繰り出されるものだから、もう面白くて楽しくて、舞台の亀ちゃんから目が離せなかった。
「十二夜」の麻阿を彷彿とさせる、いやもっと自由な動きっぷり。
後半、徐々に従順になっていくのだけれど、その従順っぷりも、本心なのかよくわからなくて面白い。
テンポよく、軽やかに動いて、ひたすら楽しませてくれた。

が、最後の長台詞は、聴かせてくれた。
こればっかりは、「機能的にはらはらと降り注ぐ」台詞じゃなくて、心にぐぐっと入ってきた。
ここだけを、聞かせたかったのかもしれない、他は装飾としてふんだんに華咲かせておいて、と思った。さすがである。

ペトルーチオの筧さん、亀治郎さんに負けぬパワーで、しゃべるしゃべる、強引に押し付ける、踊ったり歌ったり歌舞伎調に台詞いったり、これまた八面六臂。
この、かみあってるのかかみあってないのかわからない、二人の絶妙なバランスが、とにかく暴力的に舞台に惹きこんでいった。
このエネルギーがすごいんだけど、なぜか“too much”じゃないのである。
他の役者さんたちとのバランスが、とても良かったし、シーンの分量も良かったのではと思う。

シェイクスピアなんだけど、とってもわかりやすくて(まあ、そういう作品ではある)、理屈っぽくなくて、お腹を抱えて笑いたくなるシーンがいくつもあった。

とっても楽しめたんだけど、ふたりの間に「愛」は育つのかなあ。
手慣づけたり、従順になったり、その奥には「愛」があってほしいなあ。
夫婦って、結婚って、なんだかなあ。

それにしてもかなり間近でみた亀ちゃんのデコルテが、とーっても美しくて、いまだに目に焼き付いております。
ちょっと、というか、すごく、ドキドキしちゃいました。

う~ん、また観にいきたいっ!

2010/07/11

人生初・宝塚!

7月10日、宝塚 宙組公演初日 宝塚劇場

舞台を観るのが大好きな私ですが、今まで宝塚を、実は「食わず嫌い」で観たことなかったのですcoldsweats01
でも食わず嫌いでは失礼な気もして、
一度くらい観てみてもいいかな〜とは思ってはいたものの、
これにその額のチケット代払うなら、別のものが観たいわ〜!と機会を逸してたんですよねsweat01
(この言い草!ファンの方、ごめんなさいー!)

でも今回は、お芝居をよくご一緒している友人に連れていっていただきました。
友人は子供の頃からのヅカファン。
長年応援してきた大空祐飛さんがトップになった今のうちに観に行こう、とお誘いいただいたのですhappy01shine

劇場にももちろん初めて足を踏み入れたわけですが、なんだかロビーからキラキラshineですよ。coldsweats01heart04
私が行ってる劇場とは雰囲気が全然違う!
キレイで華やかでshine女性らしさに溢れてるheart04感じ〜!もう…お花が飛んでるよ〜
(私がいつも観てるのって、歌舞伎のほかには新感線とか大人計画とかだもん、そりゃ違いますって!)
そういえば昔テレビで宝塚の舞台をみたときに、このキラキラ感になんだか照れてしまって、直視できなかったんですよね〜。

ま、ともあれ今回は生粋のヅカファンの友人が一緒なおかげで、そんなに照れることなく興味津々で着席。
今回の公演は、お芝居「トラファルガー」と、グランドショー「ファンキー・サンシャイン」の構成。
これは、初宝塚ならば、あの大階段を派手な衣装で降りてくるところは絶対に観たい!という私のたっての希望にぴったり!

結論からいうと、けっこう、楽しみました!
それぞれの感想、タタみますね~happy01

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↑まさか、家にこれがやってくる日が来るとは~!
 誰を観たのかさっぱりわからなかったので、パンフレット買ってきましたwink

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2009/09/05

「狭き門より入れ」

9月4日19:00~ @PARCO劇場

佐々木蔵之介さんのユニット「Team申」の第三弾公演。
脚本・演出を新進気鋭の前川知大。出演者は蔵之介さんのほかに市川亀治郎、中尾明慶、有川マコト、手塚とおる、浅野和之 と、主に舞台畑の実力者が並ぶ。

私は亀治郎さんが出演してなかったら、きっと観ていなかった。
なんといっても亀治郎さん、初の現代劇での舞台出演。観るほうもドキドキ、なのだ。
果たしてこの作品は、ものすごく私の好みで、心に深い爪痕を残してくれた。

以下、なるべく本筋には触れずに語る、超・私的感想。
でもネタバレあるかもなので、未見の方は要注意でございますよっ!happy01


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2009/07/22

いれものと、その中にはいるもののこと2

観れなかった扉座公演 「新浄瑠璃 百鬼丸」

今月上旬に、紀伊国屋サザンシアターでやっていた、扉座公演。
この演目は再演である。
初演をみたとき、下敷きとなっている手塚治虫さんの「どろろ」のこととか、その演出の組み立ての面白さとか、また大好きな浄瑠璃仕立てであることとか、さまざまな要素が折り重なって、私の扉座観劇史上(こういうとすごいけど…設立のころからけっこう観ているのよ)3本の指に入るくらい、好きな作品となった。
なによりも、(手塚ワールドではこのテーマはかなり語られているけど)「肉体と魂」の表現に、心打たれたのだった。

今回、非常に楽しみにしていたが、わけあって観れなかった。
横内さんのことだから、さらに研ぎ澄まされた表現になっていたのではと、楽しみにしていたのだが、とても残念だった。
なので、今回の公演に思いを馳せつつ、前回(といっても5年くらい前?)の印象から、私の感じた「いれものと、その中にはいるもの」について少し語ろうかと思う。


ご存じ「どろろ」は、父親が天下を取りたい野望と引き換えに、魔物と取引をしたために、体の48の部分を失ったままで生まれてくる「百鬼丸」、そしてひょんなことからそれと出会った「どろろ」が、百鬼丸の失われたからだを求めて旅をする話である。
48の魔物と対決し、それを克服したらからだを取り戻せる、そのための旅である。

マンガの原作ではどろろは可愛らしい子供で、百鬼丸は仮の体のハンサムボーイだったが、舞台ではどろろはいい大人なコソ泥(なんたって演ってるのが山中崇史さんだもんね)、百鬼丸はのっぺらぼうの人形だ。そして影分身のように、「声=魂」役の高橋麻理、「影=肉体」役の累央が登場する。
これが、うまい、と当時の私は唸った。

百鬼丸は最初は肉体がないのだ。
目はガラス玉だし、手足も自由に動かない、口もない、肉の塊みたいな存在なのだ。
でも、「魂」は宿っている。
そして、その「魂」はとても清らかだ。
自分の体を売った父を憎んでもなく、母をひたすら慕い、母に自分の姿を認めてもらうためだけに、肉体を得るべく戦い抜く。
この「魂」に、高橋麻理の澄んだ声がとても似合っていた。

いっぽう、肉体のほうは、ひとつひとつ魔物の壁をクリアしていくごとに、手足を得、目を得て、だんだんと「肉」を持った体でさまざまな事象を感じることに喜びを見出してくる。
本物の手で握った刀の勢い、本物の声で叫んだときの気持ち、本物の目でみた優しい女のひと。
喜びと同時に、肉体をもった故の痛みもだんだんと感じるようになる。

舞台の終盤、ほとんど完全なる肉体を手にした百鬼丸だが、その肉体は喜びよりも、父への憎しみ、母への恨みでいっぱいになってしまう。
肉体を得たからこそ観じてしまった、肉の痛み、現世での生の痛みがそうさせたのだろうか。
いまだきよらかな魂は、必死でそれを止めようとする。が、止められないのだ。

そのころから私は、ずっと「魂」と「肉体」と、その「学び」について考えていたので、これは想像どおりといえどもものすごくショックだった。
肉体は現実のもの、魂は理想郷のもの、と、目の前につきつけられたような気がしたのだ。
魂のままなら、本質的に、そして宇宙の流れのままに、生きられるのか。
肉体をもったなら、その「痛み」でもって、恨みや憎しみといった現実に、のみこまれてしまいそうになるのか。
いやそうでなくするために、人間は「肉体」に「魂」を宿らせて、学びの生涯を送るのではないだろうか。

いろいろなことがぐるぐると廻りめぐって、結局答えがみつからなかった。
今回、新たに観ることで、またその答えに向かえるきっかけになるのかなと思ったが、思いがけずその機会は失われた。
これは、そんなきかっけを与えなくても考え続けることなのだよ、といわれたような気もした。

48という数は、いろいろなところでよく目にする数字だが、人が肉体を脱いで49日目に仏になると言われていることを考えると、その間の48という数を得るために行動している百鬼丸のこの話が、余計にそういうことを象徴していると感じる。
肉体と魂の狭間にいる、「生」をあらためて問いかける、この話(この場にあってはこの舞台)をあらためて、深く観じてしまうのだ。


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2009/01/29

リチャード三世

1月29日 「リチャード三世」@赤坂actシアター(18時30分開演)
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いのうえひでのり×古田新太 による、なんていうか、ニューウェーブ・シェイクスピア。
前半はリチャードが悪事のかぎりをつくし王位に上りつめるまで、後半はその後の転落。115分、休憩20分、70分で、18時半開演の終演は22時頃。でも長さは全く感じさせなかった。


↓ちょっと長くなっちゃったので、たたみます。
千穐楽まであと少しですが、多少のネタばれあるので、これから見る方はそのつもりで。


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2008/12/05

クライマックスな日々

12月4日 劇団扉座 第42回公演「人生のクライマックス」 @紀伊国屋ホール

に、可愛い相方ちゃんと行ってきました。私の人生至上、もっとも長くファンであり続けている劇団扉座。(なんてったって、旗揚げのときからですもん!)今回も、扉座らしく、とっても笑わせてくれて、そしてほろりと温かい気持ちにさせてくれました。

まだ公演期間中なので詳しくは避けるけど、扉座の舞台にはいつも「ほんとうのこと」がある。
「そういうことを、忘れちゃいけないんだよ」と、伝えてくれる。
…でも、忘れてるわけじゃないけど、人生のなかでそれを守れないことがたくさんある。だめな自分。寂しい自分。なんだかうまくいかない自分。埋没しそうな自分。それを正しいんだと置き換える自分。
それもひっくるめて、ちょっとズレた「一生懸命」を、愛をもってみつめてくれる。
そして、もういちど、言う。
「でも、そういうことを、忘れちゃいけないよ」

もういちど、「忘れちゃいけない」と感じたときはある意味クライマックスなのかと思う。それは何度も訪れる。だって、「忘れるとき」が何度もあるから。
だからいつだって、「少しだけ」届かないのだ。

いつも扉座の笑いは、センスが良くて品があって、ちょっとブラック風味もあって、でもけして傷付けない。ほっこりと心地よく笑えるのだ。
そして、自分の中に眠っている「ほんとうのこと」をちょこちょこと刺激されて、せつないけどやっぱり明日、がんばろう!と思うのだ。
もう少し、やさしく温かく生きようよ、だってそれが「ほんとう」だから。
と思うのだ。

今回も、扉座さん、素敵な舞台をありがとうございましたshineshine


そんな扉座の舞台は、12月7日まで、新宿紀伊国屋ホールにて。
まだチケットは少々ある様子、急いで!(^-^)/

2008/09/06

消える小劇場

先日閉館を発表したベニサン・ピットに続き、新宿シアタートップスも、来年3月でクローズだそうです。
コチラ

横浜ボートシアターかあ。
懐かしいー。
説経節系の題材をよくやってて、しかも本当にボートで上演してたのよねー。

ベニサンも味のあるいい劇場だったのに、どんどん小劇場がなくなっていってしまうの?
あんな小さいハコでは利益にならんてことなのでしょうか。(大劇場で華々しく興行されるものに比べたら、チケット代も安っいし、客単価も低いだろうし)
いっぽうでは、高いチケットでも連日のように満員に近い入りの大劇場も、経営には四苦八苦らしいし…。

観劇人口って、けっこういると思うのですが、偏っているということでしょうかねえ。
いずれにしても、思い出がたくさんある小劇場がなくなってしまうのは、とっても淋しいですweep

2008/08/29

古田25周年て

他所様からの情報なんですけど。

来年は、古田新太俳優25周年ということで。
「リチャード3世」やるというのは聞いていたんですが、これ、これ、これもですよー!!!

INOUE-KABUKI 「蜉蝣峠」
   出演 古田新太
   作  宮藤官九郎
   演出 いのうえひでのり
   東京公演/2009年3月 赤坂ACTシアター
   大阪公演/2009年4月 梅田芸術劇場
   企画・製作/ヴィレッジ・劇団新感線

「作 宮藤官九郎」というのがちょっと気になるけど、ACTシアターというのも幾分気になるけど…いやいやどうよ。
タイトルからだと何が題材かいまひとつ想像できません。が、、、
詳細発表に期待しましょう。

2008/08/19

生まれたてみたいな、、松尾スズキ。

というわけで(?)「有言実行」@北島康介くん にならい、早速至近のカンゲキから。
8月18日 「女教師は二度抱かれた」大人計画 @シアターコクーン
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久しぶりの、舞台の、松尾スズキさん。単純に、うれしい。

今回の話は、たったいちどのセックスで人生が総崩れになった女教師・山岸諒子(大竹しのぶ)と、その原因であるもと生徒でいまは演劇界の風雲児と呼ばれる演出家・天久六郎(市川染五郎)の再会を軸に、歌舞伎界の異端児・滝川栗乃介(阿部サダヲ)などが絡んで、どーしようもなく壊れていったり、どーしようもないのに壊れなかったりする、物語。
こう書いてしまうと、「なんてこった」なストーリーなのだが、その奥に見えかくれするキリキリしたせつなさだとか、ギリギリのところで移行していく感情だとかが混ざりあって、深く深く、人間だとかその事象の中にはまり込んでいく渦のようなものを感じる。
松尾さんの作品では、もともと「ものすごくせつない」とか「たまらなく悲しい」といったものがない。「あれ?いまとっても、せつないと思ってたのに、違ってたのかな」とか「悲しそうだけど、それって、バカらしいじゃん?」みたいな、いつでも裏表がいっしょくた、みたいなとこがある。ボーダーがないのだ。
それは今回も変わらないんだけど、なんだかそのボーダーが、素直に表現されてるように感じた。

いままでは、悲しさやせつなさの照れ隠しのあまり、あるいは人間がそうそう正直にそんな感情だけを持ってるわけないだろう、みたいな感覚で、松尾さんは、いろんな余分(演出、ともいうか)なものをありとあらゆるところに積み重ねていた。だから、なにもなかった地表に、積み上げられ構築されたそれらで、表面はギザギザ、ガチャガチャ、バサバサしていた。
でも、今回のは、同じテイストっぽくありながら、なんだか、むきタマゴみたいだった。
つるつるしてて、湯気がたってるの。生まれたて、みたいな、そんな感じ。

なんだか、松尾さんの自分自身の、禊、っていうか、そんな感覚を感じてしまった。

で、ボーダーがない、という感じは先の映画「クワイエット・ルームにようこそ」でも味わったもの。
正気なのか狂気なのか、壊れないのか壊れていくのか、せつないのかバカらしいのか、はいつも紙一重で、どこからがどう、というのはない。一緒に、存在している。
そのことが、私には少しだけたまらなく、愛おしかった。

大竹しのぶは、いつも期待を裏切らない達者さで、今回は狂ってしまった女の役なのだけど、どこまで本気で受け止めたらいいのか、その境目がさっぱりわからなかった。どこも真剣に対応してしまいそうだし、それにしてはなんだかおかしいし。キュートで、変で、長時間は相手にしたくないような…。登場して最初の声が、市原悦子みたいで、笑った。
染ちゃんは、歌舞伎のファンの人は(まあ、私も歌舞伎ファンではあるけど)どう思うの?と心配になるような、だらしのなーいフラフラした役で(劇中においてはいちおう二枚目的な位置なんだけど)個性のきつい大人計画の中にあっては、存在が薄かった。けど、それこそが、この役の持ち味なんだろうと思う。きっと、こういうの、やってみたかったんだろうね。いつも様式の中に生きてるひとなのに、妙にリアルで、笑った。
サダヲちゃんは、本職の歌舞伎俳優・染ちゃんの前で、歌舞伎俳優の役をやらなきゃならなくて、大変だったろうなあ(笑)。でも、大人計画ふうの、堂にいったなかなかの歌舞伎俳優ぶりだった。いつものことながらこのひとの器用さには、恐れ入る。そして、団員だからといってしまえばそれまでなのだが、松尾ワールドをシュールにリアルに表現できるのはやっぱりサダヲちゃんならでは。相変わらずなにをやってもキュートだし、歌のクオリティがやたら高くて、へんに笑った。
そして、松尾さん。今回変な役で4回登場する。インチキフランス語とかインチキ韓国語とか、あとはレロレロしゃべるから、なにいってるのかさっぱりわからない。んだけど、歌と踊りはパキッとしてて、あれ、なに、松尾スズキこんなのできるの?と。目論みに嵌った感、大あり。ハタ坊と同じ頭をしてたところに、なにやら今回、集約されたものを感じる。いままでは、薬飲まなきゃ(脚本)書けないし、でも書かないと息できないし(マグロか)っていう閉塞感を感じていたのだが、今回、ちょっと空気が抜けてたような気がして、良かった。

という、なんとなく新たなステージの松尾さんを見れたような気がした舞台だったが、積み上げても積み上げても壊しちゃう、出かけても出かけても戻っちゃう、みたいなちょっと病気で正気な松尾ワールドは、相変わらず。そこのところが、うなづけないところであり、愛しいところでもあり。
たいへん楽しませていただいた。

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