ウルトラミラクルラブストーリー の感想
6月某日、待ちに待った映画「ウルトラミラクルラブストーリー」を観る。
もちろん松山ケンイチさんが目当てであったのだが、作品自体がとても印象深いものであり、このような作品に出ている松山さんがまた好きになる。
これは、タイトルのように「ラブストーリー」ではあるのだが、その「ラブ」とは恋愛のみならず。
人間界、いや自然界にあふれる「ラブ」の話で
「いれものと、その中に入るもの」=「肉体と、魂」の話なのだった。
魂、というのがいささかこの映画に不向きだとしたら、「エネルギー」とでも言い換えようか。
どちらにしても、ここ数年来私にとってとても重要課題であったこの命題が、描かれている(と私は感じた)という意味で、とても印象深いものなのであった。
松山ケンイチさん扮する「陽人」は、とても可愛い。生まれつきの障害を持っていてそれゆえの言動が少々迷惑ではあるが、それもひとつの個性、そういう共通認識の中で普通に、田舎の人々のなかで農業をやって、生きている。なんていうか、「生まれたまんま」な子供みたいな印象である。
それが、町から来た「町子先生」(←保育園の先生。麻生久美子さん扮する)にひとめぼれする。
そこから、陽人のはかりしれないエネルギーがミラクルに展開する。
生まれたまんまなひとが、恋をして、夢中になって、突っ走る。
相手にぶつかって、初めて相手のためになることを考える。
でも、エネルギーは止まらない!
それは、「常識」を打ち破り、相手と自分との境を乗り越えた。
「肉体」という境さえも。
境のないエネルギーは、生き続けるのだ。
相手と時には交わって、そして時には違う存在であることをことさらに印象づけて。
肉体という「いれもの」に入っている私たちなので、無意識にその「境界」を感じながら生きているわけなのだが、ここではその「肉体=境界」を超えて、とめどなく拡がっていく、あるいはつながっていく、∞な広がりを感じさせてくれて、本来ある本質的なものが見え隠れしていて、自分の「センター=核?」の部分をいたく刺激された。
コトバでは表現できない、なにものかがこの映画にはある。
なんだかよくわからないけど、本質(=ラブ、?)に語りかけるなにかが。
エネルギーの持つ無限(夢幻?)のチカラを感じざるをえない、そして同じように肉体という境界を持ったものの存在のありがたさを、
私はこの映像を観ながら、いっぱいに観じていた。
観終わってもなんだかよくわからずに(コトバで表現できないと、ちゃんと受け止められていないんじゃないかという、今の教育のもたらしたなんとなく厄介な不安感があって)
朝一番で観たのに、同じ日の夜、もう一度観てしまった。
結果、コトバじゃなくても、感覚でも、ちゃんと受け止めていられる(=自分のエネルギーで、受け止める)ことを、再確認したのだった。
もともとこの映画は、全編青森弁。
じつをいうと、ほとんどなにを言ってるのか正確にはわからなかった。
音楽みたいな感じ。
でも、エネルギーはちゃんと伝わってくるのだ。
そう思うと、いちばん大切なことは、コトバでなくても伝わるのかもしれない。そう感じる。
…きっとこれは、読んでもよくわからない感想でしょう。ゴメンナサイ。
でも、興味をもたれた方はぜひぜひ映画館でみてください。
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