アート

2009/02/17

色の秘密 ルオー収蔵作品展

2月14日 「色の秘密」ールオー収蔵作品展 @パナソニック汐留ミュージアム

仕事で汐留にいったついでに、駆け足で鑑賞。
パナソニックミュージアムは、駆け足で見られるくらいの広さでちょうど良いかも。

タイトルのとおり、ルオーの作品を「色」という視点からのテーマで展示解説したもの。
年代別に、初期の「光と影」の色濃い、どちらかというと白黒に近い世界から、だんだんと「色」を塗り重ね、「色の下に色をみる」ような作風になる課程を追っていっており、わかりやすい。
油絵だけでなく銅版も多く、その作品も銅版に濃い着彩を施しているのが興味深い。銅版というと、どちらかというと線が主体の硬質な表現方法が印象としてあったが、ルオーのものは肉感的で骨太で体温が感じられる作風なのが、なにか神経を逆なでされるような、下からえぐりとられるような、ちょっと衝撃だった。

油彩のものは、マチエールにこだわったという解説のとおり、何度も何度も塗り重ねられており、構成の複雑さ、塗り重ねられた色の重み厚み深みがある。
おまけに額がこれまたコテコテに塗り重ねられたふうな、彫刻とか彫金を施したもの。
描いているときにはその作品への思い入れ‥愛情執着こだわりが非常に強かったんではないかと思われる。

非常に濃い作品たちであった。
いままでルオーに対して、このように感じたことはなかったから、今回の展示の内容でそう思ったのだろうし、私の感覚も以前と変わってきているのだろう。
暗闇のなかに光をもとめて、必死に塗り重ねているといったような、そんな印象の展示であった。

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2009/01/22

Go to DNP

1月14日 ファン・ホーホストラーテン《部屋履き》 @ルーブル-DNPミュージアムラボ

ちょっと前になってしまったけれど、DNPミュージアムに行ったときのことを。
年末に一度予約していながら、体調不良で取り止めた見学だったが、今回再チャレンジ!浅草歌舞伎の帰り足で行ってきた。(浅草→五反田、都営地下鉄で一本trainだし、近いのよ!)

ここの展示は普通の美術展とは全く様相を異にしていて、ある意味「美術展」と思ってはいけない。
展示されている作品は、今回はファン・ホーホストラーテンの《部屋履き》一点のみ。展示内容とコンセプトによっては、本物の作品は一点もないこともある。
その作品について、様々な角度から観察し、見た人がいろいろなヒントを得ながら自分なりに掘り下げていける、あるいは想像できる、といった趣向の、いわば実験室みたいなもの。

あらかじめ予約を入れてあるので、受付でその旨を告げ、解説をしてくれるイヤホンガイドmusicのようなものを借りる。
これは、骨電動で音声を伝えてくれるので、鑑賞しながら、解説を聞きながら、同行の人と感想を語り合ったりもできるし、またその展示の前に行くと自動的に反応して解説を開始してくれる。たいそうなスグレモノだ。

ここの展示についてはいちおう順路が表示されてはいるが、基本的にはどのように回ってもかまわない。いったりきたりを、何度したって良い。
今回まずは展示室で作品を鑑賞し、展示室内にある投票箱(といってもデジタルのもの)に、絵の印象を投票する。あらかじめ印象を語る表現がいくつも用意されている。もちろん、その中に自分の思う表現がなければ言葉を追加することもできる。(これは別に部屋で、みんなの投票結果を見ることができる)
まずそうやって、自分の得た印象を具体的に表現して自分自身ではっきりと自覚したあと、次のブースに行く。

シアターでは、ファン・ホーホストラーテンの生きた17世紀オランダの時代背景を見る。歴史的背景、絵画の流れ、同時代を生きた絵画仲間たち、その活躍ぶり、その中にあってのホーホストラーテンの位置づけなど。
オランダ絵画は、一部の有名人を除いて(レンブラントとか)名前の認知度が日本では低いのではないか。(オランダ人の名前、長くて覚えにくいというのもあるかもcoldsweats01)実際、紹介される画家たちの名前を、知らなかった人も多くいたし、作品を見てあぁこれが!と思ったものも(作品だけは見ているのよね)あった。
また当時のオランダの世相を聞くとさらに作品への理解が深まるというもの。

次にホワイエに行く。ここでは4つの展示。
絵を立体画像にして(ホログラムのようなもの)その中に自分が入っていくというもの、画家のさまざまなプロフィールの紹介、作品に表されるもチーフの持つ意味、作品中の光の存在のしかたの意味を、それぞれのコーナーで体験できる。
作品のなかのモチーフの意味のコーナーでは、たとえば「キャンドル」についての当時の人々の印象、キャンドルといえばこういうものの象徴がある…といったような解説がなされる。
光の存在のしかたでは、作品で表現されている以外に、違う方向から光をあてた場合の変化のさまを画像で実験することができる。
しかも、その画像は、プリントアウトして持ち帰れるのだhappy01

いろいろな実験が自分でできて楽しいこと、一枚の絵についてたくさん掘り下げることができて興味深いこと、またさまざまな視点からその作品にアプローチできることの充実感などがあって、とても面白い展示である。
当時のオランダという国にあっての表現、という視点からさまざまなものの持つ意味を知ることができたのは私にとって大きな収穫だったし、光のあてかたによる表現イメージの変化を体験できたのも興味が深まった。(もともと私、絵画における光と影の表現というものに、非常に興味があるのだ)
ただひとつ、難をいうならば、ずべてのものがデジタル展示なので、電磁波に弱い方、あるいはペースメーカーなど使用されている方には不向きというところか。
そこの問題さえクリアしていれば、じっくり見れるし、なんといっても無料だし、それでこんなに遊ばせていただけて、ものすごく楽しいミュージアムである。

今回の展示は、5月16日まで。
イヤホン?の貸し出しの都合上、要予約だけれど、当日連絡してもキャンセルなどで意外と入れるかも。興味のある方はぜひ。とっても楽しいです!happy01shineshine

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2008/11/28

ボストン美術館浮世絵名品展

11_s_o

11月27日、すべりこみで行って参りました。
会期(11月30日まで)もぎりぎりなら入館もぎりぎり。17時半には閉館してしまうのに、入ったのが16時50分くらいですよ!coldsweats01
でも、そこそこな混み具合でしたので、比較的落ち着いて見ることができました。…館内放送で「あと10分で閉館です」っていわれたときにはさすがにあせりましたがdash

今回の展示は、時代別にされていて、その時々のエポック・メイキング的な主題が提示されていて、とても理解しやすいものでした。初期のものは色数が少なく(ほとんど朱と黄色系の色)顔料の種類も限られていたのだということも分かります。
鈴木春信の頃からとても色彩が豊かになり、見ているだけでも楽しいものになってきますが、時代により新しい顔料が手に入るようになったこととか、流行の色があったのでしょう、色彩感の変遷もみてとれて楽しいものでした。

全体には、いままで見たものよりも「役者絵」「舞台絵」が多く、歌舞伎ファンの私にとっては興味深いものでした。その時代の役者さんのことを詳しくは知らなくても、隈取りや衣装は今と変わらないものも多くあり、また絵師の表現により誇張されていたりリアルに表現されていたりという違いもあったりして、そのときの人々にとって、どこが印象強かったのか、何が受けていたのか、ということも(私の知識程度であっても)おぼろげながらわかります。

また当時の風俗を描いた作品も多く、人気のある遊女というのは、それはそれは憧れの的だったのだなということもよくわかります。

浮世絵自身の作風とはまた異なって、幕府の統制の程度も、よくその画風に現れていました。禁止項目がどんどん多くなっていくんですね。
絵師たちの芸術感覚的なものの変遷と、世間の流行と、政治的な統制とが絡み合って、さまざまなものをその絵のなかに見ることができて、たいへん興味深い展示でした。

そんな中、私が非常に興味を持ったのは「下絵」。他の美術展でも「素描」が展示されることが多々ありますが、そういう類いのものですね。試しに部分的に色をつけてあったり、線を何度も消してあったり、切り張りなどして構図の推敲のあとが見えたり、と面白いものでした。
あとは、記者発表のときに亀治郎さんが「お気に入り」として挙げていた三つの作品は、とっくりと拝見させていただきましたよhappy01この絵のどこがお好きなのかなあ、私はここだなあ、などと勝手に思いながら見るのもなかなか楽しいものでした。お気に入りのひとつ、このたびの展示のポスターにもなっている(上に画像を入れたものです)「暫」も、その際に話題に出ていた、「目の中のうすいブルー」をしかと拝見してきました。
ほかに印象に残ったのは歌川国芳の「鬼若丸の鯉退治」という作品。水面に巨大な鯉がおり、その上に鯉より小さな島があって、そこに鬼若丸がいる、という構図ですが、とてもグラフィック的。構図はもちろんですが、色の付け方、作者名版元の入れ方などもいいバランスで、しかもグラフィックっぽいのにものすごく動きがあるのです。面白いなあと思いました。
この人の作品は、ほかのものも「何故こういう構図にしたんだろう?」と思うものが多く、それが意図的であったので、興味をひかれました。

最後はちょっと駆け足でしたが、解説も丁寧に読むことができたし、とても興味をひかれる展示の仕方で、大変楽しませていただきました。
浮世絵って、やっぱり、見てとても楽しいですね。

記者発表のときの様子はコチラ

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2008/09/28

村野藤吾展

9月28日
「村野藤吾ー建築とインテリア」ひとをつくる空間の美学
 @松下電工 汐留ミュージアム

村野藤吾さんは好きな建築家のひとりだ。
私の住まいの近くにある目黒区役所の建物は、旧千代田生命ビル。村野藤吾の作品だ。
ときおり行く日生劇場。それから箱根や新高輪プリンスホテル。
京都ウェスティンホテル、佳水園。
いま私が生活しているなかに、村野さんの作品は溢れていて息づいている。
あらためて展示されている作品たちをみると、その多さと、それが身近にあることに驚かされる。

村野さんのデザインは、線がとても奇麗だ。
それはとても整理されていて、しんとした静謐さに溢れている。
が、それらが動き出すとき、さらに美しい重なり、広がり、光と影、などがあいまじって複雑な表情をみせてくる。
建具が動く時、階段を一段一段登るとき、回廊を歩くとき。その一瞬一瞬で変化していく景色が、それぞれの表情に美しい。
が、あいも変わらずたたずまいは静謐なのだ。

そして、「静謐」なのだけれど、それは私たちを迎え入れる優しさ温かさに満ちている。
けして、そこに入る時に意気込んだりさせないでいてくれる。

村野さんはたくさんの西欧建築やデザインの勉強をされているようだが、その養分を十分に汲み取ってなお、とても日本的なものを生み出している。
そこがまた、感動なのだ。
古くから日本にある空間と空間のあいだの「間」がとてもたいせつにされていることを感じるのだ。
そしてその「間」があることが、村野さんの作品を好きな、理由のいちばん、かもしれない。と思った。

そんな「間」を感じにいくなら…
「村野藤吾」展 は、10月26日まで。
入場料は¥500なのに展示は充実しているので、文化の秋にはとってもお勧め。

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2008/09/13

ミレイ展

9月12日。
映画ついでに、会場の近い文化村へミレイを見にいく。
さほどの混雑もなく、鑑賞にはほどよい混み具合だった。

単なる偶然だと思うけど、同じ日に見た映画「赤い風船」「白い馬」の映像世界に似た、色と光の世界だった。私の感受性がそういう方向性だったのかもしれないけれど。
細密に描かれた自然の描写はミレイの得意としたところで、今回の展示の目玉「オフィーリア」の背景などことに有名である。
私が今まで感じていたミレイの作風は、物語性が強いものだと思っていたので、今回の展覧会での解説で、その裏には徹底した写実があることを初めて知った。
写生に写生を重ね、精密なまでに構図を組み立ててから本画製作に入るその手順は、造形的な手法だと思われる日本画のそれと似ている。またその表現もかなり細微にわたってのこだわりが感じられるものだった。

「オフィーリア」はやっぱりすごい力を持った作品で、もしもシェイクスピアのオフィーリアを知らなかったとしてもその情景をこの絵から想像することができるし、またシェイクスピアにうるさい人が見たとしてもこの描き方には納得するのではないだろうかと思う。
尋常でない苦しみと、昇華された清らかさと、女性になりかけた少女の色のゆらぎが、ストレートに心を打ってくる。
この絵の前で思わず泣きそうになって、こんなに後世のひとにいまだに、ものすごい感動を与えるなんて、なんてやつだ、と思ったくらいだ。

それと、心に残ったのが「月、まさにのぼりぬ、されどいまだ夜ならず」という作品。
月はのぼっているが、空の色はまだ暗くはなっていないので、色の差はそんなについていないのだ。だから、近くに寄ると、月は空に埋もれてあまり存在がわからない。でもものすごく圧塗りされているのは、わかる。それが、月なのだと。
ところが引いて見ると、月はくっきりと、同じようなトーンの空に浮かび上がっている。
油彩だからこその表現、といってしまえばそれまでだが、私にはそれがとても興味深かった。
「境界」があいまいな時間。角度によって見えかくれする月。境界の不鮮明さを、私は勝手に感じて面白かったのだ。

ほかには、習作に興味を引かれた。綿密な構図の検討、リアルの検証があったからだ。

ちょっと作為がありすぎたり、華やかすぎたり、と感じるところもあって、「お腹いっぱい」な感覚なところもあったけれど、オフィーリアにはやはり会えて良かった。

ちなみに、次回は「アンドリュー・ワイエス」で、これは好きな作家なので楽しみ。
それから只今開催中の「ベルギーロイヤルコレクション展」(浮世絵)@太田記念美術館 のチラシがあり、これもぜひ見てみたいと思った。
そうこうしているうち、江戸東京博物館での「ボストン美術館展」もそろそろ開幕する。
(今日亀ちゃんは「だれでもピカソ」で浮世絵の解説をしていたしね!)
これは美術展にも忙しい秋になりそう!!(^-^;

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2008/08/06

ボストン美術館浮世絵名品展・記者発表

8月5日、江戸東京博物館で行われた「ボストン美術館 浮世絵展」記者発表会 に行ってまいりました。
「記者」でもなんでもない私がこのイベントに参加できたのは、亀治郎さんのおかげです。うふふーheart04
亀治郎さんは浮世絵コレクターとしても有名で造詣も深いので、このたびのイベントのパネルディスカッションにゲストとしてご出演。そのため、私のような一介のファンも、その席に行かせていただけたというわけです。浮世絵大好き、2年前の江戸東京博物館での「ボストン美術館展」にも行っている私にとっては、大好きな亀治郎さんから浮世絵のお話を聞けるなんて、願ってもないことなのでございましたnotes

前半は、江戸東京博物館館長の竹内さんと、美術評論家で葛飾北斎美術館館長の永田さんのご挨拶とお話。
このたびのボストン美術館展は、3回に分けて開催される予定で、一回目の今回(10/7〜11/30)は、浮世絵全体の流れ・歴史を踏襲した内容で、全容を紹介していくというもの。そして、予定としては2回目・3回目でそれぞれテーマを絞って(例えば作家別とか時代別とか)展示していくということでした。
今回のなによりの目玉は、スポルディングコレクション。これはアメリカの収集家であるスポルディング兄弟によるコレクションで、その保存の状態や、兄弟の収集眼の確かさから、質が高く年代的にもバランスが良いそうで、たいへん貴重なものだそうです。その点数は実に、ボストン美術館の浮世絵保存点数(50,000点)の1割以上を占めるとか。
また、この兄弟が、保存状態の維持のために一般公開を禁止したことから、現在ではデジタル化された画像でなら見ることができるそう。その中から数点の「書籍」を貸出してもらうことに成功したのだとか。(これは公開禁止のカテゴリーのものではないらしい)
また今回公開される浮世絵は150点ほどだそうで、年代も多岐にわたり、とても貴重なものだそうです。

さて後半は、お待ちかね、前出のお二人と亀治郎さんによるパネルディスカッションです。亀治郎さんのお話中心にbleahご紹介。

そもそも亀治郎さんと浮世絵の出会いは、中学生くらいのときに海外公演で行ったロンドンの蚤の市で、ひいひいおじいさんが描かれた役者絵に出会ったことだそうです。
それ以来、なんとなく興味を持っていくうちのめりこんで、今では役者絵に絞って、1500点あまりの作品をコレクションするに至ったとか。
選ぶ基準は、価値が高そうとか貴重だとかということではなく、「パッと見て気に入った構図」だそうで、これは歌舞伎の演技の参考になることもあるし、逆に違う点を発見することもあるということ。

そのうちに、このコレクションで、江戸東京博物館で展覧会を開いてください、いや、市川美術館をつくってください、なんて竹内館長と永田さんに言われていました(笑)。でもこれ、本当に実現するといいですよねえ。

また、今回の展覧会の出展作の中でお気に入りはなんですか、と聞かれ、次の三作品を挙げていました。
(1)歌川国政「市川鰕蔵の暫」
これは、今回のボストン美術館展のポスターにもなっているもの。
なぜこれが好きなの?と聞かれ、構図の良さ・大胆さと、実際にはありえない(できない)格好なのに動きがあってリアルであるという二点を指摘。
それを受けて永田さん、「止まっているのに伝わるものがあるのが浮世絵の素晴らしいところです」また竹内館長も「この絵の原画を見ればわかっていただけると思うが、線の描写・色の付け方どれもリアルではない。なのにかもし出されるものはリアル。ことにこの目の中に、水色で表現されているラインがあって、それが出色なんです」と。
ぜひ原画を見て、その「水色」を確認したくなりますね。
(2)喜多川歌磨「青楼仁和嘉 女芸者之部 扇売 団扇売」
3人の芸者が描かれている絵ですが、こちらも構図がお好きだそう。この3人の入り方、ポーズ、どれをとってもこれ以外のものが考えられないくらい隙がない。また、この印刷方法が「雲母刷り」というお金のかかる印刷で、売れている作者のものにしか使われていない手法で、それが貴重とのこと。
「これ以外考えられないくらい隙のない構図」という亀治郎さんの表現にびっくり。確かに、そういう構図・レイアウトというのはありますが、稀にしか存在しないし、それを見分けられる人って滅多にいないと思うので。
(3)葛飾北斎「冨嶽三十六景 山下白雨」
富士山の絵ですが、構図も変わっているし色も赤紫?亀治郎さんいわく「おどろおどろしい色」。で、右下に線が入っているのですが、これは自分なら絶対に入れられないが、そこが凄い、と。
先生方解説によると、この「線」は稲妻で、この一枚の絵には4つの気象が表現されている。つまり、富士山の山頂付近は快晴、中腹には雲、麓は夏の夕立ち。そして山麓の稲妻。だそうです。
こんなことに気付いて絵にできるなんて、北斎って、あらためて凄い。

また、さいごに、浮世絵のような素晴らしい宝を、自分達で価値を見いだせずに海外に流出させてしまったのは非常に残念だけれども、逆に海外でとても大切にされ保存していただいたことを感謝して、自分達の宝をまた、ちがった方向から守っていきたい、とも仰られてました。
ほんとうに、まさにそのとおりです。

今日のこのお話を聞いて、その背景を思い出しながら亀治郎さんのお気に入りを鑑賞したら、この美術展も数倍楽しく見れそうです。
また、館長の竹内さんによると、江戸東京博物館で展示をするからには、普通の美術館とはひと味違って、その作品の時代背景とか、風俗とか、時代性などを、少しづつでも紹介していって、作品鑑賞の深みを増していきたい、ということでした。
なるほどそれは興味深そうです。

ということで、お話の内容はだいぶはしょっていますが、たいへんに興味をひかれた記者発表。
亀治郎さんの「お気に入り」をぜひ見てみたい。浮世絵の変遷にもぜひ触れてみたい。10月からの展覧会にはぜひ足を運びたいと思った次第であります。happy01scissors


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2008/06/04

INSIDE OF KABUKI

すでに「歌舞伎美人」で記事にされていますが
今月のコクーン歌舞伎の期間とほぼ並行して、コクーン歌舞伎を題材にした写真展が開催されています。
Bunkamura Galleryにて6/1〜6/26。
写真家・串田明緒さんの作品展。
コクーン歌舞伎にそっとよりそって、そのうちがわを切り取った作品たちということです。

コクーン歌舞伎のうちとそとが、同時に見れるってことね。
「夏祭浪花鑑」の前に、ちょっと時間をとって、ぜひぜひみにいこう。

詳しくはコチラ

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2008/03/13

ルノワール+ルノワール

午前中松戸→午後新宿→夕方渋谷、というスケジュールの間に1時間半ほど空きができた。
家に戻れないこともないけど、荷物を持ち換えるくらいの時間しかいられないので、渋谷文化村で「ルノワール+ルノワール」を見ることにする。
これが予想以上に、良かった。

タイトルのとおり、お父さんである画家・ルノワールとその息子の映画監督・ルノワールの作品群を中心とした展示。
私は、不勉強ながら、ルノワールの息子さんがそんなに高名な映画監督だったとは、知らなかった。
映画監督である次男のジャンのみならず、長男ピエールは俳優、三男クロードはココという愛称を持つ陶芸家で、それぞれ妻は女優だったりモデルだったりの、とんでもないアーティスト一家だったのね。

展示はおもに、ジャンの父親への尊敬と思慕の念がその作品に垣間見えるシーンを切り取り、父ルノワールの作品と並べて見せるものだったが、
それは、息子が父親から受けた影響・薫陶・愛情とともに、息子を得たことでの父親の喜びや仕事の充実ぶり、ひいては晩年それぞれの道で大成していく息子からの刺激を受けて父親が彼等と交流をしている情愛の深さをみるところに、ただ作品を見せること以上の感動があった。
単純にいえば、「あぁ親子って、こんななんだなあ。家族って、こうなんだなあ」という感動で、
それはもちろん100年も前に生きていたこの親子の、偉大なアート作品が現在に残っているからこそ得られるものであるけれど、
とかく破滅的な生活ぶりがイメージされるアーティストの多い中、「アートに妥協なく、家族には愛深く」といった風情の彼等の生き方がとても心に沁みた。

ルノワールの多く描いた水辺のシーンは、光と影の演出もそのままにジャンの映画の中にもたくさん出てくるようだし、また楽しそうにダンスを踊る姿は映画の社交ダンスシーンやフレンチ・カンカンなどでも表現されている。
ジャンがどんなに父を大事に思っていたか、父からの多大なる贈り物を自分の中で成長させていったかが感じられる作品たち。

なにもいわなくても、血のつながりは性質を似通わせるし、その生き方思考好みのもの、親の影響なくして子供の成長はないだろう。
そういうふうにして、受け継がれていくものを、確かに見せられたような気がして、とても感慨深かった。
それぞれの作品はもちろん、そんなバックボーンなくしても素晴らしいものなのだけれど、こういう視点でみるとさらに魅力が増してくる。

父ルノワールの作品は夙に見ているけれど、息子ルノワールのは見たことがない(と思う)。
これを機会に、ぜひ、見てみたいと思った。

ちなみに、この展覧会企画と連動して、ジャンの映画を文化村ル・シネマ(4月レイトショー)、国立近代美術館フィルムセンター(4月)で上映するそうである。
ルノワール+ルノワール展は、文化村で5月6日まで。

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2008/02/29

横山大観@国立新美術館

200802291619000
ようやっと行ってまいりました。
もうすぐ会期終了とあって(3/3まで)お昼間に行ったにも拘らずけっこうな人が出ていました。
老いも若きも、昼日中からこーんなに、美術展に来る人がいるのねー…って、私もその一人ですが(笑)

それにしても国立新美術館は、広い。
こんなにたくさんの大観作品を、一度に見たのは初めてで、相当圧倒されてしまいました。
すごい仕事量ですよ。量、と同時に、質、なんですけど…。
どれもこれもものすごくスケールが大きくて。
40メートルもの長さの絵巻「生々流転」も初めて全部を一気に見れて大感激。
また、ボストン美術館からお里帰りの作品もその筆致が心に残りました。すごくいい作品なんです。

日本画って、琳派に代表されるようなちょっとグラフィカルな味わいがイメージされるけど、そして大観さんももちろんそういう画風で描かれてもいるけれど、この方の筆遣いには独特の「動き」とか「滲み」みたいなものがあって、それが大陸的なおおどかさ、スケールの大きさになってきているように感じます。
すごく古典的な手法、観察眼で描かれている(たとえばより見せたいものを大きく描く構図のとりかたとか、歴史上の人物の時代考証とか、過去の大家の画風の研究とか)のだけれど、それを大きく超えた、まさに「大きさ」があるのですよ。
そんなこともあって、私はこの方の風景画、とくに今回は「水」のある風景に惹かれました。

今回も、何点もの海や、池や、霧などの「水」を表現した作品がありましたが、どれも表情がある。
怒っている水、おだやかな水、包み込むような水、静かなる水、透明な水。
ことに前述の絵巻のような作品に関しては、そのときどきに表現されるものが刻々と変化していくさまに物語がある。おだやかな川面を漕いでいく船が大海に出、嵐に出会ったり(このときの空には龍神雷神が!)うねりに巻き込まれたり、静かな海岸に着いたり。
あるいは、金魚の棲む水の透明感。
朧月夜の海に浮かびあがる波頭の白いこと。
雨十題。
海に因む十題。
淵の深さ静かさ。
滝壺の飛沫。

いまの私が「水」というものを求めてたのかもしれないけど、とても印象に残りました。
またこの方の描く山も、里も、雲も、空も、悉く大きくて、偉大な自然に敬意を払わずにいられません。大観さんご自身が、そういう心持ちで描かれたのかもしれませんね。

ちなみに、会場の外ではいろいろなグッズが販売されていましたが、大観さんの大好きな「お酒」を販売していたのには笑えました。
この方、ほんとうにお酒がお好きで、数ある作品のなかには、飲みながら描いてたみたいなのもあるという逸話もあるくらい。あと、出世作といわれている「無我」という作品なんて、童の絵なんだけれど、なんとなく酔っぱらった顔のような感じがするのは私だけ?(笑)
スミマセン、私、子供の頃から「大観さん=お酒のみ」っていう図式が、抜けないんです…coldsweats01
でも、大観さんのその「大きさ」に、ずっと惹かれておりますです。はい。


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2007/10/20

世田谷文学館

仕事の途中、うーんと時間があいてしまった。
もともと打ち合わせと打ち合わせの間が空くことはわかっていたので、ほかの仕事を持って行ってたのだが、思いのほかそれもサクサク終わってしまい、ただお茶を飲むのも退屈だし、じゃ近所(?なるべく近所、ってこと)になにかないかなーと、探し当てたのが、ここ。
前から行ってみたかったのだが、日頃なじみのあまりない路線ぞいなので、あまり足が向かなかった。
今日の仕事先からは、バスで10分で行ける。なーんと!(^-^)

古びた、由緒ありそうな門構えの敷地の隣に、近代的な建物のその文学館が、あった。
入ると、なんだか図書館みたいな雰囲気。
でも、受付の前のコーナーでは、オリジナルグッズや展示テーマに沿った本を販売していたりして、文学館らしい(?)雰囲気。
2階では常設展、1階では企画展「植草甚一:MY FAVORITE THINGS」をやっていた。

常設展は、いろいろな著名作家やアーティストの、世田谷に関わるエピソードを集め、展示されている。ちょっとした「世田谷文学散歩」みたいな気分が味わえる。
中には、森茉莉が森鴎外からもらったネックレス、だとか赤木春江にもらったぬいぐるみ、だとか展示されててちょっと笑える。
天井桟敷の2回公演のパンフレット(「犬山デブ子の犯罪」だ。うわー懐かしい!っていうか、私は再演でしか観てないけど)。
映画「ゴジラ」の着ぐるみ(あんなものを着てアクションシーン撮ったらいっぺんでダイエットできそう。というより倒れるかも)。
なんかけっこう盛りだくさんである。

企画展の「植草甚一」さんという方を、不勉強ながら知らなかった私。
映画とジャズと書物を愛し、コラージュに熱中し、世田谷を愛したおじさまだ。
古きよき時代の、知性と才気に溢れたモダン・ボーイという感じ。
「ユリイカ」の表紙とか、描いてたんだー。
大入り袋に描いたコラージュとか、面白い。
友人に宛てた手紙や葉書のコラージュも、あんなのもらったら嬉しいなあ。
好きなものを追いかけて、生きていたんだろうなあ。
病気になって長らく入院してたらしてたで、また好きなものを見つけていく。
「好きなもの」がたくさんあるって、豊かな人生だなあ。

ダッシュで見た感じだったんだけど、面白かった。
やっぱり、図書館みたいな部屋もあるみたいだったので、休日にゆっくり来たらもっと面白そうだなぁ。
近くには盧花恒春公園、ていうのもあって、すこーしだけ「武蔵野」を楽しめる、環境もまたよし。

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2007/10/11

成川美術館

先日休みをとって行った場所に「成川美術館」があります。
ここは日本画を相当数収蔵している美術館で、その中からテーマを絞って、年に数回展示替えをしているというとてつもない収蔵数を誇っています。
ギャラリーホールからはお天気がいいと、湖ごしに富士山も見えるので、ロケーションも抜群のすばらしい美術館です。

ちょうど14年ほど前に、ここに日本画を習っているグループの方達と一緒に来たことがあります。
躑躅の咲くよい時期で、食事をとった山のホテルは躑躅の庭を見にきた人たちでごったがえしており、成川美術館もとても混んでいました。
当時、吉田善彦さんの展示会をしていました。
とてもやさしい画風で、とくにクレマティスの紫は印象的でした。
みんなで、わきわきと拝見したのをよく覚えています。

ここには、母も一緒に来るはずでした。
でも、直前に体調をくずして来れなくなり、私は寂しいながらもひとりで参加していました。(とはいっても、いつも一緒の日本画のお仲間、楽しい小旅行だったんですけどね)
母の状態はたいしたことないと思っていたから、「もーぅ、せっかくなのに一緒に行けなかったー!」と私はいかにも娘っぽいわがままを発揮し、母は私の話すみんなの様子や写真を見て嬉しそうに「いいなあ、行きたかったわぁー」とこれまた少女っぽいわがままを言ってましたっけ。
病状は思ったより深刻で、母はそのまま次の年に亡くなりました。

母の十三回忌も終え、おおそうだ、あのときに行けなかった成川美術館に、一緒に行きましょうかと思い立った次第で。
あのときはなんだ行けないのか、とばかり思っていて、では気持ちだけでもご一緒に、なんて思えるほど私も大人でなかったのですよね。そんな大事だとも思ってなかったし。
今回、あいにく吉田善彦さんの絵は今回は展示されてなかったけど、それに秋だから躑躅はもちろん咲いてないし(あ、でもぽつりぽつりと間違って?咲いている子がいくつか、いました(^^)
でも、なんとなく思いを残してたことが「完了」したような。

成川美術館では上村松皇・上村淳之展をやっていてなかなか良かったし、万華鏡がいくつもあって実際にのぞいて動かすことができたので楽しめたし、湖をのぞむカフェでお茶も飲みました。
なにより今の私に嬉しかったのは、高津紘一さんという方の能面が展示されていたこと。
若女、小面、増女、般若、十六(平敦盛の面)など数点展示されておりまじかに見ることができたので、角度によってこんなに表情が変わるんだとか、面の穴(目の穴とか鼻の穴とか)がすごいちっちゃくてどこから舞台を見るんだろうー?とか、子細に観察してまいりました(笑)。

この時期、ひとも少なくて、ゆったりとずいぶん長い時間、そこにいたような気がします。
ふんわりとした、とらえどころのない、ゆるやかな時間でした。

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2007/09/29

藤田喬平展

ガラス作家・藤田喬平の回顧展@日本橋高島屋。
不勉強な私はこの方のことをゼンゼン存じ上げなかったのだが、世界的に有名なガラス作家の方だそうです。m(_ _)m

こんな感じの「琳派」のテイストのものとか
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こーんなにモダンなものとか
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なのになのにこんなに可愛らしいものとか
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いろんな作品たちが数多く展示されていた。
中でも心惹かれたのは、藤田氏自身が「これを表現したい」と思ってガラスの世界に入られたという「琳派」の装飾様式を持つガラスの「飾筥」(かざりばこ、と読む)である。
上の写真のものは「夜桜」というタイトルで、まさに春の夜の夢か幻想かと思わせる色彩感覚だし(夜桜能って、きっとこんな色彩だと思う)、
その他にも宇宙からみた地球はきっとこんな色なんだと思わせるようなもの(実際にはこの作品は「湖上の花」というタイトル)、桜吹雪を連想させるものと、
いずれも日本ならではの四季折々の情景を、鮮やかな色彩のなかによみがえらせた叙情あふれる作品だ。
琳派の有名な作品、紅梅白梅図にインスパイアされたという作品もあった。
どれもが、もーう、素晴らしい!
この「飾筥」に、「夢」を入れてください、と藤田氏自身が仰ったとかで、海外ではこれらの筥は「ドリーム・ボックス」といわれているらしい。
うんうん、なんかうなずける。
この筥じたいが、藤田氏自身の夢の実現なのだもの。

そのほかに、後年ガラスのメッカ・ヴェニスに行った際に身に付けた技法をもとにした作品群。
これも、ヴェニスの技法を素直に、忠実に再現しているが、日本らしい藤田氏らしい色使いはやはり独特だ。

ひょんなことからチケットをいただき、その上時間もあまりなかったので、駆け足での鑑賞だったが、おかげさまで思わぬ出会いをさせていただいた。
こんなことでもなかったら、私はこの方の作品に一生出会わなかったかもしれない。
ほんとうに、ありがたいことであった。

ちなみに、日本橋高島屋では明後日10月1日まで。
その後 大阪高島屋☆10/10〜22
ジェイアール名古屋タカシマヤ☆08/2/16〜25
石川県能登島ガラス美術館☆3/8〜5/11
と巡回する。
また、仙台の先・松島には「藤田喬平ガラス美術館」がある。
美しい夢のような世界に浸ることができるので、ぜひにー!

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2007/09/14

ル・コルビュジェ展

以前から行きたかった「ル・コルビュジェ展」@森美術館 にやっとこさ足を運ぶ。
行って良かったぁ。
会場内はけっこうな人がいたものの、そこそこ見やすい入り具合だったし、今日は自分自身の時間も少々取れてたので、比較的ゆっくりと見ることができた。

コルビュジェは、日本人にもファンが多いし、さまざまなところに影響を与えた、世界でも有数の建築家でアーティストでデザイナーだ。私も、ご多分に漏れずコルビュジェの作品が大好きだ。ことに、ロンシャンの教会にはこの一生のうちに一度は絶対に行って見てみたいと思っている。
また、彼が残したたくさんの椅子のデザインはほんとうに美しい無駄のないフォルムで、機能的なのに冷たくなく、ふっかりと体をうけとめてくれてくれるのが不思議だ。

会場では、彼のデザインした椅子たち(もちろん現代ではレプリカだけど)に腰掛けて、コルビュジェの作品のDVDを鑑賞することができるし、たくさんのデザインスケッチや建築図面(あたりまえだけど、全部手書きだ)を見ることができる。
そして、それをもとにした立体模型や、原寸で再現された(!)彼のアトリエ・休暇小屋・アパートの一室なども体験できる。
そして、たくさんの絵画作品や木製の彫刻。
各所で上映されているコルビュジェのビデオ。
こんなにたくさんのコルビュジェに囲まれて、まるでコルビュジェの体内を巡っているかのようだった。

コルビュジェそのものが、もうすでに私にとってサプライズなギフトなんだけど、それに加えてこの展示のしかたはちょっとアミューズメントパークみたいで興味深い。
コルビュジェを知らない人が見ても、いろんな方法で五感に訴えてくる(平面と立体と、空間そのものでね)から、いつの間にか作品とかその人となりとかが、しみ込んでくるような気がする。
根本はとても理論的だし複雑な思考と共にあるんだけど、表現されるものはものすごく整理されているから、見やすいし居やすいし心地よいのだ。

ああなんだか、まとまりのないことを書いてしまったけれど、「すごい建築家だ」ということを省いても、とても楽しい展示なので、一見の価値あり。(とはいえその展示は、作品そのもののエネルギーが高いことに助けられていることは勿論である)
私は、会場のあちこちで上映されてたDVDが欲しくなってしまったよ。
あれを、家の大型テレビでなにげに流していたら、なんだか知的でクリアな空間になりそう(他力本願)。でも、けっこう高価なお値段だったので今回は諦めましたが…。(^-^;;

同じチケットで展望台にも入場できたので、ついでにこちらも見学。
六本木ヒルズからのぞむ東京。
なかなか良い見晴しでした。↓
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2007/08/31

すべりこみ

長塚誠史“劇写”市川亀治郎写真展@パレスホテル に、最終日の今日やっと行ってきました。

舞台写真なのかと思っていたけれど、ほぼすべてが写真館で撮ったような美しさ。
かといって、カメラを前にポーズを決めているわけでもなく、その役の動きや踊りがそのまま切り取られている風情。
動きが感じられるのに、時はそこでフリーズしている。
美しく切り取られた瞬間瞬間。

ああ、そういえばトークショーを聞きにいかれたSwingingFjisanさんが、写真は楽屋で撮られたものだと書かれていたっけ。(たしか記憶のなかでは…間違っていたらごめんなさい)
そんなシチュエーションで撮られたものだとはにわかには信じがたい。
でもだからこそ、舞台写真とは雰囲気を異にする、アーティスティックな作品になっているのかと思う。

撮影するために演じる亀治郎さん。
ひとつひとつを逃さず撮り続ける写真家、長塚さん。
集中し、凝縮された時間だからこそ。

パレスホテル別館のアートギャラリーで作品を堪能したあと、ホテルのロビーへ。
こちらでは、作品を前に記念写真を撮るおばさまがたが。(私だっておばさんだけど、私よりもっと「大」おばさんだったのよ)
そうかそれもアリかと思ったけど、ちょっとできなかったな。
ロビーのソファに座りゆったりと見させていただきました♪
いっぽうのアートギャラリーは、会場に係の方もどなたもいらっしゃらず、ほんとに私一人で鑑賞。
これって、大丈夫なの〜?と心配になってしまった。
こちらのほうにも、ソファとまでいかなくてもロビー用スツールとかがあったら、もっとゆっくり座って見れて良かったんだけど。

これでもかと美しい亀ちゃんを堪能できて、至福な気分でございましたわ。
あ。麻阿部の写真はいかにも麻阿らしくて笑っちゃった。

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2007/06/02

福田平八郎展

今夜は月が耿耿と照り映えておりました。
昨日が満月だったのですね。
遡って、京都のおめあてその3、福田平八郎展@京都近代美術館 のことを。

Rimg0016この展覧会も京都のあとは名古屋でしかやらないので、ぜひ行ってみたかったのです。
福田平八郎は(いわずと知れた)日本画家ですが、古風なようで斬新な構図、着眼点の面白さで有名な方です。
会場の京都国立近代美術館は、とてもモダンな建物。
ロビーは光に溢れていて、窓や天窓から射し込む光が、オブジェのように真っ白い壁や床に影をおとし、それだけでもアートでした。
広い階段を上っていくと、会場です。
…福田平八郎の世界でした。

福田平八郎の絵は、とても写実的。と同時にグラフィックデザインのような構図の処理をされています。
その絵のなかにある動物も植物も、あたたかい鼓動が感じられるのに、モダンな空間に置いてもぴったりすると思う。
それから、あまりに当たり前すぎて見逃してしまうようなシーンを切り取って、絵にしているのです。
雨が降り出して黒い瓦の上に雨の粒が黒々としたあとをどんどんふやしていく様子。
廚(くりや)にいるなんでもないものたち。蜜柑とか茄子とか蛤とか。
土のなかからむりむりっと頭を出したばかりのたけのこ。
肌には風を感じないのに凪いでいる水面。
そういうひとつひとつに、愛情を注いで絵にしていく。
そこには、子供のような純真な驚きとか、四六時中絵のことばかり考えている絵描きの心とか、つきつめて研ぎすまされた感性だとか、いろんなものが内包されているように感じます。

有名な「漣」とか「竹」とか「鸚鵡」とか「鮎」とか…は評判のとおり素晴らしかった。
でも、私がすごく気にいってしまったのは「日の出」という作品でした。
海からいまにも太陽がのぼろうとして、朝日のオレンジ色が夜の紫と混じりあってくる頃の空と海を描いているのですが、
海の中にオレンジの太陽がいるんです。
空にはまだ太陽はいないから、当然その姿は見えてないはずですが、あぁもう海の、あのへんに太陽はいるのかなぁという思いが、そう描かせたのかなと思って、思わず微笑んでしまいました。
会場をぐるぐると回って、何度も見てしまいました。

福田平八郎の作品は、見ていて微笑んでしまう。
なんだか、微笑みながらずぅっと、会場にいました。(^-^)
うーん、これまた京都まで来て良かった。ありがとう、ありがとう。

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2007/05/31

若冲展@承天閣美術館

Rimg0012京都のおめあてその1は、相国寺・承天閣美術館で行われている若冲展。
これが仰天の混雑ぶりで、館内に入るまでにゆうに1時間は並ぶありさま。でも、会場の係の方達は不馴れな雰囲気ながら丁寧に一生懸命やってくださっていて、また並ぶ行列のラインには長々とテントを設営してくださり、並んでいる間に読めるようにと若冲展のことが書かれている日経新聞の特集記事を配ってくださったりと、さまざまな心配りで和ませてくださいました。

さて、やっとの思いで入場できた館内、もちろん会場内も混み混み。
それでも、入場制限をしているだけあって、きちんと見ることができました。

会場内は、若冲の不思議なエネルギーに満ちていました。こんなに人がいるのに、そしてざわざわと空気は動いているのに、その輝きは燦然と光を放ち、静かにストレートに届いてきます。
こんなにたくさんのひとたちのエネルギーに、阻まれていない。本当に不思議でした。
第一展示室のほうは、ちょっと水墨っぽいやわらかい筆致の作品や、いわゆる若冲の画風とは趣の違うものが展示されていて、若くて柔らかくて包み込むような空気感がありました。
ぶどうの蔓のしなやかさ、鳥の羽のふわふわのあったかさ。若冲というと細密画に近いようなイメージでしたが、ここには鷹揚な気風もみてとれて、そのひととなりにも触れられた感じでした。
圧巻だったのはやはり第二展示室の植物画動物画、そして釈迦三尊像。
極彩色の色使い、恐ろしいまでの微に入り細にわたった写実、植物も動物もまるで、生きているかのようです。
けれどもそれは生々しくなく、「生」というものをそのまんま、一瞬にしてここに閉じ込めてしまわれたかのように、美しすぎるのです。でもフリーズしてるのではない、体温とか弾力とか、感じるのですよ。
「釈迦三尊像」のなんとも神々しいこと。
若冲の深い信仰があらわれているようで、思わず手を合わせてしまう。
暗めの館内で、それらは華麗に浮き上がって見えるのです。
こんなに一同に介しちゃって、いいの?ほんとうに、ありがとうございます、って感覚でした。

この時代は「絵絹」というものに絵を描いていて、若冲も例外ではありませんが、絵絹に描くとどうしても色が沈みがちになるんですよね。絵絹に描かれた作品は当然年月が経っているということもありますけど。
なので、何故このように輪郭をはっきりと、色も鮮やかに描くことができたのかと、見ている間ずっと不思議でした。
そうしたら、解説の中に「表からも裏からも彩色されている」とあったので、なるほどと思いました。
若冲はこれらの作品のほとんどを四十代に描いたというのには驚きです。ものすごい創作意欲だったのでしょう。

混雑ぶりには驚きましたが、やはりこの場所で、若冲を見れたことがほんとうに良かった。
若冲が生き、信仰し、学び、通いつめた相国寺に、ふたたび若冲が帰ってきて息づいている。
たくさんの作品を一同に見れたことと同時に、この場所の持つエネルギーとともに私自身もそれを経験できたということが、なによりも有り難いと感じ入りました。

さいごに、お寺の事務所(もともと廚だったという、天井の高いすばらしい建物でしたよ)に寄ってご朱印をいただいたのですが、そのときにお寺の方がおっしゃるは「いつもはのんびりゆったりしたお寺なんですが、急にこんなになってしまって…慣れないので大変です。でも、たくさんのお客さん、みえてくれはって、みなさんに十分にみてかえってほしい」と。なので、いつもはお寺の拝観は5時までなのですが、4時半に最後の入館をしたお客さんが帰るまで(こうすると閉館が8時近くになってしまうそうです)開けておられるとか。普通なら最後の入館時間を繰り上げたり、閉館時間にはお客さんを出してしまったりてしまいそうなところですが…ほんとうにありがたいこと。
ご朱印はもちろん、とても素敵でした(^-^)。
若冲とその作品たち、そして相国寺さんに、心から心から感謝をいたします。京都まで来て、ほんとうに、良かった。

★相国寺さんのHPで若冲展が体験できます。コチラからHPに入り「パノラマプレビュー」をクリックしてくださいね!

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2007/04/24

「MICK ROCK MEETS KANZABURO」

東京ミッドタウンで開催されている写真展に行く。

勘三郎さんは、私が再び歌舞伎に嵌るきっかけを作ってくださった方。
コクーン歌舞伎「夏祭浪花鑑」を見、大人計画の「ニンゲン御破算」を見、勘三郎さんてなんてエキサイティングでロック・スピリッツを持った人なんだろうと思って歌舞伎座にちょこちょこ足を運ぶうち、「伝統」とか「型」とかの中でも革新的に歩を進めることができるんだと思い、古典の面白さにも再び大いなる魅力を感じたのだ。

いっぽうのミック・ロック。
彼は私がそのむかーし、ロック(特にイングリッシュ・プログレッシヴ、っていうやつ)に熱中していた頃、当時キラキラしていたロックスター達の写真を撮る第一人者だった。(今でももちろん第一線で活躍中)
デヴィッド・ボウイ、ルー・リード、イギー・ポップ、クイーン、みんな彼の写真の中で熱く息づいていた。
ミック・ロックのすごいとこは、被写体と撮影する側の境が全くなくて、相手と一緒に自分(それは、ミック・ロックでもあるし写真を見る私たちでもある)も呼吸しているような、そんな高揚感があることだ。(と私は思っている)

そんな二人のコラボレーションが、魅力的でないわけがない!という期待感で会場に足を踏み入れる。
期待をさらに膨らますように、壁の向うから聞こえてくる歌舞伎の舞台の音(「夏祭浪花鑑」のようである)。中村屋の紋とミック・ロックのサインが施された暖簾をくぐり、細く暗い通路の先にある暖簾をもう一度くぐると、ようやく「待ってました」の会場である。

最初のこのブースにはニューヨークでの「夏祭…」の舞台写真、それから舞台裏の写真。
そして日本での「法界坊」や「金閣寺」の舞台写真、舞台裏写真が続く。
ものすごい瞬間瞬間の連続であった舞台の様子が垣間見える。エキサイティング、ソウル、パッション、…ミック・ロックは全身でそれを感じとりながらシャッターをきっていたのだろうと想像できる。日本人のカメラマンであればきっと撮らないであろう「きめ」の直前くらいのショット、ものすごい形相で次の動きに入ろうとしてる瞬間。それらは静止画だけれども決して止まってはいない、熱い体温を持つ作品たちだった。
舞台裏も、そんな写真見たことない、というような慌ただしさ必死さ緊張感が溢れている。
そして、へえこんなこともしてたのかと思うような、開演前(後?)に会場の外に出ていってお客さんと一緒に写真を撮ったり警備の人と談笑しているひとコマ。役者さんたちの素の姿や、日本の歌舞伎役者と交流できて嬉しそうなニューヨークの人。

さいごのブースには、役者さんたちのポートレートが並んでいた。これもただのポートレートではなく、真っ赤なバックにそれぞれ思い思いの表情で写真におさまっている。隈取りでくわっと目をむきすごんでいる人、美しくおすまししているひと、ひょうきんな顔をしているひと…いずれもポテンシャルの高い、熱いスピリットを持った役者さんたちの顔だ。(これもきっと、役者さんの格というものを気にせず、自分の目についた人を好んで撮影したと思われる)
向かい側には、ミック・ロックがいままで撮ってきたロック・スターたちのポートレート。特に大きなサイズのデヴィッド・ボウイと勘三郎さんの写真が向き合っていた。
このブースで流れていたのはクイーンの「ショー・マスト・ゴー・オン」。

そう、「ショー・マスト・ゴー・オン」なんだロック・スピリットもカブキ・スピリットも。
堅苦しいとか、敷居が高いとか、思われがちな歌舞伎を、海外の(イギリス人の)カメラマンがこんなふうに躍動感に溢れる魅力的なものに表現してくれて、役者さんたちのある意味「歌舞伎ばか」な熱い一面を引き出してくれて、まったくってすごいことだと思いつつ、ミック・ロックという人はもともとそういう写真を撮るひとだったじゃないかと、改めて感じたりしたのだった。
会場の展示もドラマティックな構成で、見応えあり!の写真展だった。

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2007/03/09

フンデルトヴァッサー展 と ハート展

動いているフンデルトヴァッサーを初めて見たのは、数年前NHKで放送されたドキュメンタリーで、石井竜也がヴァッサーの住んでいる森を訪ねる、というものだった。
しかもそれはリアルタイムで見れなくて、後日友人におねだりしてビデオをダビングしてもらったものだ。
フンデルトヴァッサーは、アーティストで建築家で、そして今でいうナチュラリスト、環境活動家、といったいろんな肩書きで表現されるけど、一貫して「ありのまま」で生きた人だと私は感じている。

ヴァッサーの森には、いたるところに唸るようなアートや建築があふれていて、しかもそれはなんのエゴもなく森と共存していて、アーティストや建築家にありがちな「どーだ、コレを見ろっ」みたいなところは微塵もなく自然に存在していた。同時に人間らしい可愛らしさも持って。
石井竜也がヴァッサーの森から帰るとき、途中まで見送りにきたヴァッサーが「じゃあ」といって森に戻っていくその姿が、そのまま森に溶け込んでいく仙人みたいで、「なんだかオランウータンみたいな人だなぁ」などと思ったものだった。

今日は、そんなヴァッサーの展覧会@日本橋三越 に行って来ました。

続きを読む "フンデルトヴァッサー展 と ハート展"

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2007/02/26

胡粉

胡粉は日本画の絵の具の「白」。
牡蠣の貝殻を細かく粉状にしたものだ。
それを溶くのはいろんな絵の具の中でもいちばん手間がかかり、
まず粉状の胡粉は、細かすぎて固まってしまっているので、これを乳鉢ですりつぶす。
すりつぶした胡粉に少しづつ膠を入れて団子状にこねる。
このとき、乾き過ぎないよう気をつけながら団子にしたり紐状にしたりを繰り返し、
自分の手の中で「いい子、いい子」するようにまとめていく。
あるていど粘りが出たらこれを絵皿にはりつけて、
こんどは少しづつ水をたらし、貼付けた胡粉の頭を
やはり「いい子、いい子」となでながら溶いていく。
この「いい子、いい子」が多いほど(回数だけではないように思われる)、なめらかでつややかな
乳白のとろりとした胡粉が得られる。
こんなに手がかかるけど、私は日本画の絵の具のなかでは胡粉が最も好きだ。
溶いているときも楽しかった。
それは、素晴らしい胡粉の使い手が、何人かいらしたからで。

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2007/01/05

石山寺と紫式部展

今日からお仕事でしたが、ちょうど銀座にいたので、招待券をもらっていた「石山寺と紫式部展」に行ってきました。
紫式部が源氏物語を書いたのは石山寺であるという謂れから、石山寺には紫式部関連の所蔵物が多いということで、紫式部の肖像(?)や源氏物語絵巻、石山寺縁起絵巻などが展示されています。
平日の夕方で比較的空いていたので、ゆっくり見ることができたのですが、男性のご年配の方が多くてびっくり。
ふつう、こういうとこって、年配の女性でごったがえしている印象だったのですが、源氏物語絵巻って、男性にも人気があるのでしょうか?

源氏物語は大昔、全巻読んでいたんですが、かなりキレイさっぱり忘れていて(苦笑)絵巻に表現されている内容も、原典をよく知っていたらもっと楽しめたのになぁとちょっと残念でした。
なにしろ54帖もある大長編なので、それを一幅の屏風(実際には六曲一双もの×2本、とかになっている)に表現するだけでも、構図にさぞかし苦労したのでは〜という感じ。
でも、屏風絵を見てそれで源氏物語のストーリーを想起できたら、とても楽しい知的な空間ができるなぁと。
とても贅沢なことですよね。
絵巻物にしても、屏風にしても、昔の日本の文化って、その背後にある物語を知って初めて楽しめる、みたいな要素があって(もしくは絵解きの道具として使われてたとか)そのもの単独ではなく、他のものとのつながり、拡がりがあるところが深いなぁと思います。

紫式部が石山寺の一室で「源氏物語」を執筆していた、の図がたくさんありましたが、紫式部像についてはなんともよくわかりませんが(笑)
でも当時の女性って、ホントにあんなに動きづらそうな格好してたんですよねー(感心)
絵巻などでは女性はほとんど床にぱったりと臥したような姿勢で描かれてますが、一説には衣装が重くて自然とああいう姿勢になってたとか???

ところで、石山寺は歌舞伎にも登場する高僧「良弁」が建てたものだそうです。
去年歌舞伎座で仁左衛門さんの良弁和尚を観たのも記憶に新しかったので、そういう意味でも興味が増しました。
ひとつのものを、様々な視点で見れることは、とても楽しいことですね。
この展覧会は1/8まで銀座松坂屋でやっていますので、興味のある方はぜひに。

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2006/12/24

斎藤真一美術館

天童・出羽桜美術館の分館が、画家・斎藤真一さんのコレクションです。
油絵の画家さんですが、「ごぜさん」の絵で有名なので、それをご覧になった方も多いのではないでしょうか。

私が初めて斎藤真一さんの絵を見たのはまだ子供のころ、母の影響でした。
連れていってもらった展覧会に、斎藤さんの描いた、チェロを弾こうとしているけど弾けないでいる悲しそうな男の人の絵(と、そのときの私には見えました)が展示されていました。
母は、その哀愁漂う雰囲気と、青みがかった色調が好きなようでした。
それで、私もなんとなく、斎藤真一さんの絵が好きなような気がしていました。
子供のころは、若すぎて、悲しいことに憧れていたのもありました。
じっさい、「ごぜさん」の絵などは物悲しくて、でも生きようとしていて、好きでした。
だから出羽桜美術館分館の、斎藤真一コレクションは楽しみにしていました。

でも、今の私にはちょっと、悲しすぎた。
自分がそういうモードに入っているから悲しくて見れない、というのとは全く反対で、なんかね、それを飛び越えて、明るく笑えるくらいの感覚のなかに、自分がいることを自覚しました。
私は「ごぜさん」のつらさ悲しさはわからないし、私が経験してきたことなどきっと、とるに足らないくらい軽い悩みだったりすると思うんです。
世の中にはもっともっと、大変な経験をしているひとがたくさんいるから。
でも、そんなたいへんな中にも、この前読んだ「デッドエンド…」みたいに、ちょっとシアワセな感覚に持っていけることだってあるのに。
せつないのは、底のほうにすこし、あればいいよ。

…そんな感覚で、作品を見ました。
いまの、私の感覚にとっては、せつないのが多すぎて、ちょっとツラかったり、しました。

見る時によって、受ける印象は変わっていきますね。
また何年かのち、この作品たちに出会ったら、もしかしたら今よりももっと正面から向き合えるかもしれません。

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2006/12/23

天童・オルゴール博物館

天童で行ったオルゴール博物館について。
じつは最初はさほど興味なかったんです。
でも、広重美術館とセットのお得なチケットがあって、せっかくなので行ってみました。
ところがとっても楽しめたんです。

オルゴール博物館なるものはけっこう各地にあって、いろいろ行ったことがあるのですが、あまり印象に残るほどではなく。
だって、どこに行っても、お部屋ごとに展示されてるオルゴールが演奏されているか、自分で音を鳴らすかで、あとはお土産コーナーが妙に充実しちゃってたり。

でもこちらはご案内役の方がいらして、ミニコンサートのように説明しながら、それぞれのオルゴールを演奏していってくれるのです。
オルゴールの歴史から、どんな方法で音が出ているのかとか、どこを工夫して進化していっているのかとか、ひとつひとつをわかりやすく説明してくれてから演奏にはいるので、当時の人たちがどんな夢をオルゴールにのせていたのかがよくわかり、演奏に耳を傾けることができました。

19世紀初頭(まだレコードなどなかった時代です)に、なんとかして演奏家なしに、好きなときに音楽を聴けないものか、という気持ちからオルゴールの歴史は始まったそうです。
最初は小さな時計のようなパーツにシリンダーを仕込んだものがつくられましたが、小さいので当然、曲の演奏時間も短いし音も小さくて、みんなで楽しめるようなものではなかったようです。
それが、大きなディスクを使用することによってより長い曲を、本体を大きくして音の共鳴を持たせられる箱を作ることによってより大きくて良い音を、演奏できるようになりました。
ディスクを2枚にしてオーケストラのような効果を出したり、ほかの打楽器と組み合わせて音に厚みを出したり…と、工夫は際限ありませんでした。
この頃のものは、どんどん大型化して箱の装飾も素晴らしいものになっていきます。
また、ジュークボックスのようにコインを入れると演奏が始まるといった、ダンスホールや社交場向けのものも開発されていました。
オルゴールは、決して安価なものではなかったけれど、コンサートに行くよりは手軽に、どこでも音楽を楽しめる、夢のような機械でした。

中でも私が感動したのは、「これもオルゴールの一種なの?」と思った、ピアノの自動演奏の機械です。
見た目はピアノ、普通に演奏もできるものだそうですが、実際にピアニストが弾いた音を忠実に再現するもので、穴をあけたロール紙を本体の中に入れて(この仕組みがオルゴール)音を出すのですが、ほんとうに、ピアニストの指のタッチや体温が感じられるようなリアルな演奏でした。
当時の人たちが「なんとかして音を記録したい」と思っていた、情熱を感じるものでした。

この頃になると、蓄音機やレコードがつくられるようになり、その手軽さ、音の再現性の良さから、オルゴールはこれにとってかわられることになり、20世紀前半にはすっかり姿を消してしまいます。
そういえば、このころのことが映画「海の上のピアニスト」の中で、多少語られていたような…。
郷愁を感じさせるようなあたたかみのあるオルゴールが、なくなってしまったのは勿体ない気がしますが、それも時代の流れなのでしょう。

そな、人々の気持ちの解説をも交えながら、たいへん音響効果の良い部屋で演奏を聴かせてくれたので、すっかり気分良く、オルゴールの音のファンになってしまった私、この博物館にあるオルゴールの演奏曲集のCDをさっそく購入、家に帰ってきてからも心地よく聴いています。
ちなみに、この博物館は、東北パイオニアが創設したということで、音響にはたいへん気をつかって設計されたそうです。
ほんとうに、美しい音なので、天童に行かれたらぜひぜひ足を運んでくださいね。
私もまた天童に行くことがあれば、行ってみたいと思います。

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2006/12/20

天童ふつかめ!

天童ふつかめ!

今日は広重美術館へ。
先日、東京で肉筆浮世絵展を見ましたが、奇しくも今度は天童で初代〜三代広重の浮世絵を見る機会を得ました。

なぜ天童で広重?なのですが、広重はもともと天童藩主や藩医と交友があり肉筆画をかなり描いていたということで、天童にまつわる作品は「天童広重」と呼ばれていたということです。
この「広重美術館」では肉筆画・版画合わせて千数百点を所蔵していて、毎月テーマを絞って展示替えしています。

今月は「移りゆく色彩」ということで、顔料の変遷を解説しつつその時代の作品を展示していました。
なるほど手に入る顔料の種類によって同じ青でも色が違う。幕末期では国産の顔料のみを使っていたのが、徐々に海外からの材料が使えるようになったり、化学合成品が出現したり。その発色によって時代が反映されるのも興味深かったです。

展示の中でで面白かったのは歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」の各段を描いたもの。
お芝居の舞台のまんま美しく描かれてて(特に五段の定九郎なんて今のまま!)細かい違いはあれど歌舞伎ってやはり伝統を守り続けているのねーと、妙に納得。
その絵の華麗なことといったら!本当に細かく美しく情緒たっぷりに描かれてて、ほれぼれ見入ってしまいました。

とても見応えのある美術館なので、天童に行かれる方はぜひ!ティールームも素敵ですし♪

今日は他にもオルゴール美術館や若松寺に行き、ホテルでゆったりし、人を尋ねたり、、とっても充実でした。その話はまたあらためて。

@mobile

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2006/12/19

出羽桜美術館

出羽桜美術館

今日は着いてから出羽桜美術館に行きました。
出羽桜という酒蔵が、個人的に収集しているコレクションです。
李朝の陶磁器、陶器のコレクションと、画家の斎藤真一さんの作品たちで構成されてます。
古民家をそのまま使用した建物でとっても風情がありました。

斎藤真一さんは、子供の頃作品を見たことがあり、好きな画家さんでしたが、今日見たらまた、新たな感覚がわきましたね。
それについてはあらためて。

携帯での長文、書きづらい〜(^o^;

@mobile

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2006/12/07

浮世絵展

ぜひとも見たかった、ボストン美術館所蔵 肉筆浮世絵展 「江戸の誘惑」@江戸東京博物館 に、やっと行ってきました。
10日までの会期だから、ぎりぎりです!行けて良かったー♪
今週半ばからは、今までの怒濤の忙しさから少し解放されて、ちょっとゆったりできそうなのです。
うれしいー♪この間に、いろいろ見てまわるぞー!!

さて。
「肉筆浮世絵」といわれて最初ピンとこなかったくらい、私たちの浮世絵のイメージは「版画」ですが、量産の版画に対していわばオートクチュールの、肉筆の浮世絵というものはかなり描かれていたということなのです。
お金持ちが、お気に入りの画家に注文して描かせた、というものなんですね。
画材は日本画の絵の具(岩絵の具とか胡粉とか)なので、雰囲気や筆致そのものは江戸時代の日本画とそう変わらない印象を受けましたが、当然画題が異なるわけです。
遊郭、芝居小屋、歌舞伎、鬼や妖怪などの妖のもの…。
などと、ちょっと庶民的な好奇心を強烈にくすぐるものたちばかり。
着物の着方や手足の組ませ方などもちょっとしどけなく。
着物の柄や背景の文様はこのうえなく緻密に美しく。
当時のひとたちの暮らしや興味をもたれていたことなどが、リアルに描かれている感じ。
その中でも、歌舞伎役者の絵や歌舞伎の絵看板は、また異なった風情で格好よく描かれていて、当時のひとたちの楽しみであり憧れであったことを物語っていました。

北斎をはじめとして沢山の作家たちの絵が展示されていましたが、日本画の構図の取り方、デッサンの仕方って、やはり独特です。
西洋の絵の表現方法は、わりと写実的だと思いますが、日本はまったく違う。
構図のとりかたは平面的だし、強調したいもの(たとえば位の高い人とか、その絵の主役の女性とか)だけが大きく描かれていたり着彩されていたり、それに人体構造からいってどこがどういうふうになってここから手が出てるのー?とツッコミたくなるようなものも多々あります。
日本画を、ずっと描いていた私でも、時に違和感を覚えます。
けれども、絵でみると、それに破綻がないからフシギです。(作者にも、よりますよ!もちろん)
むしろそれが美しさになって、独特のシュールな雰囲気を出している。
うーん、本当になんともいえません。

あと、立派なお寺や建築に残っている高名な日本画家の絵とはちがって、作者の層にもバラツキがあったようで、なんか自分の作風を消化しきれてないふうな作品があったのも興味深かったです。

久々で、絵の展覧会なるものを見れて満喫!
江戸東京博物館は広くて、他にもいろいろな展示をやっています。
それも見たかったけど、今日はあいかわらずの体調不完全により、これだけ見ておとなしく帰路につきました。
帰ってきたら、案の定くたくたでした(笑)

いろいろ置いてあったチラシの中に、「ぐるっとパス」なるものがあり、なーんと!2000円で、都内の指定の美術館博物館動物園に入場できる!というアリガタイもの!
しかも最初に使った日から2カ月間有効!すごーい!
私は全然知らなかったんですが、これは4月から販売されていたようで、販売期限は来年の1/31まで。使用有効期間は3/31まで!
いまから買っても、まだたくさん行けるじゃないですか!
これは、次に見にいったところで、ぜひ購入しよう!ぴあやローソンでも買えるそうなりー。

…と、かなりくたくたながら、性懲りもなく明日からの計画をひそかにたてるワタクシなのでした。
明日も、時間がつくれそうだから、どこに行こう〜♪うふふー。

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2006/11/05

「歌舞伎展」

先日、「衣装・小道具で見る歌舞伎展」を見てきました。
衣装は歌舞伎ではおなじみの大星由良介や塩治判官のものなど、間近で見ることができ興味深かったです。
細部まで、時代背景やキャラクターを表現する役割の一環を担うものとして、緻密にデザインされていました。
花魁の衣装は重いとは聞いていましたが、派手さ豪華さだけでなく、季節を感じさせる飾りがついていてこれまた奇想天外な衣装!
お正月であれば「松飾り」であるとか、伊勢エビ(?)がついていたり、ほとんど常識ではありえません!
考えてみれば、マリーアントワネットなどもアタマに豪華客船載せてたりしてましたから、装飾品というのはとどまるところがないのかもしれません。

そんな常識を打ち破る衣装デザインの数々に驚きながらも、私が最も興味を惹かれたのは小道具です。
刀などは、デザインも美しく、とても立派につくってあって、しかも「こんなに大きいのを振り回しているのかい!」というものもあったり。
お扇子もやはり、キャラクターやシチュエーションに合わせた美しいデザインで、まじまじと見てしまいました。
また、効果音を出す小道具ー雨がパラパラとあたる音とか、海の波の音とかーもあって、これは実際にさわることができたので、モチロンやってみました。
駕籠に座ってみることもできましたので、これまたすわってみると、中はとっても狭い!
この中に、あの重たそうな衣装を着て乗って、しかも持ち上げられて揺られていくのかと思うと、私なら途中でころげ落ちそうな感じでしたよ。
また、鯛や馬などの制作工程なども紹介されていたり、衣装・持ち道具さんのリストが展示されていたりと、裏方さんたちのお仕事振りを想像できるようなものたちもあって、おれだけの舞台を創るには大勢の人や手間や時間がかかっているのだと、つぶさに感じることができました。

朝いちばんで行ったせいか、会場も比較的混雑していなくて、好きに見ることができたのですが、ひとつ残念だったのは「図録」がなかったこと。
だいたい、展覧会とかって、ゆっくり見ることができなかったりするので、あとからそれを見るのが楽しみなんですよー。
あったら良かったなぁ。
ま、実際にみて楽しめたので、とても良かったです。
日本の文様って、やはり美しいと思いました。

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