文楽

2010/01/06

2月の文楽

今日は、2月の文楽公演のあぜくら会先行チケット発売日だったのですが…

発売開始の10時にインターネット販売のスタンバイをし、首尾よくほぼ10時に入れたと思ったのですが、
お目当ての、3部「曽根崎心中」の、取れたお席がすでに…
真ん中くらいの位置!
shock
これが一番人気だろうから、最初に入ったのに~!
なんで~?と、意を決して他の席もあたってみるも、出てくるのはさらに良くない席ばかり。
前のほうが取れるかと思っていたのにweep
一度離したらまた同じ席が確保できる確率も少ないのだ。
あきらめて、かなーり、妥協の席を取る。

次に2部「大経師昔暦」にアクセス。
これは、住大夫さんが出るので、ぜひゲットしたかった。
こちらは比較的すんなり、まあまあの席が取れた。

にしても、いくら「曽根崎心中」が人気だからって、前のほうの席はどうやったらゲットできるんでしょう?
電話のほうがいいのかなあ。
でもつながったためしなし。

む~ん。また試行錯誤だわん。

歌舞伎といい文楽といい、チケットゲットには毎回汗と涙なのでありますcoldsweats01

2009/09/03

いれものと、その中にはいるもののこと3

いまさらですが、5月の文楽公演についてちょこっと。

5月の文楽公演は、第一部を鑑賞。
このときで文楽はまだ3回目、初心者中の初心者もいいところだけれど、このころ竹本住大夫の「文楽のこころを知る」という本を読んでいたこともあって、新鮮な興味が最大級にもりあがっておりました。
一部が「寿式三番叟」「伊勢音頭恋寝刃」「日高川入相花王」の3本、二部が「ひらかな盛衰記」の通し。

いうまでもなく文楽は、人形を通して大夫が語るものなので、人形をつかうひと、義太夫を語るひと、それぞれがひとつになって人形にいのちを吹き込んでいきます。
詳細は異なりますが、この演目のいずれも、私は歌舞伎でも観ています。生身の役者さんと人形の、そのあたりの表現の違いはたいへんに興味深いものがあります。

いつでしたか、文楽の人形を準備する人形方の話を、テレビで見たことがあります。
頭を選び、衣装を選んでかさねていく。手をつけたり、男役なら足をつけたりする。髪型や櫛などの飾りも選んでいく。
役によって基本はもちろん、決まっているのですが、そのときどきでの工夫や思い入れがあるのです。
そして、その過程で人形がだんだんと生きてくる、と話されていました。
そして大夫の話によると、舞台上で人形の動きはあまり見ていない。ほとんど「気」で動くのだそうで、人形方と大夫との阿吽の呼吸、空気感がつくりあげていくのだそうです。

それは私には不思議なことでした。
人形をつくっていく過程でだんだんといのちが容れられていくのはわかる。
でも、舞台で確認しあわなくて、それは宿るものなのでしょうか。
普段の稽古がものをいう、といわれる古典芸能の特性なのか、それとも、いのちというものは、意識の上のことではその存在を際立たせることができないのでしょうか。
深い深い、無意識に近いところでもって、はじめてその存在を、表現できるものなのでしょうか。

でも観客として観ていると、舞台上の人形はたしかに、いのちがいれられ、気が高ぶったときは頬が赤くなっているようにも感じられるし、殺気立っているときは青白く見える。
人形方、そして大夫の、すべてのエネルギーは、すべて人形から発せられているようです。
本来は、その人が発しているエネルギーのはずなのに。

考えていくうちに、ひとは自らの持っているエネルギーを、他所にある「器」に注ぎ込むことができるのだろうかと、よくよく不思議になりました。
そうすると、「器」はさまざまな形態が考えられますし、ある程度(というか、かなりの程度?)意識(いや無意識の境地?)すればその器の間を行き来できるのだろうか。

…これは、芸能だけれども、「注ぎ込む」ということを考えていたら、どんどん不思議が増してしまいました。
ひとの持つエネルギー(魂)のチカラというものは、はかりしれません。


これって、私にとって根本的な事柄で、考えるよりも観じる事柄なのかもしれません。
この次は、文楽そのものにつて感じてみようかと思いますが。笑。


2009/02/18

女殺油地獄

2月18日 第166回文楽公演・平成21年2月
第三部「女殺油地獄」 @国立劇場小劇場

二度目となる文楽鑑賞。とはいえ前回は、「文楽鑑賞教室」だったから、本公演は初となります。
月末に松竹座で観る予定の「女殺油地獄」、歌舞伎では何度か観ている。文楽だとどうなるのだろうと、期待いっぱいで劇場へ。
今日のお席は下手よりの6列目。一度でいいからかぶりつきで見たい。

それは、さておき。

もー、面白いよっ!文楽っ!!
もーう、義太夫が、底のほうから深く響いて良いのよー!
人形の動きに、体温が、血肉が、あるのよー!
あーもう素晴らしい。
人形に体温があると書きましたが、それでいて人形ならではの表現がたくさんある。現実ではできないであろう表現の数々。その倒錯感が、またよいの。
虚構のなかの、リアリティ。リアルな中の、非現実性。非現実の表現から発生してくる、想像力をかきたてる、大きくうねるエネルギーみたいななにか。
そういう挟間にたって観ているのが、頬が紅潮するくらい楽しいの。

あー面白かった。
まだ、演目とか演技とかについてあれこれ言えることはなにもない。
でもでも、これはちょっと…ちょっと!ですわよ。堤防決壊!ですわ。
あぁ早く感想をきちっと述べられるくらいになりたい。

これをもって、松竹座もさらに楽しみになりました。
文楽の筋書きには「床本」がついてるの。これ読んで、比べてみよっと!notes

2008/12/13

文楽デビュー!

12月12日 「社会人のための文楽鑑賞教室」@国立劇場小劇場

…に、行ってまいりました〜!初の文楽!でございますshine
鑑賞教室だったためか客席には外人さんの団体も多く、学生さんもちらほら。もちろん観慣れてらっしゃる方も多くいたと思いますが、ほぼ満席の入り。補助席も出ておりました。
人気なんですね。とはいえ毎日毎晩かかっている歌舞伎なんかに比べたら、文楽は東京ではほとんどここでしかかからないし、しかも数カ月に一興行、20日間くらい。それに小劇場ですし(人形芝居ですから大劇場ではできないですものね)ご贔屓様は待ちかねているのでしょう。

さて今日の演目は「二人三番叟」から。
大夫、三味線の登場からして、初めて見るのでドキドキ。なんというか、始まり方がいかにも「芝居小屋」のような、いかにも「古典芸能」的な、儀礼的な様式があります。
析を打つひとが舞台に立っている〜!すべての段が「トザイトーザイ〜」から始まる!大夫は床本に一礼をしてから謡いはじめる!
文楽では当然のことなのでしょうが、今日の私にはすべてが新鮮でした。
「三番叟」の踊りじたいは、歌舞伎でもお能でも何度も観ておりますが、文楽のそれはやはり違うのです。今日のは、踊っている二人のうち、ひとりが疲れてしまい途中で休んでしまうのを、もう一人が励ましてまた踊り始める、というちょっとコミカルな場面もあったりして。
踊るのは当然、人形なのですが、細かい動き、息のあった踊りに感心。ことに鈴の段の微妙な動き方などすごかった。
そして、当たり前ですが、義太夫なんですよね!これも感動でした。義太夫の三味線の音、震えるようで心の琴線に届くのですよね。
いや良かったです。

そして、そのあとは初心者向けの文楽講座
こちらは、大夫の表現のしかたの多様性、三味線の感情表現について。歌舞伎などと違って、大夫ひとりで、すべての段に出てくる登場人物すべて演じ分けるのです。女も、男も、身分の高い、低いも、人物以外の説明的描写から物音まで。すごいことです。
そして、それを助ける三味線。これは、実際に、大夫が「音が震える…」というような語りのときに、三味線で「鐘の音」を表現するという実演をしてくださいました。双方合わせて「お寺の鐘の音が空気を震わせているのだな」と感じてもらうように表現しているとのこと。
謡い(語り?)も三味線も、歌舞伎に比べるとずっと雄弁です。もちろん、歌舞伎も義太夫ものですとぐっと表現が前面に出てきますけれど。
そして、人形の遣い方について。これも、実演とともに説明してくださいました。人形は一体を三人で、呼吸を合わせて動かすというのは聞いていましたが、具体的にどのように合わすのか、どういう分担になっているのか。ひとつひとつ説明を聞いていくと、簡単に三人、息を合わせることなどできなさそうです。右手、左手も違う人が担当しているので、拍手するだけでもタイミングがずれると大変!
で、そのあと後半の演目「菅原伝授手習鑑」(寺入り、寺子屋の段)についてのストーリー解説があって、解説はおしまい。
とっても楽しく、勉強になった解説でした。

「菅原伝授手習鑑」(寺入り、寺子屋の段)、これは先月の歌舞伎座、吉右衛門さんと藤十郎さんに新たな感動をいただいたばかり。
楽しみにしていたのに、なんと私、中盤意識が飛んでほとんど覚えていませんっ!(。>0<。)…なんかちょっと具合悪くなっちゃったんですよねー。貧血になったらどうしようかと思ったけど、後半なんとか持ち直しました!(^-^)v
なので肝心なとこがすっ飛んでいますが…持ち直したのがちょうど松王丸の頭あらためのあたり。わが子の首を見た松王の心の動き、かたや見破られまいかとビクビクする源蔵夫婦。このせめぎあい、心の葛藤の様子と、このあとの松王・千代がやってきてからの真実の吐露のシーン、どちらも、人形とは思えない心情の揺らぎや葛藤やつらさせつなさなど、一言では言い表せない複雑な動きが表現されていて、すごい迫力でした。義太夫の語りと音と、そして人形の動きとがすべて合わさった表現に打ちのめされました。
筋は同じですが、歌舞伎の表現手法と全然違うのですよね。驚きました。
途中観れなかったsleepyのは残念でしたが、実に見応えありました。

この「菅原伝授手習鑑」後半の大夫・豊竹英大夫が素晴らしかった。感情の振幅がとても大きく深くて聞き惚れてしまいました。それに、文楽の義太夫って、ものすごくいいです。
本日初めての文楽でしたので、見ること聞くことめずらしく、ただただ感動して帰ってまいりましたが、もっと見てみたい〜という衝動に、今、かられております(笑)今月はもうスケジュールが無理だし、そうするとこのあと東京では2月までないんですね。
…いや、これは…嵌ってしまいそうです。。。これ以上どーすんの!という声が…自分の中から聞こえますー。これからは絞ってまいろうかと思いますわcatface

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